そうして、俺は口を開く。なんとなくその緊張感は伝説の幕開け放送のときを思い出させた。
「あー……端的に言おう。前世の妹が秋城のアカウントが動いていることに気づいて削除するべきか悩んでるらしいんだ」
『ほあ⁉』
『どこ情報????』
『お前……消えるのか……』
『え、それ普通にヤバくない?』
「多分妹から見たら死んだ俺のアカウントが不正アクセスされているように見えているんだと思う……実際俺は転生してから妹に接触してないしな」
『まあ、そりゃ』
『え、転生ってネタだろ?』
『ちょっと待て、話を聞いてやろう』
『あーあー、そう言う設定ね』
コメントは大きく二分されていた。一方は転生をネタだと思っている勢、もう一方はとりあえず話を聞く勢。いつもなら、そんなもんだよな、と流せるはずだが若干弱っている今の心には「信じてくれない人が居る」という事実は浅い、けど確かな傷を残す。やっぱり、話さない方がいいだろうか。話さない方が妹の不利益に……いや、俺が傷つかないで済むだろうか。
そう逃げに走ろうとする俺、だけど、それを繋ぎとめたのもお前らのコメントだった。
『まあ、妹ちゃんの気持ちもわかる。大事な兄のデジタル形見な訳だしな』
『最近は不正アクセスとか怖いからね』
『でも、秋城が消えるのはちと寂しいな』
『解決策探っていこうぜ‼』
妹の気持ちにも寄り添いつつ、俺が居なくなるのは寂しい、そんな言葉の数々に俺の目頭はツン、と軽く痛む。俺は目頭を押さえながら、此処で逃げまい、と足の裏に力を入れるのであった。
「で、此処からが本題。……俺も薄々分かってるんだが、この問題を解決するには俺がちゃんと兄であることを会って証明するしかないと思ってる。だけど、妹に兄が今も存在している、ってことを知らせるのは……その、塞がった傷を掘り起こす行為になるんじゃないか、って……」
『ふむふむ』
『ちな証明ってどうするん?』
『まあ、何年も経って会いに来る、はやられた方は怒りたくなるだろうな』
『↑何マジになって解決しようとしてるのwwwネタだろ?w』
この際、これをネタだと思っているだろうコメントはスルーさせてもらう。悪いが、これは俺の本気の人生相談なのだ。
「証明は……俺しか知らない妹のことを話したり、それこそなにかの暗証番号を開けたりで証明できないか、と思ってる。実際、もう体が違うからDNA鑑定とかでの証明はできないしな」
そう、この体は秋ヶ城 秋都の体ではない。高山 隼人の体だ。故に、DNA鑑定での兄であることの証明はできない。だから、思い出に、記憶に沿った証明方法しか俺は使えない。
『それは……』
『妹ちゃんの心境次第やなあ』
『まあ、でも、家族しか知らないことは有効な気がするな』
『話する前にぶん殴られて終わりな希ガス』
意見が割れる。顔は見えないが少なくとも半分ちょっとのお前らは真剣に話をしてくれている気がした。
「確かに。まず、話のテーブルに着かせてもらえない可能性もあるのか」
『せやで』
『死んだ親族を名乗るは侮辱されてるって取られても仕方ないしな』
『妹ちゃんのことを思うなら秋城のアカウント諦める一択だけど』
『ニキがいなくなるのは寂しいしなあ』
俺は水を一口、口に含む。喉から胃にかけて冷たい感覚がスー、と降りていく感覚を感じながら口を開く。
「まあ、だよなあ……妹のことを考えるなら俺が身を引くべきだよなあ……でもさ」
『?』
『??』
『でも?』
『お?』
「俺は秋城のアカウントで、死亡配信じゃない伝説の配信を作りたいんだ。これは間違いなく俺のエゴで俺の我儘だけど、俺は前世から一緒に歩いてきてくれた秋城のアカウントをこれからも使い続けたい」
それは誰の視線もないからこそやっと言えた本音だった。別に鈴羽や世那が居たから、と言う訳ではないが……でも、やっぱり、二人の目の前じゃ妹のことを案じる兄を全面に押し出していたと思う。でも、別に妹のことを案じていない訳じゃないし、妹は大事だ。でも、妹の次に自分の願いを持ってくるのは悪くないだろう?
それにこの願いが間違っているなら、きっとお前らは違うって言ってくれる。……VTuberはお前ら、視聴者なしには成り立たない。だから、視聴者の多くがそれは違う、と断ずるならそれはきっと間違っているのだ。そして、間違っているVTuberに視聴者はついてきてくれない。……それなら、それが秋城の終わりだ。
俺は自分の願いを吐き出したからだろうか、大分落ち着いた心持ちでコメント欄を数秒眺める。いや、否定されるかされないか、緊張してないと言えば嘘ではあるが。それでも、比較的穏やかだった。
『うーん……』
『難しい問題やな』
『妹のために諦めて欲しい気持ちもある』
『常識的にはアカ手放すのが普通やけど』
だよなあ。だよなあ。悔しいけど、それが普通だ。それが普通なのだ、そして慮られるべきは俺ではなく兄を失った妹なのだ。そんなの当たり前だ。むしろ、俺は今までよく好き勝手やってきた。好き勝手やって、帳尻が合わなくなった。なら、帳尻は合わせなければ———。
『でも』
『当たって砕けろ‼ニキ‼』
『プレイイングギャンブラーが泣いてるぞ‼』
『妹ちゃんと会ってこい!』
「え?」
俺は目を見開いてコメントを見る。流れが変わる、普通ならこうする、でも、秋城だから!
『一発は殴られるけどでも、故人が帰って来て嬉しくない人間はいない』
『傷は掘り返されるだろうけど、でも、嬉しさが勝つよ』
『ま、お前がちゃんとお兄ちゃんならなw』
『とりあえず、妹ちゃんと会ってこい』
並ぶ言葉たち。その総意は妹と会って話してこい、ということに集約される。それは、秋城に居て欲しい、という視聴者の意思に他ならなくて。俺はツン、と痛む鼻の奥を誤魔化すように鼻を擦って、息を吐きだす。
「はー……だな‼」
俺は机をバン、と叩いて立ち上がる。すると、ビックリマークでコメント欄が一色になる。
「すぐに……じゃないが、ちゃんと妹と会って話してくる。その上で秋城のアカウントを万が一消すことになったら……お別れ配信の時間ぐらいは貰えるように交渉するわ。でも、最後まで俺が秋城だと、兄貴だと信じてもらえるように足掻く、これは絶対だ」
俺はそう宣言してゆっくりと椅子に座る。すると、コメント欄が一気に賑わいだす。
『カードゲーマーの宣言は覆せないからな?』
『巻き戻し不可で、ちゃんとやってこい』
『妹ちゃん信じてくれるとええな』
『頑張れ、秋城!』
頑張れ、やれる、やることやって帰って来い、そんな言葉の羅列。俺は改めてお前らへの感謝の気持ちでいっぱいになりながら、口を開く。
「さて、人生相談も終わっちまったな。でも、お前らがこんなに協力的に答えてくれて、俺、すんげー嬉しかった」
『ま、困ったらお互い様やで』
『いつも放送楽しませてもらってるしな』
『助けてやらんこともない』
『でも、秋城が消える可能性が残ってるの怖いなあ』
それはそう。話し合いに臨む決心がついただけで、具体的な解決はしていない。でも、気持ちの問題というか。話し合いのテーブルにつく決心がついただけでも、大分俺の心は晴れやかだった。
「消えねーように努力するわ。あ、この話は一旦この枠で終わりにしてくれ。切り抜きも禁止な~。ちゃんと報告枠だけはやれるようにするからそれまで待ってくれると嬉しい」
『了解』
『待ってるやで』
『おうおう』
『あいよ』
「さて……大分凹んでたのもマシになったし。なんかいい話題……うーん」
『来週末発売のバトマスの新弾の話?』
『ニキはエリア戦には関心ない感じ?』
『ニキどのエリアでるん?』
『そもそも店舗予選抜けたん?』
お、話題が無限に降ってくるな。俺は口元を緩ませながら口を開くのだった。