「こんしろ~、秋城の生放送はっじまるよー。ゆっくりしていってね」
焼肉の日の翌日。どんなに思い悩んでも時間は過ぎ去るし、告知してあった枠をやらない訳にもいかないし。俺はそんな若干ヤケクソな気持ちで放送を始めていた。
『こんしろ~』
『こんしろ』
『わこつやで、ニキ』
『こんしろ~~~』
「えー……今日の放送を始める前に、お前らに言っておかなければならないことがあります」
俺は輪っかコンを握ってそう切り出す。いや、そんな大層な話じゃないんだけどね。
『お?』
『どしたん?』
『実は転生者じゃありませんでした、とか?』
『やっとばらす気になったん?』
「いやいやいや、俺は転生者ですぅー、そこは変わりません。いや、な、ちょっとリアルで色々あって気分が凹んでるからいつもみたいにキレのあること言えないかもしれん」
いつもそんなキレキレだったかは置いておいて。ついでに凹んでいるは少し語弊があるかもしれないが。
『そんな中よく配信始めたなw』
『プラベ優先で休んでもいいのよ?』
『構わんが、無理はするなよ』
『なにがあったん?』
「なにがあったかはー……話したくなったら話させてくれ。多分放送に乗せても大丈夫なことの筈……まあ、俺は個人勢だから何言っても大丈夫か」
はは、その笑いもどこかちょっと遠くに聞こえて。だが、此処は秋城の生配信、視聴者をお前らを楽しませる場だ。くよくよなんてしてらんねえ。
「つーことで、今日は不定期開催輪っかフィット配信だ。確かこの間の輪っかフィット配信でワールド4が終わったんだったか?って、わ、ストレッチするぞー」
ゲームのスタート画面、セーブデータ選択画面を超えれば始まるストレッチ。俺はいそいそと輪っかコンを適当に床に投げ置いて、ストレッチを開始する。
「お前らも運動するときは入念にストレッチをしろよー」
『まあ、俺らは運動なんてしないので……』
『そもそも運動する人種じゃないよ、ニキ』
『PC前でポテチ貪る人種だが?』
『お、煽りか?』
「煽ってねーよ。なんでも煽りに見えてきたらゆっくりインターネットから距離を取るんだぞ、秋城との約束だ」
『ゆっくり距離を取る意味』
『目を合わせながら後ろに下がるんだな!』
『そして電源に手が届かなくなる』
『そしてゆっくり近づく』
「近づくなー」
俺は足を伸ばし、腕を伸ばし、体全体を伸ばし、コメントと戯れながらストレッチをこなしていく。そして、ストレッチを終えれば、手足を軽く回して輪っかコンを拾う。
「よし、じゃあ、今日も輪っかフィット始めていくぞ~」
とは言ったものの。
「ちょっ、コイン見落とした!」
注意力散漫状態でゲームをやっても当然身は入らない訳で。
『やっぱり、ニキちょっと不調?』
『いつもならコインありそうなところに先に吸い込みかけるもんな』
『秋城無理してない?』
『ほれ、俺らになにがあったか話してみ』
そうお前らに心配までされるぐらいにはコテンパンになっていた。コインは見逃すわ、敵と戦うミッションのところで敵をジャンプして避けるわ、終いには選んだフィットネス技と全然違う動きをするわ。そう、見事に身が入ってなかった。
「だあー……そうだなあ、こんな状態でやってもゲーム制作者様にも失礼だもんな……」
『そうそう』
『無理せず切り上げな』
『俺らと雑談して気がまぎれるならどうぞ』
『枠変える?』
なんか、凄くお前らが優しい。いや実際いつもよりは優しいだろう、それはきっと放送を始めた直後の台詞を汲んでくれているからだ。クソ、優しさが染みる……。
「あー、なんかマジですまん。ほんとにすまんお前ら」
これではただのかまってちゃんになってしまう。でも、それ以上の言葉が出て来なくて。
『ええんやで』
『そんな日もある』
『人生山あり谷ありだからな』
『おつしろ?』
「う~ん……いや、ゲームもあまりプレイできなかったし、このまま雑談枠にしちゃってアーカイブは非公開にするわ」
これで枠を閉じてしまったらなんのために配信を始めたか分からなくなってしまう。それは避けたくて。……それに、今枠を閉じて1人になったところで考えるのは妹のことだ。何が正解かも分からないことを1人で考え続けるのはちょっと苦しい。
「つうことで……ちょっと待ってな、よいしょ、っと」
俺はヨガマットを足で端っこに寄せて、とりあえず椅子に座る。そして、配信画面をゲーム画面からいつもの背景に切り替えた。輪っかフィットの時飲む用に出しておいた水で唇を潤す。
「……おし、ただいま。んじゃあ、何を話すか……」
『嫌じゃなかったら俺らに何があったか話してみれば?』
『なんのしがらみもない立場からアドバイスするやで』
『名付けて、逆・秋城の人生相談』
『秋城が凹むは余程の事案だしな』
お前らのコメントの流れはやはり、俺が凹んでいる件になって。話していいものか、話して妹の不利益にならないか、そんな考えが頭をよぎる。だけど、同時に1人でぐるぐると考え続けるのも限界で。でも、事情を知っているからこそ鈴羽や世那に話すのもなんか違って。……そこまで考えて、俺は半ば縋るような気持で口を開いた。
「お前らがそこまで言うなら人生相談させてもらうか。その代わりちゃんと考えて答えてくれよ?」
『もろちん』
『いつも脊髄反射でコメントをしていると思ってる?』
『しゃーねえなあ!』
『逆・秋城の人生相談はっじまるよー』