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第16章 秋城とセイラのてえてえはアリですか?④

「ということで、放送終了だ」

「おっつかれ~~~隼人‼」


 セイラの声ではない普段通りの世那の声が返ってくる。その声に俺の放送中スイッチが自然とオフになる。……いや、あまりテンションの差はないけどね?


「お疲れさん。つーか、世那。最後のアレなんだ、アレ。くさやASMR」

「あ、アレ?なんか、セイラが臭がる姿?に需要があるっぽくてーで、前、シュールストレミング食べたから今回はくさやでーみたいな?」


 なんだそのニッチなニーズ。


「まあ、正直毎回メン限のネタ捻りだすの超大変だから、こういうの欲しい‼みたいな意見って超ありがたいよね~」


 それは分かる。VTuberとは常にネタ切れとの戦い、なんなら古いVTuberがやっていたことを掘り返してもう一回擦ったりするぐらいだ。でもそれはそれとして、シュールストレミングにくさや……。


「……セイラって改めてすげえ体張るな」

「分かる。私も我に返ってバラエティ見たりすると、自分の行動にたまぁにドン引く!」


 あ、そういう我に返る瞬間、あるんだ。


「しっかし、今日の放送。マネちゃんさんストップ入ったときはかなりビビったぞ……」

「そ?マネちゃんストップは割とあるよ~」


 割とあっちゃいけない事象なんじゃないですかね。


「私が放送するときは基本的に@ふぉーむがちゃんと検閲してくれてるから超大丈夫。大事故には絶対なんないし?」

「それは信頼されてないのではないでしょうか……」


 @ふぉーむさんの方々のことを思うと胃が痛くなってくる。きっと、セイラの発言一つ一つに頭も胃も痛めながら放送見てるんだろうな。


「えー、でも、ほら‼セイラやらかしに見えた撮れ高むっちゃあるし‼」

「それはやらかしがウケて、ギリやらかしになってないだけじゃないですか……」


 あ、あ、俺に降り注いでいるわけではないのに、俺の胃まで痛くなっていく。


「まあ、そうともいう!」


 認めちゃったよ。俺はどんな顔をすればいいか分からなくなっていれば、ヘッドフォンから世那がペットボトルを開けた音が届く。


「いやー、隼人……いや、秋城とのコラボ超楽しかった~普段@ふぉーむだとあまり私に強く出てくれる人が居ないからね~新鮮だった!」


 まあそりゃ、@ふぉーむ1期生星羅セイラに強く出れるのって同期か0期生だけだからね。後輩は強くは出れないだろうなあ。


「はは、俺は途中何度か冷や汗をかいたがな‼気分的に‼」


 本当にも~マネちゃんさんストップはマジで心臓に悪い。


「そのヒヤヒヤ、いつか慣れるよ」

「慣れてたまるか」


 そんないつも通りの応酬。本当にいつも通りで、俺はどこか安堵を覚える。やはり、世那は……というか、人間だれしも近しい人間には笑っていて欲しいものだ。


「でも、隼人も楽しかったっしょ?セイラとのコラボ」


 まあそれはそうなんだが。うぃんたそとはまた違ったテンポのよさがあって、そのやり取りが心地よかったのは事実だ。俺の沈黙を肯定と受け取ったのか世那が機嫌よく口を開く。


「推し変しちゃう?推し変しちゃう?今日のコラボのおかげで登録者数も82万越してるしぃ?」

「せんわ‼俺はうぃんたそ一筋だからな!というか、登録者数盾に取ってくるのはずるいぞ‼」

「ちぇ~……上手く誘導できたと思ったのに」


 どこが、だ。そんな軽々しく推しは変わりません。変わらないから推しなんです。


「俺の一番はうぃんたそなんです~」

「えー、じゃあ、せめて@ふぉーむ箱推しにしよーよーそうすればうぃんちゃんもセイラも推せるよ~」


 世那が食いついてくる。そんなに俺に推されるかどうかが大事な問題なのか?そんな疑問を抱きながら、俺はカフェイン飲料缶を開けて口を潤す。


「@ふぉーむを箱推ししても、1推しは変わらんなあ……つーか、@ふぉーむ全員をガチ推ししたら俺の財布がはじけ飛ぶわ」


 @ふぉーむは現在0~6期生、各期生が3人なため、21人所属になる。そんな人数を全員ガチ推ししてみろ、マジで財布がはじけ飛ぶことになる。推し活は、無理のない範囲で、推しは推せるときに、この精神は大事だ。


「でも、秋城ってスパチャ結構貰ってない?」

「んー……貰ってるは貰ってる、が……。今は貯金フェイズだな」

「ええ?なんか欲しいモノでもあるの?機材なら私のお古でよければ譲れるものもあるよ~」


 それはそれでマジ?みたいな反応をしたくなる。が、今欲しいのは配信用機材とかではない。


「いや、気づかいありがとな。でも、機材ではないんだよな」

「じゃあ、なに?」


 世那の問いかけに、俺は自分の配信用Live2Dモデルを眺めながら呟くように言う。


「秋城の配信用モデルを新しくしようと思ってな……」

「あー」


 納得するような声を上げる世那。マジでこれは火急の問題である。いつまでLive2Dモデルをカクつかせてんだ、って視聴者も思う頃合いだろう。だから、急ぐためにスパチャやらなんやらは全部貯金しているのだが———正直全然足りない。


「え、誰に依頼しようと思ってるの?」

「以前、放送でちらっとお声がけいただいたからデザインをあるにゃママ様、モデラーさんはまだ悩み中なんだが……」


 正直、デザインをあるにゃママ様にしなければ金額は格段に抑えられる。だけれど、これからずっと使っていくであろうモデルなのだから、しっかりと奮発したい。そんなバランスでぐらぐらと俺の心は揺れる。


「あーね?……じゃあ、パパは私が紹介しようか?」

「え、そんな友達紹介するノリじゃないんだぞ?」

「えーとちょっと待ってねー」


 マイク越しにガサゴソという音が聞こえた後、ゆったーのタイムラインを更新する音が聞こえてくる。えーと、確かセイラのパパさんは金剛の大地05号さんだ。元はアニメーターだったのだが、3Dモデラーに転向した方で、数々のVTuberを手掛けている以外にも、普通にアニメの3Dモデルなんかも手掛けていて……あれ、これもこれで大分莫大な金額かからね?


「あ、大丈夫そー。今パパさんお仕事募集期だって。秋城のモデルの仕事なんて振ったら大喜びしてくれるんじゃないかな?」

「あ、ああ……」


 声が震える。これは大分貯金期間が延びてしまいそうだ。でも、3D化するならきっちりとしたものを作りたい。


「どしたん?嬉しさで震えちゃう?」

「んー……いや、どっちにしろ莫大な金が必要だなあ、と……あー……でも、紹介はマジでありがとな。モデラーさん問題はマジで困ってたから」

「……うーん、@ふぉーむ勢からするとマジで考えもしなかった問題だね。個人勢って大変だ」


 そうなんですよ。企画俺、発注俺、立案俺、etc。うん、大体俺。


「でも、マジ。大地パパのモデルは超神、クオリティは保証するよ‼」

「だろうなあ。俺大地パパの参加してる、今期のアニメ見てる。超見てる。超クオリティ高い」


 でも正直、あるにゃママ様と大地パパ様のコラボとかとんでもないものができてしまうのではないか、という確信はある。確信はあるのだが、如何せん先立つものがない‼


「ま、金の目途がついたらお願いするわ」

「りょ~。さて、じゃあそろそろ私はお風呂だから」

「ああ。ゆっくり温まって来いよ」

「んー。またねー」


 通話が切れる。俺はヘッドホン置きにヘッドホンを置いて、自分のUtubeの収益確認画面を見る。今の俺が保有している金額は70万と少し。復帰して2か月目が経ちそうなVTuberとしてはかなり上々な方だろう。

 今、こうして収益確認画面を見ている間にも、動画が見られて広告が回り、少しずつだが金額が増えていっている。だけど、まだ、微妙に足りない。あと少し……何事もなければあと2カ月も放送を続けていれば3Dモデルを発注できるだろう。……ほぼお金がすっからかんになるがな!


「ま、2カ月は動けねーな」


 2か月後に発注ということは納品はさらに先になる。うーん、遠いな。そんな微妙に気の遠くなる話を思い浮かべながらも、それを仕方ない、とするしかなかった。これが企業とかなら割増料金とかでなんとかなるのだろうが、生憎あるにゃママ様も大地パパ様も個人請負だ。というか、割増料金もーなんてなったらそもそも注文するのにあと2か月じゃ済まなくなる。


「それにしても……」


 世那も触れていたが、登録者数が普段の放送じゃあり得ないぐらい伸びている。俺が最後に確認したときは80万人前後だったが、今の今で82万人……2万人も伸びている。すげえ、これがセイラパワー、お茶の間19時台パワー。


「100万人越したら流石に何かやりたいな……」


 秋城なら100万人記念なにをやったら楽しいだろうか。歌枠?アイドルじゃないしなあ。凸待ち?うぃんたそとセイラが来て終わりになりそうな。むしろ、逆に100万人耐久輪っかDEフィットとか……お前らの皆さんはいい感じに登録と解除を繰り返して無限に俺に輪っかDEフィットをやらせてきそうだが。そこまで考えて、ふ、と笑いが漏れる。うぃんたそやセイラのおかげなのは大きいが、それでも、僅かでも俺が努力を重ねてきた結果がこの数字だ。嬉しくないはずがない。


「目指せ!登録者数100万人‼」


 そうやって、胸をどん、と叩き頬を緩ませる。すると、LEINが通知音を鳴らした。そのメッセージ主は母親で。風呂に入るなら入れ、という催促であった。


「よし、行くか」


 そう気分を切り切り替える。残念ながら明日も大学。まあ、100万人まではまだ時間もあるだろう、ゆっくりと考えていけばいいのだ。


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