「っ、それは、隼人が問題を理解できてないだけじゃないのッ……⁉」
「お茶の間レギュラーで、放送もほぼ毎日1時間、それに加えてスパチャ読みもきちんとして……世那、休んでいる日はあるのか?」
俺の言葉に世那の瞳が語るのは、休んでいない事実。
「で、世那はそこに追加の仕事を入れようとしている。……過剰だ。そんなことをしたら遠からず、前世の俺と同じ目に合うぞ」
断言。これだけは言えた。
「余談だが、あの拡散されている俺の死の瞬間、一瞬で終わる様に見えるが……主観的には永遠に続くような感覚だったよ。本当に、いきなり、頭が痛くなって……耐えきれなくて、吐いて。だから、俺は今世では健康にだけは気を付けている。無理な配信もしていない」
「そ、そうならないように大学を辞めようと……」
世那の言葉に世那を真正面から見据える。それでどうにかなる、と思っているのか、と。
「大学を辞めても、世那は登録者数や同接数が落ちたら必ず仕事を追加する」
これも断言できる。そして、何も言い返せないのか、世那が首元を押さえてはくはく、と口を動かして音のない声を出す。違うと、言えないだろう。否定できないだろう。だって、世那は頑張り屋だから。何事にも一生懸命だから。
「世那。今、21歳の今。世那が学ぶべきは、仕事に日常を食われないようにセーブすることだ。どんどん仕事に日常を捧げたところで得られるものは少ない」
俺は言葉を区切って大分ぬるくなったカフェイン飲料をごくり、と飲む。
「……どうせ、マネージャーさんに止められても世那が無理言って仕事詰め込んでるんだろ?」
世那の瞳が泳ぐ。それは暗に俺の言葉を肯定していた。
「いいか、人間出来ることには当たり前に上限がある。だから、あえて捧げられない日常である大学という足枷をつけて、どこまでの仕事が日常を壊さないかを見極めろ。……それが、今の世那がやるべきことだよ」
それが俺が語れる精一杯の言葉であった。必要に迫られてする無理はあるだろう、でも、常にずっと無理をし続けていては人間は壊れてしまう。……もっと言うなら死んでしまう。世那にはそうなってほしくなかった。人間、近しい人間には死んでほしくないだろ?
「でも、でも、それじゃあ……同接落ちて……どんどん置いてかれちゃう……それを受け入れるなんて無理だよ……」
世那の言葉に一瞬考える。そして、ふ、とした疑問。
「世那、多分なんだが……アーカイブ視聴数伸びてないか?」
「え、え……?」
俺の疑問にいそいそと自分の端末を見始める世那。そして、世那が口をぽかんと開けて呆ける。
「んんん……?確かに、微妙に上向いてる……?」
「んじゃあ、仕事量を増やしても減らしても……正直大差ないと思うと俺は予想するけどな」
「どういうこと?」
それはVTuber視聴者だから持っている感覚だろう、と俺は予測する。まあ、有体に言うなら———。
「いつも配信をやっている、っていう安心感だな。いつもやっているなら、その時間に被っている別の、いつもやっていないVの生放送を見て、あとでアーカイブを確認しよう、みたいな」
視聴者に安心感を与える。この行為は大事ではあるのだが、あまりにも恒常性が高すぎると、希少性がなくなる。つまり、レアでなくなるから、後で見ればいいと視聴者は思うのだ。
「んで、その時間に他のVが放送してないなら戻ってくる———みたいな。だから、同接数が落ちてもアーカイブは見られるし、アーカイブを見ている人間の方が多くなる」
かくいう俺も、うぃんたそ以外のVに関しては恒常的に配信しているVより配信の少ないVが配信している方を見に行くことが多い。俺の体も一つしかないからネ。
「見放されてるんじゃなくて、安心されてんだろ。あ、聞くが……チャンネル登録者数が減っている訳じゃないんだろ?あくまで停滞しているだけで」
その言葉に世那は端末を一回見てからこくこく、と頷き、口を開く。
「うん……減ってはいないよ」
「じゃあ、見放されてもいないな。まあ、そもそもセイラが燃えることをした訳じゃないし、見放される要素どこだっ、つー話で。愛されてるよ、星羅セイラは。みんなから忘れ去られてなんかいない」
俺の言葉に、一回背筋を伸ばしてから脱力し、体を震わせながら世那が鼻を啜りだす。
「……私が、空回ってた、のかな……」
「そうともいう。マネージャーさんとか、@ふぉーむの上の人、相当心配してるんじゃないか?」
「うぅ……」
世那が鼻をすんすん、と鳴らしながらいちごソーダをごくごくと飲み、鞄からハンカチを取り出して、目元を拭く。うん、大分冷静になってくれているようだ。
「ふ、はは……はあー……私、周りがまた見えなくなってたんだ……」
「また?」
俺が今度は首を傾げれば、世那は弱々しくも笑いながら言うのだ。
「高1の時……体育祭の準備期間。これ以上は黒歴史だから言わせんな」
頬をぷくり、と膨らませて俺を見上げてくる世那。俺は世那の言葉に今朝見た夢を思い出す。懐かしい、通り過ぎてしまった青春の記憶。
「ああ、あんときもお前、一人でやる‼って空回ってたもんな……」
「そ。あの時も助けられて、……でも、今はその時の感謝とかより恥ずかしさの方が凄い!関係各所に空回ってましたー、焦ってましたーって自白しに行かなきゃいけないんだから」
音を立てて世那の掌の中のペットボトルがひしゃげていく。まあ、分かる。だけど、そうやって人は成長していくんだぜ、世那。
「まあ、少なくともマネージャーさんや@ふぉーむの上の人は笑わずに聞いてくれるだろ。むしろ、自覚してくれた!って喜ばれるんじゃないか?」
「それもそれで超ハズい……」
「まあまあ、@ふぉーむの暴走列車が珍しく自分で暴走を鎮めたんだ。褒めてくれるって」
「ぐ、ぐ、ううううう……」
@ふぉーむの暴走列車、それは星羅セイラの二つ名だ。あまりにも破天荒なエピソードの多いセイラへうぃんたそから送られた二つ名である。……全てを知った今、この二つ名と普段の世那を比べるとなかなか味わい深いものを感じるな?
「ま、ちゃんと上の人なりマネージャーさんなりにスケジュールの調整を申請しろよ」
「……うん、ねえ、隼人」
「なんだ?」
しんみりとした声で世那が呼びかけてくる。
「隼人って本当に大人みたい」
なにを当然のことを、なんて思いながら俺は口を開く。
「転生者だからな。これで信じる気になったか?」
「……とりあえず、私より長く生きてそうなのは信じてあげる」
にへーと笑いながら膝に肘をついて足を揺らす世那。
「ありがと、……超感謝だし、超かっこよかった」
唐突なる世那の誉め言葉に、俺はどう返したらいいか分からなくて。俺は頬をぽりぽりと掻きながらふざけだす。
「ま、まあ、恩を感じてくれたならお礼にコラボとかしてくれてもいいんだぞ~?」
茶化すような、ちょっと残念な台詞。ま、このコラボ秋城側は大手VTuberに絡めるという利点はあってもセイラに利点はない。これは断られてとうぜ———。
「え、マジ⁉コラボする⁉」
(ん……?)
思ったより乗り気な世那の声に俺はずっこけそうになる。え、ええ……?
「隼人とコラボとか超楽しそう~え、なにやる?とりあえず五目並べする?」
それは別会社の大分昔のVだろ。……そんな、ツッコミは置いておいて。
「……言ってもこのコラボ、やるとしてもセイラ側になんの得もなくないか……?」
自分で言っておいてなんだけどね‼断られると思ってたよ‼
「え、あるよー超ある。まず、セイラと秋城じゃ視聴者層被らないぽいんだよね」
ぽい、そんな曖昧な言葉を世那が端末を見ながら投げてくる。ちなみに世那の端末からは俺のこの間の輪っかフィット配信の音声が流れてきてて。
「……秋城の視聴者層ってちょっと年齢層高め?コメント見てる感じだと~昔あった掲示板みたいだよね」
まあ、その分析は正しいと思う。実際にUtubeのアナライズによると、視聴者の年齢層は40代ぐらいがボリュームゾーンになっていた。
「逆に、セイラって最先端爆走っていうか……見てくれてる年齢層超若いんだよね」
そう言って世那が見せてくるアナライズ画面。視聴者のボリュームゾーンが20代前半になっていて。確かに、若い。
「これは、新しい売り込みポイントだと思うんだよね~秋城の視聴者層が興味持ってくれるのってでかそう~」
まあ、逆に言えばセイラの視聴者層が秋城に興味を持ってくれる可能性もある訳で。お互いにウィンウィンだ……というか、もしかして、コラボで世那の悩みを解決できるワンチャンある?
「まあ、それで実際うぃんちゃんが同接数伸ばしてるわけだし?」
「ああ……」
そういえば、この間のオムライスを作る配信でも同接数凄いこといってたなあ、なんて思い出す。俺単独の配信だと見たことない数字だった。
「秋うぃんてえてえがあるなら、秋セイてえてえがあってもいいでしょ?」
うーん、もしかしなくてもそれネットで浮気だー!とか言われるやつじゃない?
「秋うぃんじゃなくて、秋セイが王道になっちゃったり?」
八重歯を覗かせてにやりと笑う姿にすっかりセイラがいつもの調子に戻っていることを知る。
「はあ、俺の最推しがうぃんたそだってことを忘れるなー」
そんな気の抜けたツッコミ。でも、セイラはそんな言葉を蹴とばすように勢いよく立ち上がれば俺の前に仁王立ちするのであった。
「じゃあ、セイラに推し変させちゃうんだから!」
「っ……」
美少女が自信満々に立つ姿というのはなんでこうもいい絵になるのだろうか。俺は頭を殴られるような衝撃を覚えながら、セイラに思わず見惚れる。……そういえば、忘れていた。こいつも美少女の部類だ。
「……へーへー、やれるものならやってみろー」
俺は自分の胸中を悟られぬように、目を逸らしていつも通りの返事をするのだ。
「じゃあ、まずはその一歩としてコラボやろっか!」
そうして、世那の人生相談は終わり、俺たちは第1回目コラボのための打ち合わせを始めるのであっった。