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第14章 人生相談ってアリですか?⑤

 暑いは暑い、が、大分吹き抜ける風の温度が下がって来て……日差しはカンカンに照って暑いのに、風は微妙に冷たい、そんなちぐはぐな秋晴れの日。午後いちの講義の3限目が終わり、俺は世那に指定された大学の入口で待つ。


(……飲み物でも買っておくべきだったか)


 そんな謎な気の揉み方をしながら、俺は落ち着きなく端末を開いては閉じる。そんなことを数度繰り返した時だった。


「はーやと」


 後ろからよく聞いた声。……改めて思う、セイラをやっているときは作っている声なのだろう。全然今の世那からでは想像がつかない。そんなことを考えながらゆっくりと振り向けば、そこにはいつも通りキメキメギャルと言わんばかりの世那が日傘を持って立っていた。


「……おう。今日は来れたんだな」

「まあねー。自分で指定したし?言いふらされちゃったら困るし?」

「誰が言いふらすか。というか、……契約違反になっちまうだろ」


 どこのとは言わない。こんな人通りの多いところで言えるか。俺の返答に目を細めて世那は俺の袖を引っ張る。


「自習室取ったから、そこで話しよ?あ、飲み物買ってく?」


 世那の気遣いの方が一枚上手だった。なんて感じつつ俺が頷けば、世那は「いこっか」、そう、猫のように身軽に俺を先導するのであった。





 自習室、と言えば聞こえはいいがそこが自習で使われているのはあまり見たことがない。自習室は見通しこそガラス壁なのでいい。そして、完全防音、建前上は外の音を気にせず勉強ができる部屋……ということになっている。が、実際はどれだけ中で騒いでも外に漏れない……故に、軽音サークルやダンスサークルが占領して使っていることの多い個室だ。

 よくそんな部屋取れたな、なんて思いつつ俺は世那と7番と書かれた部屋に入る。ぱたん、と扉が閉まれば、防音室特有の静かすぎる故の耳鳴り。その沈黙を最初に破ったのは———世那だった。


「マジゴメン!」


 世那は鞄とペットボトルを置いて、勢いよく俺の方に振り向けば勢いよく頭を下げた。普段あれだけ気にしている髪型が崩れるのも気にせずに。


「せ、世那……?」

「色々……黙ってたり、隠してたり、本当に本当にごめん!」

「いや、頭上げてくれ……俺の方こそ謝りたいことがあるんだ」

「隼人が謝ること……?」


 きょとんとしながら俺を見上げてくる世那を見ながら俺は鞄をゆっくり机の上に置き、椅子を引き腰かける。


「知らなかったとはいえ……だいぶ、世那に無神経なこと言ってたよな。……休みすぎるなよ、とか何も知らないお前が何言ってるんじゃ、みたいなこと……」

「そんなことっ……!え、そんなこと私全然気にしてないし!」


 世那は俺の隣の椅子を引き、そこに腰かけ、椅子を引きずって俺の方を向く。


「隼人の心配は真っ当だよ……隼人から見れば、なんだかよく分からないけど無茶苦茶大学休む謎の友人Aだったんだから……むしろ、私こそ……最初からは無理でもある程度信頼関係が作れた段階でなにをしているか明かすべきだったんだ……」


 しゅぅん、と世那の幻覚の犬耳が垂れていく。そんな世那がペットボトルを開けて、いちごソーダをごくごくと飲み———。


「ということで、私が星羅セイラやってる朝雉 世那‼……流石に、セイラのことは知ってるよね?」

「知ってる、流石に知ってる」


 知名度で言えばうぃんたそ以上。お茶の間19時台を沸かせる、三次元の芸能人にも引けを取らないスーパーアイドルVTuberだ。うぃんたそが出てくる前から見てたし、ある程度追ってはいる。


「よかった。隼人ってうぃんちゃんしか眼中になさそうだったから」


 にへっ、と嬉しそうに笑う世那。


「最推しはうぃんたそだけど、VTuberヲタだからな。俺は」

「ほぉ……?んでぇ……そんなVヲタの隼人がこの間@ふぉーむの本社に居たのは何故かなあ?」


 下から覗き込むように俺と視線を合わせてくる世那に俺はなんとなく視線を逸らす。そうだ、そこの説明もしなくてはいけない。俺は意を決して世那の肩に手を置く。


「……俺も世那に言ってないことがある」

「……あまり会話っていう会話しないからね」

「それはそうなんだが……」


 なんとなく世那から会話のテンポを取り戻せなくて居心地の悪さを感じながら俺は切り出す。


「俺は秋城ってVTuberで……この間はうぃんたそとのコラボのために@ふぉーむさんの本社に居たんだ」


 俺の言葉と共に再び訪れる沈黙。世那は俺の顔を見て目をぱちくり、としながらスーッと静かに動き、自分の端末を弄り始める。そして、十数秒。


『俺が秋城‼伝説を作るVTuberだッ‼‼』


 あ、こいつ俺の幕開け放送再生しやがった。しかも多分切り抜きだ。そうして、世那はもう一回確かめるようにシークバーを戻す。


『俺が秋城‼伝説を作るVTuberだッ‼‼』


 ヤバい。なにがヤバい、ってこれこの無音の空間に響かせてるのなかなかに恥ずかしいッ。体中がぞわぞわとするというか、毛穴の1個1個がしっかり開くというか。文字通りの羞恥プレイに俺は腕をさすりながら世那の名前を呼ぶ。


「せ、世那さん……?」

「……確かに、声は近い……?似てる?」

「当人だって」


 そう言いながら、俺は降夜さんにもやったように世那に秋城のUtubeのホーム画面を見せる。


「うわ、マジじゃん。え、えー‼転生とか言ってる、頭若干イっちゃってるVの中身が隼人⁉」


 あ、なんか凄いディスられた気がした。いや、気じゃねえ、ディスられてる。


「うーん……でも、確かに。秋城ってうぃんちゃんと仲いいし……秋うぃんてえてえよくしてるし……?ただの一般人の隼人が@ふぉーむに入れるとは考えにくいし……?」


 一人で頬を膨らませながら、考え込む世那。どうやら世那の中ではまだ信じきれない現象らしい。


「……っていうかなんで秋城のアカウント使ってるん?」

「秋城で‼伝説を作るのが‼目標なので‼」


 じとっ、と疑いの眼差しで見てくる世那に対して力説する。ははは、こういう時防音個室って助かるね。


「伝説て。アカウントを盗むのはよくないと思うけどなあ」

「盗んでないわ‼だから、マジで転生したの‼転生したからアカウント知ってるって言うか俺のものなの‼本当は俺、28+21歳なの‼」


 机をガタガタと揺らしながら必死に説明をする。そんな俺の様子を「熱いねー」なんて言いながら遠い目で見る世那。絶対に信じてない。


「じゃあ、隼人は本当は精神的には49のおっさん、ってワケ?」

「うっ……はい、そうです……」


 実年齢を改めて指摘されると胃が痛いモノがある。なんかこう、最近降夜さんと戯れすぎてて忘れてたけど、49のおっさんがこんな若い子と密室で会話……犯罪臭がしてしまう‼


「ふぅー……ん」


 世那がガラス張りの壁を遠い目で見る。その世那に追随するように俺もガラス張りの壁を見れば、……今は4限目の講義中なのもあって人通りもまばら。ただの廊下がそこにはあった。


「ねえ、隼人」


 後ろから声をかけられる。


「じゃあ、隼人が秋城でって言うのはまず信じてあげる。……じゃあ、隼人が転生してきたって言うのを私に信じさせてよ」

「ど、どうやって……?」


 首を傾げる俺に世那はそのつやつやの唇で弧を描くのだ。


「大人らしく、私の人生相談に乗ってほしいの。内容は……私がセイラだって知らないと……言えないから」


 世那の瞳が揺れる。それはこの間のお礼の日。ラックで世那が見せた表情と同じ色をしていて。あの時は俺は踏み込むのを躊躇った、躊躇って流した。だけど、今はその扉は開いていて———なら。


「転生者、秋城……その人生相談、乗った」

「ん、ありがと」


 世那が頬杖をつく。そうして、俺をまっすぐ見ながら言うのだ。


「……私ね、大学辞めようか悩んでるんだ」


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