書類を提出してしまえばとりあえず大きな仕事は終わる……と思ったか!大道具部門と実行委員と先生方の間を伝書鳩のように俺と世那さんは駆けずりまわっていた。
「も————‼LEIN交換しろって————‼」
「マジで思う。ほんとに、マジで」
5月も3週目に入り、週末に控えた体育祭。大道具部門から粗方の大道具が納品されて、ついに始まるんだなあ、なんて感慨深くもなるぐらいの頃。あまりにも俺と世那さんをメールを送る感覚で伝書鳩のように使う3つの勢力に俺達はキレていた。マジでLEIN交換しろ。
そんな中、やっと休憩できそうな時間を見つけて、俺と世那さんは自販機の前。
「LEINで言い合って‼私たちの労力要らなくなるから‼」
いちごソーダのペットボトルを握りつぶしながら世那さんが叫ぶ。もうね、本当にね。
「はは、マジで学校ってクソ……」
そんな言い合いにもなってない愚痴叫び大会の真っただ中、自販機置き場の対面、職員棟で先生方が慌ただしく走っているのが目に入る。
「なんだ……?」
「んー?なんか鬼気迫ってるね、ちょっと行ってみよっか」
「あ、ったく……‼」
身軽に首を突っ込みに行こうとする世那さんを注意する暇もなく、世那さんに引きずられるように俺たちは職員棟と教室棟を結ぶ外廊下で先生を呼び止める。
「セーンセ、なんかあったのー?」
「あ、体育祭実行委員‼丁度いいところに‼お前たちも来い!」
ここ最近伝書鳩として職員棟に出入りしていた成果だろう。俺と世那さんは体育祭実行委員という認知のされ方をしていたため、先生方にも顔の通りがいい。……が、なんで俺たちも?
そんな疑問を抱きながらも俺も世那さんもおとなしくついていく。
「とりあえず、お前たちの目で直接見てくれ……あ、でも先に言っておくぞ。ちょっとショックを受けるかもしれん」
「ショック?」
歩きながら首をこてん、と傾げる世那さん。一方俺は、嫌な予感をひしひしと感じながらついていく。
恐らく、誰でもいい訳じゃなく、体育祭実行委員だから呼び止められた。ということは、体育祭実行員の中で共有すべき情報ということだ。
俺達が足早に歩く先生たちについていけば、到着したのは体育倉庫だった。俺たちがつくのと入れ替わりになる様に消火器を持った2、3人の先生が体育倉庫から出てくる。そして、その消火器を持った先生が俺たちを連れてきた先生に言うのだ。
「消火は終わりました……怪我人も居ませんし、当該生徒は別室ですが……その大道具が……」
消火器を持った先生の言葉に世那さんがぴくり、と動く。大道具、完璧に俺たちの領分だ。ちなみに、大道具は大道具部門からの納品以降この体育倉庫で眠ってもらっていたわけで。
「大道具になにかあったの?」
世那が俺達を連れてきた先生に問いかける。先生は問いに対して、一回ため息をついてから困ったように額を手で拭った。
「まだ、詳しい事情聴取をしたわけじゃないんだが……体育倉庫で紙煙草を吸った生徒が出たんだ……」
「「煙草⁉」」
2018年ならいざ知らず、2033年のこのご時世に体育倉庫で煙草?よく手に入ったな?そうツッコみそうになる言葉を飲み込めば、胃がキリキリと痛み始める。紙煙草かあ……恐らく火の不始末だろうなあ。
「だけど、火の始末が不十分だったらしく木材だった大道具に引火してな……大慌てでその生徒たちが教員棟に駆け込んできたわけだ。あ、ハンカチはあるか?口を押えておけよ」
そう言われ、俺も世那さんもそれぞれのハンカチを制服のポケットから取り出して口と鼻を覆う。……それにしても火の不始末かあ。まあ、吸い方は漫画やドラマでよく見るけど、火の始末方法まで細かく描写しているモノって少ないよなあ。ましてや、今の大人の主流は電子タバコだ。火の始末なんて必要ない。大方、吸ったらそこら辺にポイでいいと思ったんだろう。
俺達は先生に引率されながら、微かに煙の香りが残る体育倉庫内を歩いていく。そして、体育倉庫の一番奥———大道具置き場にて。
「う、そ……」
「……予想はしていたが」
俺がまず思ったことは、消火器でこの規模の火って消えるんだ、だった。入場ゲートの片側、まるまる一本の木の柱が炭になっており、その周囲に置いてあったものも若干焦げている。被害は、運が悪いことに全部体育祭に使うものに集中していた。体育祭まであと4日。とりあえず、委員会に報告しないといけない、と俺と世那さんは現場を端末で写真に収めて撤退することにした。
当然、大道具の一部が使用不可になったことについては体育祭実行委員内で大問題になった。
「修繕じゃなくてゼロから⁉」
「こんな時期に……」
「今時煙草って頭湧いてるんじゃねーの⁉」
文字通りの阿鼻叫喚だった。あと少しで体育祭という大きな青春の1ページを完遂できるところだったのに此処に来ての大問題。そりゃ、悲鳴も上げたくなる。その中で、委員会は大きく2つに割れた、今回は大道具をなしにして実行する派となんとかして大道具アリでやる派。当然のように世那は大道具アリでやる派だった。
「大道具アリって燃えカスになったのよ⁉」
「それでも、やっぱり大道具あっての体育祭だろ!」
「別になくても生徒が居ればできるじゃない‼」
「見栄えしないだろ⁉」
一触即発。先輩たちも先輩、とはいってもまだ、16、17の子供でしかなく。各々の意見をぶつけ合うばかりだった。これは……仲裁しなければ話がまとまらない、そう俺が思い手を上げようとした瞬間であった。
「センパイ方」
世那さんの凛とした声が通る。その声は、やけに人を惹きつける声だった。当然、そんな声に委員会で借りていた教室内が静まり返る。
「提案です。この学校には、催し物をやるとき、特例で学校に泊まり作業をすることを許可してもらえる制度があります。……今回それを利用して、大道具を我々の手で作り直すのはいかがでしょうか?」
世那さんの現実的な提案にシン、と静まり返る。———俺はこの提案に乗ってもいいと思った。これが唯一、大道具アリで体育祭をやる方法だろう。ナシ派とアリ派は見たところ半々、体育祭実行委員は合計36名。その半分でも残ってくれるなら大分すべては無理でも、大分作り直しは効くんじゃないか
———だけど、現実はそうもいかなかった。
「え、家に帰れないのはちょっと……」
「いやいや、俺達で大道具作るとか無理でしょ……」
「工作なんて小学校以来やってないし」
「そういう力仕事はパース」
ナシ派は何も言わないとしても、アリ派の言葉も酷いものであった。じゃあ、どうやって大道具アリでやる気だったんですかね、と問い詰めたくなるものだった。なにか魔法の小人さんが夜のうちにやっておいてくれるとでも思っていたのだろうか。
世那さんの言葉に急激に冷めていくアリ派の人たち。それは美味しいところを齧りたいけど、労働はしたくないという俺から言わせればゴミのような意見だった。急激に教室内が冷めていく。
あまりにもクソのような大道具アリ派の言葉に、俺が呆れかえっていると世那がまた口を開く。
「たは、ですよね~。じゃあ、私の方でなんとかしておきますので、宿泊許可の委員長の承認ハンコだけくださーい」
泣きそうな笑顔で、でも、決して涙は零さない。泣き脅しはしない。そんな世那さんの気高さを俺は知る。
「たかだか一年になにができる?」
「入場ゲートとかその辺の大道具ぐらいは?何もやらないより、全然マシだと思うので」
やる気がない人は黙って見ててください、と言わんばかりの世那さんの言葉にひやひやしながらも委員長は大きなため息を零した。
「好きにしろ……」
そうして、委員会はお開きになった。学校内宿泊許可の委員長承認ハンコを残して。俺たち以外居なくなった教室で世那さんは笑う。
「あの人たちどうやって大道具アリでやる気だったん?あれはないわー」
「それはそうな~~~」
上級生が聞いていたらバチ切れそうな言葉を唐突に吐く世那さんに内心大笑いしそうになりながら俺は同意を示す。
「でも、実際一人でどうするんだ?世那さん」
「え、まあ、入場ゲートとか目立つところだけ作るつもりだけど……」
「一人で?」
「やるっきゃなくね?」
拳をぐっと握り世那さんが見上げてくる。気遣いはできるが———やはり、猪突猛進で。お願い、隼人くんも一緒に、ぐらい言えばいいのに。なんて思いながら俺は学校内宿泊許可の宿泊メンバーのところにボールペンで名前を書き足す。もちろん、高山 隼人、と。
「え?隼人くん???」
俺のその行動に目を丸くしてなんどもその大きな瞳を瞬きさせる世那さん。
「一人でできるわけないだろ?それとも一人でやりたかった?」
「う、ううん!手伝ってくれるなら嬉しいけど……大変じゃね?」
「そりゃ、大変じゃない訳はないだろうなあ」
そんなことを考えながら俺はうーん、と唸り声をあげる。さてさて、これは俺一人が力を貸したところでどうにかなる問題でもない。それなら、俺がやるべきことは餅は餅屋に、然るべきところに世那さんを繋いでやることだろう。そうすれば、大分世那さんも動きやすくなるだろうし。そうと決まれば、俺は椅子から立ち上がり世那さんに声をかける。
「さて、行くぞ」
「え?」
「とりあえず、演劇部に」