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第14章 人生相談ってアリですか?

「久来ただいま戻りましたー」


 あれから、その場を動くこともできずに立ち尽くすしかなかった俺は久来さんに回収され、スタジオに戻ってきた。

 だけど、どこか夢見心地というかふわふわと現実感がなくて。これじゃあいけない、ふ、とした不注意が@ふぉーむの方々に迷惑をかけてしまう。そう、俺は頬をパシパシと叩きながらなんとか自分に活を入れる。


「久来さん、おかえりなさい。こっちはもう解散でいいと言われたわ」


 それでも、降夜さんと久来さんが話す情景がどこか遠くに感じられて。自分の中で、なんでこんなところに世那が、という感情と、それに対する外側から与えられたアンサーがかみ合うことはなかった。


「……高山さん?」

「……あ、えーっと」

「控え室に戻るわよ、その後は簡単な設備使用のアンケートに答えてもらって解散になるのだけれど……」

「あ、おーけい、おーけい。アンケートね、外部の人間の意見なんて聞けることの方が珍しいもんなー」


 はっはっはっ、我ながら乾いた笑いだ。だけど、いつも通り振る舞う。こんなことを気にしているのは俺だけなのだから。




 控え室に戻ってきた俺たちはそれぞれ適当な席につき、俺にはアンケート用紙が手渡される。それを読み込みながら拝借したボールペンでアンケート用紙を埋めていく。


「……ねえ」

「お、なんだー?」


 務めて明るく。できるだけ不自然じゃないように。


「お手洗い行ったときに何かあったかしら?」


 降夜さんの鋭い指摘に言葉に詰まってしまう。うっ、痛い。


「……何かって言うか……」


 そもそも言っていいのか?と悩む。いや、世那が星羅セイラなのは事務所内では公然のことなのだろう。だから、言っても問題はない、のか……?契約書には社外で言うなって書いてあったが……。

 俺の頭の中を大量の文章が駆け巡る。いいのか?え、本当に大丈夫?そんなことを思いながら頭を押さえていると降夜さんが指をくるくると回しながら口を開く。


「もしかして、@ふぉーむ所属のタレントになにか粗相をしちゃった、とか?」

「そ、粗相ではない、が……」

「誰だか分かれば、久来さん経由でお詫びを入れることも可能だけれど……あ、社内でタレントについて触れるのは何ら問題ないわよ」


 降夜さんの言葉にむぅ……と唇を尖らせてから口周りを押さえて俺は口を開いた。


「……その、粗相とかじゃなくてだな。俺の大学の友達が居たんだ……」

「大学……雪鷹の台だったかしら?」

「?ああ」

「……誰と出会ったかなんとなく想像ついたわ」

「え、今ので?」


 降夜さんの言葉に俺は降夜さんをマジマジと見てしまう。え、今の会話で誰と出会ったか把握できるの?


「VTuber同士の繋がりが薄い高山さん……って言うと嫌味臭いわね」

「いや、そこは事実だから気にしないが」

「……そう。まあ、そんな高山さんには分からないと思うのだけれど……結構VTuber同士の付き合いってそこら辺の友達と変わらないわよ。昨日何食べた、何の映画を見たい、それこそどこの大学通ってるーなんてのもザラね。だから、大学の話なんてどこの大学か分かれば誰の話かなんて特定しやすいわ」


 俺は降夜さんの言葉に静かな小さい拍手を送る。全く知らなかった、俺、VTuberやってる友達降夜さんしかいないからね!


「……それでも、セ……本名、知ってるのよね?」

「ああ、朝雉 世那だ」


 俺の言葉に降夜さんは胸を撫でおろしながら、こほん、とわざとらしい咳払いをする。


「高山さんが世那の友達だったとはね。私、彼女の言う友達って女友達のことばかりだと思ってたわ」

「いや、実際それは間違ってないな。世那が大学で俺以外の男と話してるのグループワーク以外で見たことねえ。……と言っても、俺も週に1回溜まったプリントを渡す以外のやり取りはほぼしないが……」


 俺の言葉に降夜さんは人差し指をぴん、と立てる。そうして、そのままくるくると回し……その動きに釣り竿のリールを連想してしまう。


「半年に一回、お礼にラックを奢ってるって高山さんのことだったのね」

「そんなことまで伝わってるのか……」


 なんかそこまで筒抜けだと恥ずかしいモノが生まれてくる。え、他に何も言ってないよな、世那?


「……でも、それでなんで高山さんが呆けているのかしら。言ってしまえば、友達のちょっと意外な一面を知った、程度でしょう」


 降夜さんの言葉に、うーん、と唸り声をあげる。そう確かに、それだけなのだ。

 だが、世那がセイラであるということは世那がセイラの多忙なスケジュールをこなすために高校を、大学を休んでいた、という解釈ができる。その上で、俺は……知らなかったとはいえ世那に無神経な言葉の数々を投げてきてしまった。


『おま、休みすぎ。プリントもノートも量ヤバいぞ』

『何やってるか知らねーけど、あまり大学休み過ぎんなよ』

『留年したらプリント渡せねーからなあ?』


 何も知らない、無神経な言葉の数々。それはこの間も。


『前期みたいに後期はギリギリにならないようにしろよー?』


 何をしているか知らないが、受けられる授業はしっかり受けている。

 ……それでも、心のどこかで休んでいる世那に対して偏見のようなモノがあったことが自分の中で明るみになった。それが間接的に事実を知ったことにより罪悪感としてのしかかる。


「……俺さ。世那がセイラだって知らなかったとは言え、世那に無神経な言葉投げてたわ」


 誰かに仕方ない、知らなかったのなら。そんな言葉を言って欲しくて、口から出る甘えたぼやき。傷心する心を癒してほしくて出た、ズルい声。


「……とりあえず、今までそんなに無神経な言葉を投げていたなら謝ることから、じゃないかしら?高山さんは知らなかった、世那は普段の口ぶりから察するに隠していたのでしょう?……なら、必要以上に罪悪感を感じる必要もないわよ」


 降夜さんの言葉は俺の望んだ甘い言葉ではなかった。だけれども、その切り口のすっぱりとした正論が心地よく俺の心に切り込みを入れる。その切り込みからどくどくと俺が抱えていたもやもやとした感情が流れ出ていく。

 降夜さんに道を示されて、俺は改めて考える。いや、あの時世那がセイラと呼ばれていたのだからもう確定なのだが。それでも自分の中で踏ん切りをつけたくて。


「セイラのデビューがえーっと……」

「私が高2の時だから……5年前ね」

「5年前……俺と世那が高1の時にセイラのデビュー……で、セイラが爆発的な人気になったのが、高3の始めで……高校を休みがちになり始めたのが高2の中盤からだったかな……」


 俺の言葉に降夜さんはふぅ、と息を吐きだして両腕を組む。


「VTuber特集系の深夜番組に出演し始めた頃ね。そこからセイラは大きくなっていったわ」


 降夜さんからの情報、その情報はストン、と俺の胸の中に納得の二文字を落としていった。こう考えてみるとタイムテーブルも完璧だ。改めて、セイラが世那で、世那がセイラであることを示している。……そんな納得の中、俺は降夜さんからもたらされた新たな情報に勢いよく立ち上がった。


「なにかしら……?」


 そんないきなり奇行に走った俺をマジマジと降夜さんが見てくる。そんな降夜さんをマジマジと見返しながら俺は勢いよく頭を下げ———口を開く。


「……すみません、タメだと思ってました」


 場に、沈黙が訪れる。これがバラエティ番組なら、1カメ、2カメ、3カメなんて切り抜きがされるであろう。そんな沈黙に……降夜さんは吹き出したのだった。


「ぷっ、ふっ、あはははっ……そんな真剣な顔をして……!ははっ、ふふっ、もー……別に気にしないわよ、そもそも論で言うのなら、転生したっていうなら高山さんの方が年上の筈でしょう?」

「それはそうなんだけど……肉体的には年下なので」

「そこを気にするのなら、女性に年齢の話題を振っていることを気にして欲しいのだけれど」


 そこを言われると言葉に詰まる。確かに、女性に振る話題ではない。俺は内心ダラッダラに汗を掻きながら降夜さんをちらちらと見る。


「まあ、気にしないわ。……で、世那のことでしょう?」


 降夜さんがそう問いかけると同時に、俺の端末がぽこん、と受信通知を告げる。そのタイミングを計ったかのような受信通知。

 だが、降夜さんの前でそのメッセージを見ていいものかと思っていると降夜さんが手でどうぞ、とジェスチャーをして、自分の世界に戻る様に自分の端末を弄り始める。

 そんな降夜さんの気遣いに感謝の念を送りつつ、自分の端末を確認すれば、メッセージの相手は———。


「世那……」


 今の話題の中心人物で。俺は端末のロックを解除し、メッセージを確認する。


『さっきはゴメン!……釈明は、後期1回目の講義のあとにさせて!』


 そんなメッセージの後にSorry…のスタンプが送られてくる。


『おう。』


 そこまで文字を打ち込んで指が止まる。それ以上の言葉もそれ以下の言葉も全てが過不足ある気がして。

 ……いや、此処で俺が気をもむ必要はないのだ。俺はバックスペースで文字を消して、OK!のうぃんたそのLEINスタンプを投げ返すのであった。

 ———その瞬間、部屋の中に響くうぃんたそのOK!のとても元気な明るい声。……やっべ、音声付きなの忘れてた。


「……どうやったらさっきまでの話の流れで世那にそのスタンプを使うのかしら」

「うっ……うぃんたそ以外のスタンプ買ってないんだよ!」




そんなこんなで時間は過ぎ去り世那と約束した日の前日。俺は懐かしい夢を見た。


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