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第13章 焼きそばとお汁粉をやったのがお前ってアリですか?

 オフでのオフコラボの打ち合わせからちょっと時間が経って。

 メールでのデータのやり取りなんかもスムーズに終わり、@ふぉーむへの入館の方法なんかのPDFファイルを頂き、それを熟読して———あっという間にオフコラボの日は訪れた。

 まだ、放送までかなり時間はあるが降夜さんから時間が指定されたため、その時間に合わせての来訪である。ちなみに、放送開始時間は18時、指定された時間は16時、現在15時40分。うむ、時間十分。

 俺は@ふぉーむの会社の位置を確認がてら一回、目の前を素通りしてから角を曲がりいつもの人に会う前のルーティンとして制汗剤をフルに使う。そして、端末を取り出して入館方法.pdfを開く。


「えーと……入ったら来館受付があるから事務の人に声をかけて……」


今日の来館目的とアポを取った時間、相手を言う。その後は同意書を書いたりしてなんだりして降夜さんと合流ができるらしい。


「……なんか、社畜時代を思い出すな……」


 忘れもしない前世の記憶。商品を納品した後のアフターサービスで訪れる初めての会社……当然ながら入館方法なんて会社ごとに違って。その度に渡されるPDFファイルを粗相をしないように読み込んだものだ。

 条件反射でキリキリと痛んでくる胃に、今日は違うぞー、なんて心の中で呼びかけながら端末のカメラモードを起動して身なりを正す。


「はー、緊張する……」


 今日は会社を背負っての来館じゃない、秋城を背負っての来館だ。正直会社を背負うのとは違った重みがある。

 なんというか、これは完全に個人の感想なのだが……こっちの方が断然重い。会社はせいぜい粗相をしても担当者が変わったりする程度ではあったのだが、こっちは俺の代わりなんていないし、そもそもここでの粗相は今後のうぃんたそと関われるかにも大きく響いてくる。


「はあー……」


 思い出すのは、この間の降夜さんとのチャット。


『約束よ?』


「……約束しちゃったからなあ……」


 だから、此処で粗相はできない。降夜さんと来年一緒に花火を見るためにも、今日は完璧にことを成し遂げなければいけない。……まあ、それじゃなくても粗相はしないに越したことはないんだけどね。

 時間が45分になったのを確認して、俺は再度来た道を戻る。目指すは、@ふぉーむ本社。





「では、こちらの臨時入館証を首からおさげください~」

「はい~」


 なんとか最初の難関を突破し、降夜さんが言っていた同意書を熟読し、サインして、臨時入館証を首から下げる。

 そうして、@ふぉーむ社内に入ることを許された俺は事務員さんに案内されて後ろについていく。

 ……さて。この会社、とてつもなく広いぞ。まず、外観を見た時にも思ったのだが首が痛くなるぐらいには見上げなきゃいけないし、このビルがまるまる@ふぉーむの社屋なのだと思うと、マジでとんでもないところにきたな……感がするのだ。

 そして、まず入ってすぐのエントランスには等身大の鈴堂うぃんと星羅セイラのフィギュア。流石、@ふぉーむ内の人気を取り合う二人である。そんな広いエントランス兼受付を抜けて案内されるのはエレベーター、そのエレベーターも外が見えるガラス張りで。


「ひゅ……」


 事務員さんがかなり上の方の階を押したため、ぐんぐんと上っていくエレベーター。硝子の外を見ないように、フロア案内を見つめる。

 そうこうして、待つこと1分もないぐらい。エレベーターの扉がチーン、という音共に開く。事務員さんが下りるのに習って俺もついていく。

 そして、いくつか扉の前を通り過ぎる。扉越しに微かに声?音?のようなモノが聞こえることから、この壁の一枚向こうには人がいるのだということ察知する。

 扉には控え室と書かれていることから、恐らく@ふぉーむのVたちがいるのだろう。ちょっと気になるのが悔しいところ。……そんなこんなで好奇心をぐっと押さえて事務員さんについていく。すると、第8控え室と書かれた扉の前で事務員さんが立ち止まり、ノックする。


「はーい」


 中から聞こえてくる、よく聞いた声。事務員さんが扉越しの返事を受けて扉を開く。


「鈴堂さん、秋城様がおいでになりました」


 扉の中に入る様に促され、中に入れば、控え室の中には降夜さんと、降夜さんより一回りぐらいだろうか年上だろう女性が居た。


「では、私は此処で」


 そう言って事務員さんが出ていく。パタン、と扉が閉まるのを見送って改めて二人に向きなおる。


「あー、と」


 俺が何かを口にしようとすれば、降夜さんの隣に居る女性は懐から名刺入れを手に取り、名刺を取り出せば、それを差し出しながら軽くお辞儀をする。


「初めまして、@ふぉーむ鈴堂うぃん担当マネージャーの久来くぐる ほむらです。秋城様のご活躍は何度も拝見させて頂いております」

「あ、これはご丁寧に……秋城名義で活動させていただいております、高山 隼人です。その、現在名刺が用意できていなく……」

「いえいえ、構いませんよ。活動を再開したばかりで定まらないところもありますでしょうから」


 名刺を深々とお辞儀をして受け取る。く、俺もそろそろ名刺作ろうかな!作った方がいいよね⁉……なんて今後を画策しながら、俺はもってきたクリアファイル(無色透明)に名刺を入れさせてもらう。そんな様子を物珍しそうなものを見る目で見てくる降夜さん。


「なんだァ……?」


 俺が降夜さんの方を見てそう言えば、降夜さんは更にくすくすと笑うのだった。


「いえ、私と初対面の時はあんなに緊張していたのに今日はそつがないな、って思っただけよ」

「お、そこについてはノーコメントにさせてくれ」


 あの時は最推し鈴堂うぃんに会う、っていうのもあったし、秋城の進退を決めることになる打ち合わせっていうのもあった……だけど、一番は……見惚れてしまったのだ。降夜さんの凛とした姿に。それであんなしどろもどろになってしまった……。

 あと、今日も緊張はしているにはしているのだが……もう打ち合わせからの数日間、@ふぉーむ本社に行くということで緊張しっぱなしで……なんかもうそういう状況は超えたのだ。


「……裏でひっそりと練習でもしていたのかしら」

「いや、転生者ぞ?我転生者ぞ?社畜時代のノウハウだよ」

「ああ、……ブラック労働時代の……」


 降夜さんの生暖かい———哀れみの視線。いいもん、今はブラック企業にも掴まってない一介の大学生だもん。……この口調は俺がやると寒いな。


「あ、話のキリがよさそうですね。では、久来が発言しても大丈夫ですか?」


 久来さんが片手を上げて発言許可を求めてくる。それに対して俺も降夜さんも視線を向ければ、こほん、と久来さんは咳ばらいをするのであった。


「では、この後のお2人のスケジュールですが……」


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