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第11章 暑い中登校ってアリですか?

 ———2039/8/10


 配信、配信、飛んで配信———最近の俺はそんな日々を送っていた。

 だが、忘れてはいけないのは現在の俺は大学在学真っ只中の学生であるということ。……並びに、就職活動中でもあるということ。あー、思い出したくねえ。

 つまりは、生活の優先順位で上に来るのはVTuberとしての活動ではなく、大学生活が一番上に来てしまうのが悲しいところだ。まあ、でも、別に大学に友達が居なくてぼっちなわけでもなければ、教授に睨まれているわけでもない。

 つまりは、まあ、大学に行かなければいけない用事が生まれたのなら、それは普通に行くわけで。唯一、今の俺を億劫にさせているとしたら———この夏の暑さだ。ははは、40度を越したら外に出ちゃいけない法律作ってくれませんかね。

 そんな気持ちで胸を満たしながら、俺はダラダラと駅から大学までの道を歩く。こう……やりたくないことをやりにいくときの足取りって死ぬほど重くなるよね。

 ちなみになんで俺が夏休みの真っただ中大学へ向かっているかというと……通年の授業のせいだ。大学の講義は当然ながら前期で一区切り、後期で一区切りになることが多い。だけど、稀にあるのだ———通年、という厄介な講義が。

 通年、つまりは1年を通して講義を行うわけだが……これが、教授も厄介で。この時期は夏季休暇中の学会の準備などで忙しくなるから、テストは後期1回目の授業で行うよ、範囲は夏休みの途中で発表するよ……なんて……。ふざけるな、である。だが、ぶちぎれてテスト勉強を怠れば待っているのは落単である。いや、一つ落とした程度では卒業できなくなるとかはないのだが……そこら辺は器用にやってるからね。だが、この授業は国試、国家試験の受験をするための必要単位。つまりは卒業してちゃんと国家資格を取りたければちゃんと拾わなきゃいけない単位なのである。

 ということで、そんな単位を拾うためのちょっと遅い前期テストの勉強会へ出席するために今日は大学へ向かっているのである。別に強制ではないんだけれどね、……でも、その場で上の学年から譲り受けた過去問が配られるとあっては別だ。


(過去問だけは拾わねば……)


 その過去問のためだけに今日来ていると言っても過言ではない。ということで、大学着地。俺はLEINの学科グループチャットを開き、集まっている教室を確認するのだった。




 時間は過ぎること3時間。過去問を全員で解いて、答え合わせをして———やはりあのクソ教授やりやがった。


「マジヤバいよねー、普通選択肢を選べ、って言われたら一つだと思うじゃん?」

「なんで、複数回答なんだよ……」


 もうそこそこの人数が帰宅の途についた612B教室で俺の隣に座る朝雉 世那は歯を見せて笑った。参加者全員に配られた過去問をぺしぺしと手でかるく叩きながら世那は恨めしそうに過去問とにらめっこする。


「世那はあいつらと帰んなくてよかったのか?」


 世那……呼び捨てなのはなんだかんだこいつとは高校の頃からの付き合いがあるからだ。発端はなんだったか——ああ、高校1年のころ、体育祭の実行員に二人してなったことだった。そこからなんだかんだ、なんだかんだ、軽く6年近い付き合いである。ちなみに、世那は所謂一軍女子である。普段はカースト高そうな女子の群れでその笑顔を咲かせており、今日も今日とて教室に入ってきたときは女子の群れに居た。


「全然平気っ。ていうか、私のことよりも隼人は用事開けてくれた?」


 世那は平均的な身長だ。平均的より少し大きい俺が横に並ぶといくら座ってると言えども若干の上目遣いになる。……此処だけの話、若干どきっとするものがあるよね。


「俺の予定ならいくらでも……は、今は無理だが、まあ、大学の終わりぐらいなら余裕で空けられるわ」

「らっきぃ。え、ていうか、なに?また新しいバイト始めたの?」

「バイト……みたいなもの、だな」


 自分に言い聞かせるようにうんうん、と頷く。バイトのようなモノ、まあ、収入も発生するし、実質バイト。かなり楽しくやってるがな!


「隼人、高校の頃から収入がないと落ち着かねェ!って言ってたもんねー。飲食?」


 世那が最近話題のあざらしのキャラクターが描かれたクリアファイルにプリントを収めながら首を傾げて聞いてくる。


「いんや……うーん、ちょっと説明しづらいんだよな。人前に出る仕事でもねーし」


 ある意味人前に出てないし、ガンガンに出ている仕事ともいえる。表現って難しいね。俺も自分のうぃんたそのクリアファイルに過去問を入れて、それを鞄に入れて立ち上がる。それに習う様に世那も鞄を肩にかけるのだった。


「へー、まあ、隼人しっかりしてるし変なバイトには引っかからないだろうし?安心安心。……あ、ラックでいいんだっけ?」

「おう。……というか、別にいいんだぜ?礼なんて……」

「いやいやっ‼前期を無事に終えられたのは、隼人様のおかげですので……ははーっ!」


 三つ指を空中につき土下座の要領で頭を下げる世那。

 そう、今日のこの勉強会後の謎の集まりは世那による発案のものだった。理由を話せばちょっと長くなるのだが、まあ話させてくれ。

 ……世那はとにかく休む。講義を、なんだったら大学そのものを。その休み癖?みたいなものは高校の頃からだった。なにか先生方は理由を知っていたようだが、俺はそこには深く突っ込まなかった。だが、授業を受けるときは必死に授業を受け、食らいついていこうとする世那の姿に彼女が自堕落に学校を休んでいないことだけはなんとなくわかったのは鮮明に覚えている。

 そうして、高校を卒業し大学。大学の1年生のオリエンテーションで俺の姿を見つけた世那は出会いがしら頭をバッ、と下げたのだった。


『助けて、隼人ッ!』


 その必死に頼み込む世那の姿に気圧されて、俺は世那と被っている講義で世那が休みの時は世那の分のプリントを取り、レジュメをコピー(コピー代は世那持ち)して渡す約束を取り交わしたのだった。そんな約束も2年と半年。そして、半期に一度、世那はこうしてお礼をしてくれている。そう、今日のこの集まりは俺へのお礼の日なのである。


「でも、ラックでいいなんて隼人マジ謙虚。今日はそこそこに財布に入れてきたんだぞー?」

「んじゃあ、ラックで豪遊だな」

「そんなに入るぅー?」

「バーガー3つぐらい?」

「全然豪遊してないじゃん」


 きゃははは、と楽し気に口を隠して笑う世那の姿に頬を緩ませる。ちなみにラックとは高品質、低価格を謳うファーストフード屋のことである。たまに食べると美味しいんだよね。


「ま、隼人がそれでいいならいいんだけどー。じゃあ、いこっか?」


 大学の建物の出口まで着けば、日傘を広げる世那。入る?なんて言いたげに見上げてくる世那に遠慮をするよう手を振れば、「あ、そ」と先を世那は歩き始めた。


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