そうして、流れる壮大なオープニング……余談だが、この輪っかDEフィットアドベンチャー6はVR機器にも対応しているらしく、美麗なグラフィックでまるでそこにいるかのような運動も行えるらしい。俺は持ってないけどね。
そうして、オープニング後準備運動をしてついに第一のマップが開く———‼
「は?」
マップを見てついつい困惑してしまう。え、狭くね?画面に表示されているのは、3コース。1コース目と2コース目は普通のコースっぽいが、3つ目のコースには禍々しいドラゴンの絵が描かれている。
「え、これならワールド1ぐらい余裕だろ。えー、お前ら俺のこと舐めすぎィ~」
『そんなこと言ってられるのは今のうちやで』
『秋城ニキ敗北まであと』
『楽そうに見えてきついのが輪っかフィット』
『俺も最初はそう思ったやで……』
「は、これは勝ったな———つーことで、1コース目から順繰りにやっていくか」
手足を伸ばしてバタつかせる。そうして、俺が1コース目で輪っかを押し込めば始まるゲーム……輪っかと主人公の元に「またドラゴンが洗脳されて悪さを始めた」という悲報が届く。「また⁉」と驚く輪っか。
俺も驚きだよ、俺は輪っかDEフィットの過去作は触れていないが、これで何度目かの洗脳らしいことはネットの評判で知っている。……ドラゴン、意思弱すぎませんかね?
そんなこんなで始まる輪っかDEフィットアドベンチャー。序盤は走っている途中のアクションに慣れさせるためだろう、アイテムがいっぱい落ちていた。その他にも段差を超えるためのアクションだったり、扉を開けるアクションだったり、まあ、大抵は輪っかコントローラーを押し込んだり引っ張ったりするだけなのだが。そんなこんなで第1コースは敵のポップもなくゴールまで辿り着く。
「はあ……ランニング中に別のアクションが挟まるんだな……水飲むぞー」
『流石にカフェイン飲料じゃないのなw』
『お水用意したの偉い』
『とりあえず、1コース踏破おめ』
『次のコースからが本番』
「あ、ちなみに。この水もお前らからのプレゼントで届いたものだ。ありがたくいただいてるからなー」
大量に届いたお水は半分は家の災害用備蓄へ、半分は俺のミニ冷蔵庫へ運ばれたのだった。……ミニ冷蔵庫に入りきらなかった分は部屋の隅に積まれてるけどね。順次飲んでいきます。
「く、う……走った後の水うめー‼」
水300mlを一気に飲み干し、ペットボトルをぺしゃんこに潰して、部屋のゴミ箱に投げ入れる。
「んじゃあ、サクサクと次のコースも行くぞー」
『ニキがんば』
『このコースから敵が出るからな』
『お前に倒せるかな———?』
『汚い声期待』
「はっはっはっ、クールにこなしてみせるからな」
「ンォ——————‼」
『汚いwwwwwww』
『掘られた?掘られた?』
『これは汚い秋城』
『うぃんたそにお見せできねえ……』
俺は絶賛腹から汚い声を上げていた。2コース目。
2コース目にもなってくると走っている最中のアクションの確認だけでなく、コメントでも言われていた通り敵がポップしだした。1体目の敵は難なくクリアしたのだが……敵に攻撃するための1アクションが例えば、スクワットなら40回と流石負荷MAXという回数になっていた。それでも、1体目を倒し、2コース目だし、これでゴールだろうと思っていた俺の前に立ちはだかった2体目の敵。俺はマジ?なんて思いながら1体目で使わなかった技———ニートゥチェストを使ったのだが。
「っだだだだ、腹筋がァ‼腹筋がァアア‼」
『分かる、マジで腹筋痛いよな』
『初期技に置かれる技じゃない』
『でも、これが効くんだよな』
『な?舐めてたろ?』
普段俺はジムでは有酸素運動メインで筋肉を傷めつけたりはあまりしていなかった。———故に、この技は俺の腹筋にかなり効いた。
「アッ———‼アッ———‼無理ってほどじゃないけど腹筋いて———‼」
『やったことあるやつにしか分からないやつ』
『ついでにマットを引かないと腰も死ぬほど痛くなる』
『ほらほら、ひっひっふー』
『2体目でラストの筈』
「ぐぅぅううううううッ、ラスト、1回ッ……‼」
そうして、膝を引き寄せてラストの1回をこなす。敵のHPは半分削れたかどうか、と言ったところだ。俺は肩で息をしながら、防御の姿勢を促す輪っかに逆らって床に這いつくばる。
「あー……あー……コメント読むぞー」
ニートゥチェストで痛くなった腹筋を撫でながら立ち上がり、コメントビューワーを見る。
『ちなみにドラゴン戦は5セットぐらい技をやることになる』
『秋城の腹筋崩壊 (物理)』
『無理せんでええんやで……』
『オーバーワークに注意しろ』
「いや……一度宣言したんだ、宣言行動後の巻き戻しはできない、だろ?」
『取り消せ』
『此処は大会じゃないんやで』
『敗北宣言忘れんでな』
『今日1のええ声やなあ……』
コメント欄と会話しながら防御の姿勢、そして、防御が終われば次に出す技を選ぶ。同じ技を連打できないようになっているので、次に選ぶのはスクワットだった。
「行くぞ————‼お前ら————‼‼‼」
「だあああああ……」
そうして、俺は2コース目を乗り切り、ドラゴン戦をこなして、床に膝をつく。
当然なのだが、1ワールド目でドラゴンが目を覚ますなんてことはなく、あれこれ理由をつけて輪っかとプレイヤーの前から姿を消すのであった。
俺はミニ冷蔵庫から水を取り出して、それを飲み干し、ごみ箱にその残骸を押し付ける。そうして、ゆらゆらと立ち上がりながら、コメントを見れば———。
『鈴堂うぃん:お疲れさまだよ~秋城さんっ、これお水代 210円』
「うぃんたそ~……お水代助かる……」
『こ、声に生気がない……』
『まあ、運動してるっつっても負荷MAXはやべえよなあ』
『うぃんたそ~~~~』
『うぃんたそいらっしゃい~~』
「で、でも……当初の目標通り、ワールド1のドラゴンは倒したぞ……やった、ぞ……‼」
『瀕死なんだよなあ』
『確実にオーバーワーク』
『明日は筋肉痛』
『鈴堂うぃん:秋城さん、ちゃんと適正負荷でやろう……?』
うぃんたそのコメントに同意が集まる、まあ、そうだよな。最初だからとちょっと調子に乗りすぎてしまった気がする。いや、実際そう。
「そうだな、次の輪っかフィット配信の時は適正負荷にするか……じゃないと一生ラスボスまで行けない気がするわ……」
『お、ラスボスまで行く気はあるんやね』
『ちなみに一番楽で早いのはヨガ技だけで回す方法』
『↑RTAさせようとすんなwwwwww』
『ちな、攻略wiki見るのもあり』
「え、このゲームRTA存在すんのか」
RTA、つまりはリアルタイムアタック。クリアまでの時間数を競う競技フォーマットだ。このゲームをRTAするなんて……どんな筋肉馬鹿の集まりがやってんだ。そんな気持ちでいっぱいになりながら、俺はヨガマットを端に寄せて椅子に座りなおす。
「ちなみにバトマス関連以外のゲーム初配信がこれだったんだが、どうだった?」
言いながら視界の端で同時接続数を確認すれば、7000人。普段の同接数は5000人を行ったり来たりなので普段見に来ていない層が見に来ていることにちょっとニヤッ、としてしまう。
『面白かった』
『ちゃんと苦しんでくれてよかった』
『できれば次は3Dモデルで見たい』
『負荷MAXで続けて欲しい』
一部鬼のような視聴者が居た気がしないでもないが、俺は椅子に深く腰掛けコメントビューワーを見ながら口を開く。
「あー、確かに。俺がカメラ外に行くと、live2Dモデルだと止まって何の動きしてるかは詳細には分からないもんな……」
3Dモデルにしてフルトラッキングにすれば、輪っかフィットでの俺が実際にどんな動きをしているかもわかりやすく視聴者に伝わるだろう。うーむ、この間からだがやはりモデルを新しくするのは早急な問題かもしれん。
『3Dにすればうぃんたそと戯れられる』
『屈伸運動のような動きから解放される』
『でも今のも味があるよなあ……』
『秋城整形代 5000円』
「整形て。いや、整形か。絵師様が変わると顔も変わるもんな……さて、そろそろ1時間か。そろそろ枠閉めるぞ~」
俺はマウスを動かして、ライブを終了するのボタンにカーソルを合わせる。
「んじゃあ、いつも通り。おつしろ~」
『おつしろ』
『おつしろ~~』
『鈴堂うぃん:おつしろぉっ!』
『乙』
「はあ……」
カチリ、とマウスをクリックしてから肺から空気を追い出す。今日の放送はなかなかに疲れた。いや、物理的に体力を使ったからなのだが。俺がその疲れを床に逃がすようにぐでーっと椅子の上で脱力をして、ふ、と思う。あれ、同接数増えてたなら……チャンネル登録者数も?なんて、少し浮足立ちながら自分のチャンネルのトップに行けば———。
「うひょぉっ!」
増えている。マジで増えている。前回確認した時が70万に対して、75万人……なかなかいい増え方だ。俺はにへにへ、と顔面を笑みで溶かしながら、椅子に沈みこめば、チャットの受信音がヘッドフォンから届く。相手はうぃんたそ、もとい降夜さんだ。
『時間あるかしら?』
『今伸びてるから、通話ならOK』
そんなチャットを交わせば、かかってくる通話。応答ボタンを押せばいつも通りの降夜さんの声。
「お疲れ様、高山さん」
「マジで疲れた……負荷MAXってヤバいね……」
脱力してるからか若干呂律も危うい。
「まさか本当にやるとは思わなかったわよ、負荷MAX」
「いやあ、ちょっと……マジで調子に乗ったわ。運動習慣あってもきついものはきついなー」
「でも、最後までやりきったのはかっこよかったわ。ちょっと無謀ではあったけれど」
降夜さんの素直な誉め言葉に胸がそわっ、と浮足立つ。それが思ったよりくすぐったくて、俺はそういえば、と話題を切り替えるのであった。
「今日は楪羽じゃなくてうぃんたそでコメント欄来てたな」
「ええ。別にうぃんの方でも問題ないかと思って。危うい発言をするわけでもないし、……それに、てえてえ、してもらえるでしょう?」
なんとなく、今の降夜さんはその形のいい唇を綺麗に弧を描かせて笑っている気がした。
「最早、降夜さんに見られているものと思って放送した方がいいな、俺……」
「ええ、それはもう。どうしてもリアルタイムできなかったら、アーカイブの方で見るわ」
「ありがてえ……」
モニターに向かって両手を合わせながら拝む。こういう1人の視聴者を大事にするところから放送活動って言うのは始まっていくものだ。
「ああ、さっき超速達便で入浴剤を送っておいたからよかったら使って頂戴。あと、2,3時間で届くわ」
「ええ⁉」
「欲しいモノリスト経由だから、お水も一緒に届くけど……」
「ええ……マジでありがと。つーか、なんで入浴剤?」
俺が首を傾げながら言えば、降夜さんから送ってくれた実物であろう入浴剤のサイトのURLが届く。
「ふむ、翌日の筋肉痛を和らげる……ああ、マジでありがたいタイプのやつだ……‼」
「私がライブ後に愛用しているものだから、効果は保証するわ。ライブの翌日でも倦怠感が少ししかないもの」
「す、すげえ……‼」
思わず拍手をすれば、恥ずかしそうな降夜さんの声。こういうときうぃんたそとしての降夜さんと降夜さんとしての降夜さんの違いが出るからいいよね。
「じゃあ、用はそれだけだから。ちゃんとストレッチをして、お湯の中で温めてぐっすり眠ることね。……はい、これ。おすすめのストレッチよ」
そう降夜さんからチャットでストレッチを紹介してくれているサイトのURLが届く。なにからなにまで至れり尽くせりというか……俺マジで降夜さんにまたお礼か何かした方がよくない?
「なにからなにまで助かる……普通に降夜さんが言わなかったらストレッチなんかしなかったわ……」
「ストレッチを舐めては駄目よ、かなり効くもの。……じゃあ、おやすみ、高山さん」
「おやすみー、降夜さん」
テロン、そんな音共に通話が途切れる。降夜さんと通話している間に体も回復したようだ、とりあえず、お風呂には入浴剤が届いてから入ろう。……というか、超速達便で送ったのか……あれ、注文から4時間以内に絶対届く代わりに、注文料金2倍……。
「ひぃ……元の金額を見てしまうのは失礼だよな……」
そう言いながら俺は入浴剤のサイトのタブを消して、椅子から立ち上がる。とりあえず、降夜さんに教えてもらったストレッチでもやるか。そう、俺はヨガマットを再度引き直すのであった。