「ぶふっ」
「ママ⁉」
俺はマイクに向かって盛大に汚い唾を吹き出してしまう。え、えええ……?
『あるにゃママ⁉』
『見てたんか我ェ!』
『マジで秋城の放送見てるやつ多すぎだろ……』
『今回はうぃんたそを見に来たんじゃね?』
「え、え⁉秋城さん、ママが見てるよ~‼あるにゃママ~~~‼」
「わ、わ、わ、む、娘さんと最近交流を深めさせてもらってます、秋城でひゅっ」
「また、噛んでる秋城さん~~~」
俺を指さして笑ううぃんたそ。しょうがないだろう、あんな大物絵師に見られていると思ったら自然と緊張もしてしまうというものだ。
「あ、ていうか、スパチャ……俺の方がいつものうぃんたその絵にお布施したいぐらいなんだが……?」
「あたしはイラスト上がるたびにあるにゃママの欲しいモノリストから送ってるよ~」
「その手があったかあ!」
リアルの俺が端末を弄ってあるにゃママの欲しいモノリストを探すのに連動して、秋城のアバターの視線も下がる。
「ちょ、秋城さん‼せめて、放送終わってから‼」
「は、それもそうだ……え、というかあるにゃママ様さらっとなんかすごいこと言ってなかったか……?」
俺はカチカチとマウスを操作して、あるにゃママのスパチャを改めてみる。
「えーと、ロン毛のイケメンが描けると聞いて、って言ってるね‼秋城さん、これ凄いチャンスでは……⁉これは秋城さんが実質あたしの弟になるってことでは……⁉」
両方の手で口を押えながらうぃんたそがぴょんぴょんと跳ねる、え、本当にいいの?え?
「死ぬほど嬉しいが、あるにゃママの格に見合った依頼料をお支払いできるか、すんげー不安なんだが⁉あのあるにゃママだぞ⁉」
「で、でも、チャンスに変わりはないよ……⁉」
『あるにゃ:まずはお見積りだけでもいいんだよ……♡ご連絡待ってます♡ 3000円』
「わ———、スパチャを投げないでください‼普通のコメントでも拾いますから‼」
ついつい敬語になってしまう俺。いやいや、恐れ多すぎるだろこんなん。まさかうぃんたそのママからコメントが来るなんてマジで考えても居なかった。
「あ、秋城さん。そろそろ時間だよ~」
「おわ、1時間経ってるな……まあ、キリもいいし切り上げるか」
うぃんたそは画面の右端に、秋城は左端に移動して、秋城のアバターは相変わらず動けないが、うぃんたそのアバターはしっかりと両手を振る。
「えーとじゃあ、おつしろ、かな?」
「おつしろだな、せーの、で行くぞ」
「了解っ!」
「せーのっ」
「「おつしろ~~~~」」
『おつしろ~』
『あるにゃ:おつしろ~』
『おつしろ~~~』
『おつしろ』
放送終了ボタンを押す。残念ながら俺の放送にはまだエンディングもオープニングも存在しておらず、相変わらずのぶつ切り放送だ。
「ま、まままま……」
「なによ、高山さん」
「まさか、俺の放送にあるにゃママが来るとは思わなかった……」
いまだにどっどっと早鐘をうつ鼓動を収めようと洋服の上から心臓の位置を掴む。
「まあ……ママは割といろんな放送を見てるから……。それに自惚れるようだけれど、今回は私も出ていたし、それでじゃないかしら?」
「それでも、え?お見積りだけでも、って」
「言っておくけれど、あるにゃママはそんなにお世辞を言うタイプではないわよ。かなり、秋城さんに興味を持っているんじゃないかしら?」
「わ———‼わ————‼」
降夜さんから持たされるあるにゃママの情報に俺はついつい浮足立ってしまう。俺の、秋城の新モデルがうぃんたそのママ⁉ママ⁉
「いやでも、マジで金がな……金が……」
「スパチャでそれなりに稼いでるでしょう?3割Utubeが持っていくとしても、今日もそれなりにスパチャ来ていたじゃない」
「それでも、50万近く……あるにゃママレベルだとそれ以上かかるだろう?流石に夢の夢だあ……」
椅子の上で全身を伸ばしながらふにゃり、と脱力する。流石にスパチャ収益があるとしてもその規模の金額は夢のまた夢だ。いや、うぃんたそレベルなら余裕なのかもしれないが。
「……まあ、それもそうね。でも、それはそれとしてあるにゃママの描く秋城、見てみたくないかしら?」
「え、そりゃもう。マジで見たい、むしろ描いてくれようとした段階でお布施したい」
「じゃあ、あるにゃママのゆったー見てみなさい」
「え?」
降夜さんの言葉に椅子から軽くずり落ちる。今、なんて?は?———俺はパソコンにかじりつくように前のめりになり、ゆったーを開きとてつもない勢いであるにゃママのアカウントのプロフィールページに飛ぶ———そこには。
「うわああああああああああああああッ‼」
文字通りの大絶叫。ゆったーの文章欄には「落書きだけど秋城さん初描き~」という文章と一緒に秋城とうぃんたそが描かれた一枚絵。
「ちょちょちょちょちょ、降夜さん⁉」
動揺で裏返る声。
「本当に、あるにゃママ……筆が早いわね……しかも、秋城さんのアバターの隠れたポイント指ぬきグローブまでちゃんと描くなんて……あとで欲しいモノリストを漁らなくちゃ……」
「マジで……?マジで……?あるにゃママが俺を描いているとか……?現実……?とりあえず、デスクトップにしよ……」
「驚くのは早いわよ、明日の朝にはきっとカラーイラストが上がるわ」
「完成品とか最早、まずそれにお金をお支払いしたいんですが……」
段々混乱が極まって来て、涙が勝手に伝う。え、マジでぇ……?
「俺の生涯一片の悔いなし……」
「嘘乙ね、どうせならあるにゃママに新しいガワ作ってもらってからにしなさい」
「マジで成仏しちゃうんですが、あのその」
椅子に全身を預けて放心しながらの会話、最早言葉は脳みそというフィルタリングを通してなく、湧き出たものをそのまま口から発する状態になっている。
「ふふ、まあ、それもこれも全部お金問題を解決しなきゃ、かしらね。……さて、私はそろそろ落ちるわ。また、後日料理コラボの打ち合わせをさせて頂戴」
「ん、ああ。了解、んじゃあ、連絡待ってるわ」
「ええ。お疲れ様、高山さん」
「お疲れ~降夜さん」
ぶつっ、そんな音を最後にヘッドフォンが無音になる。今日も今日とて、秋城としての活動終了である。それにしても———。
「秋城、むっちゃいろんな人が見てくれてるな……」
流石に、うぃんたそのママ……あるにゃママはうぃんたそを見に来ていたんだろうけれど、それでも俺に興味を持ってくれて———。
「こういうのってワクワクしてくるよなあ」
俺はヘッドフォンをスタンドに預けて、そわつく全身に力を入れて脱力をして、今にも走り出してしまいそうな自分を押さえる。
「とりあえず、期待してくれている人たちの声には応えていくか!」
自分を鼓舞して、パソコンをシャットダウンする。数秒、表示されるデスクトップに顔を緩めながら、モニターが完全に落ち、パソコンが完全にシャットダウンされたのを確認して、立ち上がる。
「とりあえず風呂、風呂っと。今日も一日お疲れ様~」
立ち上がって、背筋をぐいぐいと伸ばす。そうして俺は一日の疲れを癒すために、風呂に向かうのであった。