「んで、話を戻す。ファンアートタグね……んー、奇をてらいたい気もするけれど検索のしやすさ大事だよなあ。あ、これは安価しないからな」
そう釘を刺して、缶を指でとんとんとしながら考える。すると、コメント欄が勝手にコメント欄と会話をしだすのだ。ちょっと面白い。
『ファンアタグとCP絵はタグ分けた方がええ?』
『秋うぃんタグで投稿でよくない?今まで通り』
『秋城————‼うぃんたそと絡んでくれ———‼』
『秋うぃん2回目のコラボマダー?』
『秋うぃんのコラボと聞いて(ガタガタッ』
お話はやはりというかうぃんたそ絡みの方向に向かっていって。流石今を時めくVTuberだ、流石うぃんたそ。
「いやあ、お前ら……今の俺とコラボする旨味が……炎上も落ち着いたしな」
うぃんたそのおかげで。マジ感謝。
『うぃんたそなら旨味なんて気にしないはず!』
『もういっぺん燃やせばてえてえが見られるんか?お?』
『鈴堂うぃん:お誘い、楽しみに待ってるね‼』
俺が椅子の上から音を立てて崩れ落ちる。
「ってえぇ……‼」
それはもちろん、うぃんたそからのコメントに動揺したからで。え、え、マジ?コラボ誘っていいの?そんな俺の動揺をよそにコメント欄が俺が崩れ落ちた音に反応し始める。
『ニキ生きとるか⁉』
『秋城の崩れ落ちる音マジで心臓に悪い』
『救急車か⁉救急車か⁉』
「いや、大丈夫。生きてる、生きてる。動揺しすぎて椅子から落ちただけなんだが……え、うぃんたそ、ええ?」
俺が困惑の声を上げているのをよそにコメント欄は安堵の空気に包まれる。
「俺から誘っていいってことぉ……?」
俺が口を両手で押さえつつ、そわそわとしているとコメントの流れがだんだん変わってくる。
『男なら今!いけるよなあ!』
『うぃんたそ見てるし誘っちゃえ!誘っちゃえ!』
『今なら視聴者が全員証人だ‼』
『いける!いけるぞ‼‼』
「おぉおお……‼」
囃し立ててくるコメントたち。だけど、ここで行かないのは男じゃないよな⁉男たるものここでいかないとだよなあ⁉そんな若干浮足立った気持ちで、スゥ———ッと息を吸い込む。
「う、うぃ、うぃんたそ」
震える声。我ながら無様だ。だけど仕方ないだろう、自分から女性に声をかけるなんてそんなになかったし。コラボ初回もうぃんたそからのお声がけだった。
「俺とコラボしてくらひゃいっ‼」
……噛んだ。大事なところで噛んだ!お前はいつもそうだ、大事なところでやらかして、何一つやり遂げられない。誰もお前を愛さない。……そんなネタが頭の中を駆け巡る。だけど、言ってしまった、言ってしまったものは仕方ない。コメント欄もうぃんたその返答を待つように静まり返る。そうして、流れてくる———。
『鈴堂うぃん:裏でもっとかっこよく誘ってね♡』
瞬間、うぃんたそのコメントを追う様に大量に流れてくるコメント。
『これは実質OK』
『裏でもやり取りしていることを匂わせる巧妙な秋うぃん』
『孔明の秋うぃん』
『上手いッ……秋うぃん営業が上手いッ……‼』
『あ~~~てえてえんじゃあ~~~』
ズラァアア、とコメントが大量に並ぶ。それを目で追っていると、ピコン、と入るチャット通知。そこには文言はなしにピースサインの絵文字。ああ、計算なのね。じゃあ、これに乗らない手はない。
「ああ……お、OK。もう一回頑張るわ……わ、てか、時間。あああ、ファンアートタグも結局決まらなかった……無念……」
この雑談枠は1時間の予定だった。なのにそんな1時間を軽々と超えていて。俺は軽い悲鳴を零す。
『まあそんなことだろうと』
『次の放送までに決めてくれよな‼』
『秋城ニキに合うかっこいいの待ってるやで』
『てえてえが見れたので無問題です』
『秋うぃんmgmg』
軽い悲鳴を上げつつ、そういえば、うぃんたそは終わりの挨拶「おつうぃん~」だったことを思い出す。Vの始まりと終わりの挨拶は大抵、そのVの名前から来ていることが多い。つまり、だ。
「あ、閃いた」
『なんだよw』
『いつもどおりお疲れ様~だろ』
『この間際に何閃いてるんだww』
『終われwww』
『通報しますたwwww』
「いや、終わりと始まりの挨拶が閃いたんだよ。いいか、よく聞け、これが俺の挨拶だ‼」
そう俺がビシッと宣言する。コメント欄が俺の言葉を待つように静まり返る。
「おつしろ、だ!おつしろ~」
『普通』
『50点』
『√3点』
『もっと凝ったら?』
『おつしろ~』
放送終了ボタンを押して数秒。はあ、と止めていた息を吐きだす。なんとなく、この瞬間だけは決してミスをしてはいけない気がして息が詰まるのだ。
「いやあ……駄目か、おつしろ?」
肘をついて手に顎を乗せてぼやく。うーん、我ながらいい挨拶だと思ったんだけどなあ。そんなことをぼんやりと考えこんでいると、当然のようにチャットの通知音が鳴り響く。相手は当然、うぃんたそだ。
『今通話いいかしら?』
そんな簡素な問いかけ。それに、俺も簡素に返せば即通話がかかってくる。応答ボタンを押せば、漏れ聞こえてくる降夜さんの笑い声。
「ふふっ……う、ふふっ……」
「無茶苦茶笑ってますネ、降夜さん……」
「かみっかみだったんだもの……高山さんプレッシャーに弱いタイプかしら?」
「……うーん、そうでもないと思いたいんだけどなあ」
そんなお互いオフの会話。降夜さんもなにかを飲みながらなのか、ごくり、と何かを飲み込む音をマイクが拾う。
「んで、どうした?まさか、秋うぃんについて触れたのが不味かった……とかか?企業Vだもんな。イメージもあるし」
「いえ、大丈夫よ。うぃんのCPは多いもの……いちいち目くじら立ててられないわ」
「え、じゃあ」
そこまで言って、今回の放送中のうぃんたそに関わる不備が思いつかなくなる。なんで降夜さんが通話をかけてきたのかが分からずに、喉から不思議な音を出しつつ首を傾げれば降夜さんがまた笑い声をあげるのだった。
「さっき言ったじゃない」
降夜さんが言葉を区切る。一回咳払いをして再度口を開く降夜さん———いや、うぃんたそ。
「裏でもっとかっこよく誘ってね。秋城さん」
「ひゅっ……」
マジだったんですか、これマジだったんですか。てっきり秋うぃんてえてえさせるための計算だと思ってたんですか、マジですか。
「……まあ、かっこよくは無理でも、2回目ぐらい貴方から声をかけてきたらどうかしら?」
降夜さんの声に戻って、くすくすと楽し気に笑う降夜さん。その楽し気な姿に降夜さんのこの間見た笑顔を思い浮かべて、少し胸の内がこそばゆくなる。
「ああ、そうそう。……高山さん、俺とコラボする旨味が云々言っていたわよね?」
「あ、ああ。いやだってねえ、ただの個人Vですよ?」
そう、ただの無所属・個人のV。はたまた、うぃんたそは大手企業の歌姫Vだ。流石に、炎上も大体収まってきた今、俺とコラボをしてもうぃんたそには登録者数も同接数も持ってこれはしない。
「あるわよ。大いにあるわ」
「ええ?」
疑わしい、訳ではないが、そんなものあるのか、と自分の胸に手を当てて考える。うん、ない。
「私が貴方のファンだってこと、忘れたのかしら?誰だって推しと時間を共有出来たら嬉しいものよ?」
想像する。今目の前に降夜さんが居たら、きっと今日1のいい笑顔でこの言葉を言うのだろう。いや、きっとそうに違いない。あの形のいい唇に弧を描いて言うのだ。
「……それでいいんか。大手VTuber。……まあでも、降夜さんがいいって言うなら」
俺はごほん、と咳払いをする。なんか妙に照れくさくて、そわそわしてしまう。きっとあれだ、女の子を自分から誘うなんて行動今までしたことなかったから、未知の行動に戸惑っているだけだ。
「お、俺と……2回目のコラボしてください……‼」
「ええ、もちろん」
音だけだけど、なんとなく、花が咲く様な笑みを降夜さんは浮かべているのだろう。そんな不思議な確信を持ちながら、俺たちは2回目のコラボの内容について打ち合わせを始めるのだった。