そうして、画面上でエンディング動画が流れる。エンディング動画はウィングのMVの上に、VTuber特有の呪文である「チャンネル登録、高評価、アーカイブコメント、どしどしお待ちしております!」の文章が書かれたものだった。そうして、数十秒———。
「放送終了よ、お疲れ様。秋城さん、アキ健さん」
うぃんたそ———降夜さんの放送終了を告げる声に俺たち全員は息を吐きだした。終わった、終わった……が、自分から何か言葉を発するのがなんとなく恥ずかしくて、でも、喋らなきゃいけない気がして俺はゆっくりと口を開いた。
「アキ」
「秋」
声がぶつかる。どうやら、俺とアキ健は同じことを考えていたようで、こんなやり取りも懐かしい。頭二文字が同じなせいでこんなハモりを俺たちは何回もした。そして言うのだ。
「「先どーぞ」」
いつも通りのハモり。その懐かしさに胸を擽られて、嬉しくて、俺たちはどちらともなく笑い始めるのだった。
「おま、秋城。転生とかマジで聞いてねーぞ」
「俺だって知らねーよ。気づいたら転生してたんだよ、マジで。俺がビビったわ」
そんな切り口から始まる。この20年のお互いの空白を埋めるような会話。アキ健はあの後、俺の葬式を区切りにバトマスを辞めたらしい。バトマスをやっていると、俺が居たことを思い出してしまうから。それでも、何年も「あの時俺は何かできたのでは」と後悔を抱えてくれていたとのこと。そこに降夜さんから「秋城の件について」との連絡が来たそうだ。
「最初はさ、ンな不届きモノ怒鳴りつけて秋城を返せっ……っていうつもりだったんだけどな。まさか、マジでお前だとは思いもしなかったわ」
「え?俺怒鳴られる予定だったん……?降夜さんマジで背後から刺しに来てるじゃん……」
俺が震えながら声を出せば、こほん、と降夜さんの咳払いが聞こえる。
「別に背後から刺す気はないわよ。ただ、秋城さんのリアルの知り合いに、公平なジャッジをしてもらおうと思っただけで……」
「いや、それとてつもないギャンブル……」
降夜さんの豪胆なところを見た気がする。いや、勝負するところで勝負できなかったらきっと彼女は今こんな大手VTuberになんかなっていなかっただろう。まさに、勝利を運ぶ、鈴の音鳴らすだ。
「ははっ、何言ってんだ。常にプレイイングギャンブル男が」
アキ健の声に不満の声を上げる。
「いやいやいや、俺はね?ちゃんと、確率計算とかしたうえで、デッキの上は多分これだろうな―とかちゃんと考えてだね?」
「そして、いつもずっこける、と。秋城がギャンブルするときはバカ勝ちするかタコ負けするかの2択じゃねーか」
どちらともなくドッ、と笑い出す。懐かしくて、嬉しくて、感情がカフェオレのように混ぜこぜになる。
「じゃあ、私は退出するわ。あとは男同士で語り合ってちょうだい。私が居てはできない話もあるでしょうしね?」
そんな降夜さんのことわりに声を上げたのはアキ健だった。
「なにかしら?」
「改めて、もう一回秋城と会わせてくれて礼を言わせてくれ。……そして、最初は罵声を浴びせてすまなかった」
罵声?そう首を傾げていると、降夜さんがふ、と息を吐きだす音をマイクが拾う。
「構わないわ。当然の反応だもの……。それよりも、今日出演してくれて、ありがとうございました。鈴堂うぃんとして心からお礼を言わせてもらうわ。……じゃあ、お疲れ様」
そう言葉を残して通話から退出する降夜さん。うぃんたそと違って去り際もクールだ。
「……なあ、アキ健」
今度は俺が切り出す。
「またさ、デジタル版でもいいからさ。俺と一緒にバトマスしようぜ?大会に出てくれとは言わないからさ」
そんな子供同士の仲直りのような言葉。別に仲たがいしたわけではない、俺が勝手に消えてしまっただけだ。消えてしまって、アキ健に後悔を抱えさせ続けてしまった。
「当たりめえよ。秋城が復活するなら俺も復活してやるよ、今どこ住んでるんだ?場所によってだが対面もできるぞ」
「マジか。普通に感謝だわー、俺はな」
そうして今度は自分のことを話し始める。どこに住んでいて、今はなにをやっているか、なんで秋城として復活しようと思ったか。そんな他愛もない話。それでも、あの日、あの伝説の放送の続きの様に話せるのはきっと俺たちの関係性が何も変わってないから。
「うげ、もう一回就活とかやりたくねえわ……」
「はは、同意。裸足で逃げ出したいからな、俺も……」
「しかし、次会うときはお前が同年代じゃないのか……」
「傍から見れば親子って言っても差し支えないかもな」
そうして、また笑いが巻き起こる。姿かたちがどんなに変わっても変わらないものはある。そんなことを俺はアキ健との関係から改めて学んだ。そうして、夜は更けていく。9時を回ったあたりでアキ健が欠伸を零した。
「いかんな、年取ると本当疲れるのが早くて……悪いけどもう寝させてもらうわ」
「了解。あ、最後にLEIN交換しようぜ。そっちの方が連絡楽だし」
「あいよ」
そうして、LEINを交換してその日の通話はお開きとなった。俺はヘッドフォンをとり、フラフラと力なく歩いてベッドに倒れこむ。
「つ…………かれた……」
もう駄目かと思った、俺が俺であると視聴者に信じてもらえず終わるのだと思った。だけど———うぃんたそが、アキ健がすべてをひっくり返してくれた。
「……なんで、うぃんたそ此処までしてくれんだろ……」
正直な疑問。いくらファンと言えどここまでしてもらうような理由は正直ないだろう。でも、この一件で俺は確実にうぃんたそに頭は上がらなくなった。……アキ健にもね。
「あー……まあ、二人の無茶振りなら俺は喜んで聞くわ」
こんなに大事な場面を助けてもらったんだ、無茶振りの1つや2つぐらい余裕で受けてやろう。……でも、だ。
「これでうぃんたそとの繋がりも終わりか……」
そう、俺がどれだけ恩を感じても、もううぃんたそが俺と繋がり続ける理由はない。炎上問題は解決、俺たちはそれぞれの道を辿る———なんてことになるんだろうか。
「なんか、それは少し寂しいな」
同年代?身体的同年代?のV……あそこまで打ち解けられたのに、これでお別れは、無性に寂しさを感じられた。でも、俺からなにかアクションを起こすには俺と関わるメリットが提示できなかった。そもそも、アイドル系で売っているVTuberとカードゲーム系VTuberが関わることなんてのがまずない。
「でもな、せめてお礼ぐらいは言いたいよな……」
これもチャットで済ませればいい、というのが現実的な見識であろう。でも、それでは俺の気が済まない。……いや、俺の気が済まないだけなんだけどね。そうして、あれこれ悩んだところで、俺はさっきまで放送で使っていた通話やチャットができるSNSアプリを立ち上げて、うぃんたその個別チャットを開く。断られるまでならそれまでだ。ちゃんと、リアルで会ってお礼が言いたい、俺のそんな気持ちがちゃんと伝わればいいのだ。その上で断られるのなら仕方ないし、OKしてもらえるならちゃんとお礼を言おう。そうして、俺はうぃんたそへのメッセージを書きだす。
『放送お疲れ様』
そんな書き出しで。