———2016/09/25
俺は瞳を閉じて思い出す。その日もショップ大会だった。その頃は丁度、大型の公式大会が終わった後で、もっぱらショップの環境もその大型大会の結果の影響を大きく受けるものだった。俺ももちろん、影響をうけたうちの一人。大型の公式大会で使われて優勝したデッキをそのまま丸パクリして、その日のショップ大会に挑むべくカードショップに居た。うん、だって、なんでそのデッキが勝ったかを知るにはそれを使うのが一番だろ?そんなこんなで前日にスリーブを入れ替え、デッキケースに入れそれを鞄に放り込んだ。そして、いま。
「ない……」
俺は鞄をひっくり返し、隅々まで探す。だけど、ない、ないのだ。ドラゴン
「やばい、やばいぞ……」
大会開始まであと5分。この店にドラゴン終は品切れで、近場のカードショップまでは歩いて15分近くかかる。今日の大会は棄権か……そんな絶望の色に塗れていたところで目の前に置かれるドラゴン終。
「え……?」
「あの、終探してましたよね?俺今日終使わない予定だったんで、大会終了まで貸しますよ」
そんな声に顔を上げれば、———そこに居たのは毎週のように優勝を取り合うアキ健さんの姿があった。
「い、いいんですか……?」
「ちゃんと終わったら返していただけるなら。まあ、持ち逃げしたら恐らくショップ出禁ですけど……」
「返します‼返しますよ……でも、こんな敵に塩を送る様な……」
俺が言い淀む。端的な話、此処で俺が脱落すれば毎週のように優勝を取り合っている俺が居なければ、今日のショップ大会はまずアキ健さんの優勝となっただろう。そんなチャンスを逃してまで俺に終を貸すメリットがあるだろうか?いや、ない。俺だったらきっとスルーしてしまう。そんなことを考えていると、アキ健さんは眼鏡を光らせてニッ、と笑うのだった。
「いや、だって、毎週楽しくバトマスさせてもらってますから」
そうアキ健さんは俺の目の前の椅子に腰かける。
「決勝戦に上がって、毎回秋城さんと当たるの凄い楽しみにしてるんですよ。ヒリヒリとして、喉がカッと熱くなる、そんなバトルを毎回させてもらってるんです。……言ってしまえば、俺の毎週の楽しみです。それが俺が貸せるカード1枚を貸さなかったばかりにできなくなるなんて、俺が嫌ですから」
カラカラと笑うアキ健さん。それが俺とアキ健さんが仲良くなったキッカケであり、真の意味での出会いだった。そこから俺はアキ健さんをアキ健と呼び捨てにするほど仲良くなり———。
「なんだかんだ、ずっとつるむようになったんだよな」
そんな俺の締めの言葉にコメントがどっと溢れる。
『伝説の配信見て思ったけどやはりアキ健は主人公』
『秋城に主人公みがない』
『アキ健さぁん……‼』
『なんでだ、画面が滲んで……』
『アキ健ニキィ……‼‼』
「アキ健さぁん……‼」
鼻を啜る音を全国に垂れ流すうぃんたそ。
「あの仲の良さにはそんな秘話があったんだねえ……っていうか無茶苦茶いい人じゃあん……うぃんたそリアルに感動して泣いてるよ……」
それは分かる。さっきからマイクにティッシュをとる音やら鼻を啜る音が入りまくっているからだ。
「懐かしいな」
本当に懐かしい気分になる。今もきっと生きていたら多分年齢は50近いかもしくは50を過ぎているか……もうとっくにバトマスには触れなくなっているだろう。
「でも、なんでアキ健との出会いの話なんて」
俺のふ、とした疑問にうぃんたそはギャグ調の明るめのSEを流して言うのだ。
「あたしが!聞きたかったから!」
「……お、これ本当に雑談配信で終わる可能性出てきたぞ?」
『うぃんたそwちゃんと仕事してww』
『いつにもまして自由なうぃんまど』
『まあ、お酒入ってるし……』
『秋城シラフでこれに付き合ってるの?』
『うわきつ』
コメントが若干だが俺に同情してくれている。お、これはいい流れなのでは。
「じゃあ、次の質問!……ずばり、聞くよ?聞いちゃうよ?」
「おう、こいよ。うぃんたそ」
「ふふっ、じゃあ聞いちゃお!……あの伝説の放送ってなんだったのかな?」
……分かっている、うぃんたそは敵じゃない。敵として立ちはだかっているわけではない、それでも、うぃんたそが演出した詰問の声は俺の心臓をはやらせるには十分だった。
『やっと本題』
『秋城涙の懺悔タイム』
『上げた株を地面に叩きつける男』
『謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪謝罪』
コメントも一気に……悪意と好奇に立ち戻る。ふ、と思い出すのはあの喫茶店での事前打ち合わせ。
———2039/07/25
「言ってしまえばいいじゃない」
「へ?」
俺は手に持っていたサンドイッチを取りこぼしそうになる。それをギリギリのところでキャッチし降夜さんに向きなおる。
「降夜さん今なんて……?」
「言ってしまえばいいのよ、俺は転生してきた!ってね」
俺の頭の中がぐーるぐると動き始める。いやいやいや……。
「誰が信じるんだ、転生なんて。世の中降夜さんみたいに……その、善良な人たちばかりじゃないんだぜ?」
言葉を濁す。善意で信じてくれた人を小馬鹿にする言葉はなんとなく口から出したくなかったから。俺の言葉に、降夜さんはふ、と笑ってからタルトを頬張り、美味しそうに咀嚼をしてそれを飲み込む。
「そうね……まず、普通の人間なら信じないでしょうね。高山さんが一人で妄言を吐いていると思われて終わりだもの……」
「だろ?それをネットの奴らは面白可笑しく騒ぎ立てて終わりだぜ?」
俺がそう言えば、また降夜さんは瞳を閉じて人差し指をくるくると回すのであった。まるでそのくるくると回る指は降夜さんの思考のローディング表記だった。ちょっと面白い。
「そうね……となると……彼が適任かしら?」
「え?」
顔を上げると降夜さんの楽しそうな瞳と俺の瞳がかち合う。なんとなくそのまま視線を合わせているが気恥ずかしくて不自然に瞳を逸らす。
「高山さんは……いえ、秋城さんが喋るべきなのは……そうね」
「ん?んん?」
一人で会話をするようにとんとんと勝手に話を進めていく降夜さんの様子に首捻りながら……視線を合わせないように降夜さんを見る。
「そうね、……じゃあ、ちょっと私も頑張っちゃおうかしら。高山さん、————」
降夜さんの口が動く。俺はそれを何に使うかはあまり問い詰めなかった。降夜さんは少なくとも俺に害をなす気はなかったし、そこは信頼してもいいと思っていたから。
「あとは信じて頂戴、私を———いや、あたしを」
そう降夜さんは胸に手を当てて微笑むのだった。
「あの伝説の放送は———」
俺が言葉を区切る。コメントも静まり返り、文字通りの静寂が訪れる。
「あれは放送通り、俺のリアルな死を届けた放送だよ。……そんな放送にする気はなかったけどな」
俺の言葉の終了から数秒一気にコメントが流れ始める。
『は?』
『何言ってるんですか?』
『頭終わってるwwwww』
『俺のリアルな死(キリッ』
『じゃあ、今喋っているのは誰なんですかね?wwwww』
疑問、悪意、質問、悪意、大体そんな感じのミルフィーユ。こいつはぶん殴ってもいいサンドバック、そう視聴者が認識をしだす。
「じゃあ、秋城さん。今、なんで生きてるんですか?」
うぃんたその声にしてはちょっと低めな、降夜さんを思い出させる声による問いかけ。俺はその問いかけに答えるべく勢いよく、カフェイン飲料の缶を手に取り飲み干し、その缶を机に叩きつけた。
「俺はっ」
声が震えそうになる。それでも、切った啖呵は止まらない。俺は口を回し続ける。
「っ俺は、転生した!あの日‼あの瞬間に‼お前ら見とけ!今度は死に様じゃねえ、生きて‼VTuberとして伝説を残すために‼俺は戻ってきた!」
俺の必死の慟哭のような叫び声。
「お前らが望むなら何時間でも秋城の放送の裏話でもなんでもしてやるッ‼それが俺にできる唯一の秋城であることの証明だからなッ‼」
言葉を区切って最後の一押し。
「俺が秋城‼伝説を作るVTuberだッ‼‼」
どんっ、と胸の中央を叩く。気づいたらマイクの前で身振り手振りしていた。肩をいからせ、はーっ、はーっ、と荒い呼吸を繰り返す。藁にもすがるような願い、信じてくれ、信じて、本当に、本物なんだ。そんなワードが頭の中でぐるぐると羅列する。