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第140話 責務を

「はぁ……はぁ……っ」


「おい駿、ドリンクまだか!? 注文溜まってってるぞ!!」


「や、やってるって。ちょっと待ってくれぇ……」


「注文は待ってくれねえんだよ! 甘えてねえで手ぇ動かせ!!」


 オレンジ、アップル、アップル、オレンジにパイナップル。メロンソーダにブルーハワイ、レモンソーダ……。


 コップに氷を入れ、上から牛乳パックに入ったジュースを注いで。それを給仕係のメイドさんに渡し、戻ってきたら今作った分以上の注文が溜まっているのを目の当たりにして。また同じように、ドリンクを注ぐ。


 そんな動作を、一体何度繰り返したのだろうか。俺も、もう一人のドリンク係も。既に満身創痍だった。


「よ、よろしく月美さん。これ、三卓と五卓に……」


「は〜い! 任せて!」


 文化祭が始まってから、一時間。


 俺たちの店は……想像を遥かに超える大盛況ぶりとなっていた。


(こ、これヤバい。マジで過労死するって!!)


 そりゃ、これだけ可愛いメイドさんを取り備えているのだから。忙しくなることはある程度覚悟していたけれども。まさかここまでとは、俺を含めおそらく誰も想像していなかったことだろう。


 ちなみに″ここまで″とはどれくらいかというと。そうだな、文化祭スタートの放送が流れると共に俺たち一年三組の教室へ走ってくる他クラス他学年の生徒たちの足踏みで軽く学校全体が揺れたくらい、とでも言っておこうか。


 誇張だと思うだろう? これがそうじゃないんだ。


 なにせ、最大限までお客さんを収容できるように客席を二十席にしたにも関わらず開店一分後には満席になっていたからな。教室の外にはすぐに列もでき始めるし、本当みんなてんやわんやになって。実際に今も常に席は満席のままで、廊下の列は長蛇になってしまっている。


 そして当然、そうなると列の整理にも人員を割かなければならなくなるわけで。おかげで俺たち裏方は人員が削られた。


 常に満員状態×人員減少で引き起こされる悲劇など、もはや想像に難くないだろう。そう、まさしく今の俺たちの状況がそれなのだ。


(今からでもシフト変更してもらって……は、無理だよな。流石に)


 これは言わば、予想外のイレギュラーだ。ただでさえシフト表がここまでになることを想定せずに作られているうえに、更にそこから各部署で人員が減るとなれば。当然店は回らなくなって当然。今はなんとか全員が死ぬ気で動くことで事なきを得ているが、この均衡もいつまで保たれるかは定かではない。


 ならいっそのこと、シフト表を今から変更して人員補充を……なんてことも思ったのだが。もはやそんなことをしている暇も無いくらい、現場は逼迫している。


 それに、このシフト表は雨宮と長野さんが相談に相談を重ねて全員の意向を最大限汲む形で作り上げたものだ。それを変更するとなると、必ず誰かしらが不平等な目に遭う。それで揉めたりなんてしてしまえば、いよいよ本当に破滅だ。


「くそっ、ヤバいなこれ。いっそのこと一席あたりの上限時間もっと伸ばして長く居座らせるか? いや、でもそんなことしたら回転率が下がって売り上げが……」


 ……まあ、うん。そこら辺は何かしら雨宮が上手いことやってくれるか。


 ひとまず、俺は手を動かし続けないとな。止まっていたら注文が溜まっていく一方だ。


 幸い、ずっと働き詰めになるというわけでもない。クラスの一人一人に分担された業務時間は四時間だからな。シフト表的には俺と三葉は最初の二時間と最後の二時間だけ頑張ればいい。


 即ち、あと一時間だ。あと一時間で、ひとまずの自由は手に入る。そうしたら彼女さんといっぱいデートに……ぐへへ。


(っと、そういえば。アイツはちゃんと接客できてるのか?)


 俺がずっと裏方でドリンクを作りまくっている間。メイドさんたちはみんな、ひたすらにお給仕を続けているんだよな。


 たしか、この時間にシフトが入っていたのは四人。月美さんに三葉、あとは夏目さんと冬木さんか。


 うん、名前を羅列してみたらよく分かる。明らかにうちの彼女さんだけ不安だな。


 月美さんは明るく人当たりの良い性格だし、接客にも向いているだろう。夏目さんと冬木さんは……ほとんど話したことがないけれど、まあなんと言ってもギャルだからな。コミュニケーション能力が抜群なのは勿論のこと、″なんやかんやで″上手くやりそうな感じもある。


 それに引き換え三葉は、なぁ。こう言っちゃ悪いが、とてもじゃないが接客に向いている性格をしているとは言い難い。


 あと、悪い意味でどんな接客をしているのか全く想像がつかないのだ。本家のメイド喫茶みたいな感じでキャピキャピ……はしてないか、流石に。


 うーん、駄目だ。考えれば考えるほど心配になってきた。


(……少しだけ、覗いてみるか)


 ドリンクを作る作業にも段々と慣れてきた。速度も上がっているし、タイミングを計れば或いは。三葉が接客をしている様子を裏から少し覗くくらいはできるかもしれない。


 よくよく考えたら、俺と三葉って完全にシフトが被ってるんだもんな。ならこうでもしないと、メイドさんとして働いているところは見られないわけか。


 そうなると尚更、なんとしてでも覗かなければ。彼女さんの貴重なお仕事姿をこの目に焼き付けることは、もはや彼氏さんとしての義務であり責務だ。


 よし、そうと決まれば。



 俺はーーーー俺の責務を全うする!!!

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