目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第139話 円陣

「おほんっ。はーいお前ら、そろそろその辺で。これから最終ミーティング始めるぞー」


 パンッ、と手を大きく叩いて。雨宮はそう言うと、メイドさんに向いていた注目を自分の元へと引き寄せる。


(なにがその辺で、だ!? 自分は中山さんとイチャイチャしておいて……っ!!)


(許せん。俺たちは夏目さんにも冬木さんにも全く相手にしてもらえないってのに!!)


(あと許さねえのはアイツもだ! クッソ、なんだあれ!?)


 そういえば、結局あれから雨宮は中山さんとどうしていたのだろうか。はは、すぐ隣にいたはずなのに俺の中の記憶は可愛いが云々のところですっかり更新が止まってら。まあ仕方ないよな。その他全ての認識を身体が無意識にオフにしてしまうくらい、可愛過ぎる彼女さんがやって来たのだから。


「どうですかメイドさん。膝の上の座り心地は」


「ん……極楽。なでなで付きなところも高評価」


「ならよかったです」


 そして今、そんな彼女さんはというと。俺の膝の上にちょこんと腰掛け、満足げな表情で彼氏さんのなでなでサービスを堪能していた。


 いや……堪能しているのはむしろ俺の方か。俺はサービスを提供しているのではなく、提供″させてもらっている″のだ。こんなに可愛い忍者メイドさんな三葉を膝の上に座らせ、そのうえで撫で回せるなんて。これ以上のご褒美はない。


 と。本当はこのまま二人きりになって更なるイチャイチャを堪能したいところだったのだが。どうやらそうもいかないらしく。やがて教室内が静かになって、雨宮主導のミーティングが始まっていく。


「ひとまずみんな、ここまで本当にご苦労様だ。月美も長野さんも、その他女子の面々も。あと、一応お前らも。ちゃんとサボらずやってくれてありがとうな」


「い、一応って何だよ!? おま、俺らと月美さんたちでこめる感謝の念に差があり過ぎないか!?」


「はっ、そりゃそうだろ。ちゃんと感謝してもらえるだけありがたいと思え馬鹿ども」


「んなっ……」


 おーおー、言うなあコイツ。


 まあでも、そう言われても仕方ないか。


 このメイド喫茶、基本的に主体となって色々動いてくれたのは女子だからな。メイド服を作るのも、メイドさんになってくれたのも。あとは装飾やら諸々細かいところもどうすればいいか考えながら動いてくれたし、逆に言えば俺たちはきちんとサボらず仕事こそしたものの、それらは全て女子に動かされてのものに過ぎない。


 言うなればこの準備期間における女子と男子の関係性は現場監督と下っ端。それを分かっているからこそ、男子たちもそれ以上の反論はしなかった。


 これを言ったのが雨宮だったのも大きいかもしれないな。なにせコイツは、貢献レベルで言えば月美さんや長野さんと同等だ。それだけしっかりとした働きを見せた雨宮だからこそ、言葉に説得力が生まれている。


「さて、んなことは置いといてだ。もう数十分後には文化祭が始まるわけだが。それにあたっての注意点の最終確認と、あとは出来立てほやほやのシフト表を発表する。今スマホにファイル送ったから各々開きながら聞いてくれ」


 そして、雨宮がそう言うと共に。俺を含めたクラス全員のスマホから、ほぼ同時に通知音が鳴る。


「だって。一緒に見よ、しゅー君」


「あいあい。ちょっと待ってな。えっと? グループLIMEは……」


 便利な時代になったものだ。きっと一昔前ならこういうのは全部紙で配られたのだろうが。そんなことをしなくても、今はグループにファイルを添付するだけで全員に共有•閲覧させることができる。


「ダウンロード完了っと。どれどれ?」


 添付されていた二つのファイルの、そのどちらもをスマホにダウンロードして。


 まずは一つ目。「営業における概要と注意点」と書かれた、何やら堅苦しい気配のするファイルを開く。


 おそらくこれは各クラスが教員に対して提出する物か何かなのだろう。製作者の欄には学級委員である長野さんと雨宮それぞれの名前が記載されており、スクロールしていくとしっかりとした文面で作られていることがよく分かる。


「ここに書かれてるのはファイル名のとおり、メイド喫茶を営業するうえでの主な概要と注意点だ。まあ概要に関しては先公どもを納得させるためだけのあれだから別に見なくていい。お前らにちゃんと確認しといてほしいのはその先の、注意点の方だ」


 せ、先公どもて。一応この場には俺たちだけじゃなくて桜木先生もいるんだけどな。まあ別にあの人は細かいことは気にしないタイプだろうし、現に今もケロッとした様子でだらけているから大丈夫だろうけれども。


 雨宮の言葉に、俺は更にページのスクロールを続けて。概要から注意点に主題が切り替わったところで、その手を止める。


「まずはーーーー」


 そこから、数分。雨宮の説明は続いた。


 調理についてのことや、当日買い出しについてのこと。あとは主に接客面。メイド喫茶という営業方法の特色上、やはりどうしても″トラブル″は想定しておかなければならない。どうやらそのことについては教員側からも指摘があったらしく、かなり細かくルールを決めたうえでの営業がなされることになったそうだ。


 少し気にしすぎな気もしたが……こればかりは用心に越したことはないからな。ただでさえ可愛い彼女さんをメイドさんなんて期間限定衣装でお出しするんだ。″変なこと″を考えるお客さんが来てもおかしくない。一応真面目に説明は聞いていたけれど、もしもの時は俺も身を張れるように。しっかりと、これにももう一度よく目を通しておかなければ。


「ふふっ、おさわり禁止だってしゅー君。たしかにお客様に対してはそうかもしれないけど……彼氏さんにだけは別。シたくなったら、我慢しないでいっぱいお触りしてね♡」


「っ……な、なんか語弊が生まれそうな言い方するの、やめてもらえませんかね」


 だというのに。なんだその可愛いが過ぎるちょっかいは。


 駄目だ。全く集中できない。これはもう、後で一人になった時に見直すしかないかもな……。


「よし。それじゃあこれでミーティングは終わりだ。あとは長野さんに引き継ぐ」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 なんて。彼女さんの可愛さに振り回されながら辟易していると。やがて雨宮からの説明はシフト表の諸々も含めて全て終了し、司会の座が長野さんに引き継がれる。


(ミーティングは終わりって言ってたよな。なのに、まだなにか話すことがあるのか……?)


 どうやら、俺と同じ疑問を持った者は多いらしく。全員が首を傾げながら、長野さんに向き合った。


 そしてそんな目線を一斉に向けられ、小さく身体を震わせながらも。そんな疑問に答えるかのように、彼女は言う。


「あ、あのっ! これから開店作業で皆さん忙しくなると思います。だから、その……今のうちに、しておきたいなぁって……」


「? しておきたいって、何を?」


 ああ、なるほど。そういうことか。


 うちの彼女さんは首を傾げているが。俺には何が言いたいのか、すぐに察しがついた。


 いや、俺だけじゃない。この場にいるほぼ全員が、だ。分かっていなさそうなのは三葉と……あとは桜木先生くらいだろうか。


「三葉、悪いけど彼氏さんの膝椅子サービスは一旦中断だ」


「え、えっ? なんでみんな一斉に立ち上がってるの?」


 なんで、って。そんなの決まってるだろ。


 座ったままじゃあ……お約束の″あれ″はできないからな。


「号令はよろしくな、長野さん?」


「ふえっ!? わ、私がやるんですか!?」


「そりゃそうだろー。なんせ、学級委員長なんだからな」


「う、うぅっ。てっきり先生か雨宮君がやってくれるものとばかり……」


 雨宮と長野さんの会話に、みんな思わず頬を緩ませながら。立ち上がり、円を形成していく。


「ふふっ、三葉ちゃんの右側は私がーーーー」


「隣、いい? 左側は市川君の指定席だけど、こっち側は空いてるもんね。私が立候補しよーっと」


「り、立候補? あっ、これってもしかして……。ま、まあそういうことなら。別にいい、けど」


「んなぁっ!?」


 さて。どうやら彼女さんもようやく、これから何をするのか分かったらしいな。


「はは、奪られてやんの」


「ごめんねー。ここはもう私が席とっちゃったから、澪ちゃんは私と雨宮君の間ねー」


「むうぅ……っ!!」


「ったく、しゃあねえなあ。ほれ、入れてやるからこっちゃ来い」


 それにしても意外だったな。まさか三葉と肩を組む係の最後の一席を真っ先に埋めるのが、月美さんだなんて。


 三葉も嫌がっていないし……さてはメイド服関連で俺の知らない間に結構親睦を深めていたのだろうか。まああぶれてしまった中山さんは可哀想だが、こればかりは早い者順だからな。仕方ない。


(にしても。ベタだけど……やっぱりいいな、こういうの)


 心の中でそう、呟きながら。右腕を三葉の首元に、左腕をなんだか俺の隣が不服だと言わんばかりの表情をした男子の首元に。それぞれ、回して。綺麗な円陣の一員になると、委員長の号令を待つ。


「え、えっと。それじゃあ、僭越ながら。号令、させていただきます!」


 か、硬いなあ。長野さん、ガチガチになってら。


 僭越ながら、だってよ。まるで結婚式の挨拶でもするみたいだな。


 まあでも……それだけ、ちゃんと責任感を持っているということなのだろう。やっぱり長野さんは、立派な委員長だ。


「目標は売り上げ全学年一位です! ぜ、絶対に成功させまひぶっーーーーひょ、しょうっ!!」


「「「「「おぉ〜っ!!!」」」」」


 だからこそ。たとえどれだけ噛み噛みな号令でも、誰一人笑うことなく。その気持ちに応えようと、士気が上がる。


 そしてこの号令と共に、いよいよ。



 ーーーー待ちに待った文化祭、スタートである。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?