「ふふっ、やっちゃえ三葉ちゃん。市川君のこと、その最強のメイド服でメロメロにしちゃえ!!」
遠くで、月美さんが三葉に向けてそんな応援の声を上げていることなど知らずに。目の前に現れた彼女さんと、視線を交錯させる。
「おま、それ……」
「えへへ、私もいっぱい意見出して作るのも手伝った最高傑作。彼氏さんを悩殺するためだけの……メイド服♡」
これまで。計七人のメイドさんには、それぞれバラバラの型でのメイド服が制作されていた。
しかしそれらは、あくまでどれも″既存の型″。元々形成されていたメイド服文化の中にあったものから最適なものをピックアップし、コーディネートしたものにすぎない。
一体俺の彼女さんはどの型で来るのだろう、なんて。考えが甘かった。
佐渡三葉という女の子は最強なのだ。最強で最かわなのだ。それだというのに、既存のものに当てはまって収まるだなんて。そんなごく普通の着こなしで終わるはずがなかったのだ。
「どう? ……可愛い?」
「っ!!」
ああ、ヤバい。まじでヤバい。
最高傑作、と呼称されたそのメイド服はまさに、三葉の魅力を百パーセント……いや、百二十パーセント引き出している。そのせいで、一瞬にして。俺の視界からは三葉以外の全てが消え、彼女さん一色に。読んで字の如く、脳内を染め上げられていた。
(可愛い……すぎる……ッッ!!)
まずは上半身。最初に目が行ったのは胸元と肩のふりふりだ。
三葉は普段、あまりこういったふりふりのある服を着ない。着るのは大抵無地のTシャツか、だぼっとしたパーカーだ。
その理由は本人から直接聞いたことはないが。まあおそらく動きやすいからだろう。デートをするとなって気合を入れてくる時も、基本的にはその二つを軸とし、前を開けられるタイプのパーカーにしたり少し可愛い柄のシャツにしたり、と。あくまでもシンプルな服装で素材を活かしてくるタイプのコーディネートが主だった。
だからこそ……このふりふりで可愛さ全開の装飾が普段とのギャップを誘い、俺の心に突き刺さる。
しかもそのうえで、だ。ふりふりで上半身を覆いまくるのかと思えば、そうではなくて。なんと胸元や肩周りには装飾が集中しているものの、その先の肩から腕にかけての裾はまさかの″半袖″スタイルで。代わりに腕を真っ黒で質素なインナーが覆い、手首にのみ可愛いシュシュを巻いていた。
一見、何も知らない奴らには不思議な着こなしに見えるだろう。だがこれは、三葉の大好きなものを知っている者ーーーー即ち俺にのみ映る″三葉らしさ″だ。
(まさかこれは、そういう″設定″のもとに用意されたものなのか!?)
さて、勘のいい読者さんならもうお気づきだろう。
そう。三葉の腕にぴったりと吸い付いているこのインナーが連想させるもの。それでいて、彼女さんの大好きなもの。その正体とは、「忍者」だ。
このメイド服は、ただメイドさんにするためだけの服じゃない。三葉をーーーー忍者メイドさんにするために仕立てられたものだ。しかも、彼氏さんである俺にだけ伝わるという巧妙な設計でな。
そしてそのうえで。下半身の作り込みもまた、とんでもない。
スカートは膝下あたりまでの長さ。まるでその下に″何か″を隠していそうだと連想させる少し長い丈に、こちらも真っ黒のタイツを履くことで素足を覆う徹底ぶりだ。
たしかにこれは……三葉の言う通り、″最高傑作″と呼ぶに相応しい。可愛いとかっこいいを同時に存在させ、そのうえで俺にだけ伝わる形での三葉らしさを百二十パーセント引き出すだなんて。一体これを生み出すまでにどれほどの労力が注がれてきたのか。
三葉は、「私もいっぱい意見出して作るのも手伝った」と言っていた。つまりこれは、月美さんと三葉の共同制作で完成した一品というわけだ。
あの三葉が、誰かと協力して……しかもその目的が、彼氏さんである俺のことを悩殺するためだなんて。
ただでさえ可愛過ぎるその姿に釘付けにされているというのに。そんな感動の裏背景まで用意されたらもう、たまらない。一体この彼女さんはどれだけ俺のことを魅了すれば気が済むんだ。
「そんなの、決まってるだろ」
「決まってても、ちゃんと声に出して。その一言をもらうために頑張ったんだから」
「ったく、仕方ないな」
三葉にメイド服を着て欲しいと頼む時。俺は、絶対に世界一可愛いメイドさんになれると保証するから、と。そう言った。
あれは本心だ。要求を飲んでもらうための口から出まかせではなく、俺のありのままの気持ち。
けど、彼女さんはそんな壮大な言葉を告げた俺の想像を遥かに超えてきた。なら、もはや世界一ですら足りないのかもしれない。
今の三葉の可愛さは、世界一のその先にある。そう言って差し支えないほどの姿を見せてくれた。なら、ここで言う言葉はこれ以外にあり得ないな。
そう、心の中で意志が固まると。恥ずかしいなんて気持ちより、それを伝えなければならないという義務感と、何より心の底からの感謝の方が圧倒的に上回っていて。
それは息を吐くのと同じ、自然な動作かのように。俺の口から言葉として……発せられていた。
「今の三葉は……宇宙一、可愛いよ」