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第137話 一緒に作りたい

 時を遡ること、二週間前。


「夏目さんと冬木さんには絶対クラシカルだよね。先生は……うん。男子ホイホイになってもらうためにバニーにしよ。スタイル最強だから網タイツも似合うだろうし」


 私、こと月美玲那は被服室に篭り、全員のメイド服の″型″の考案を進めていた。


 準備期間は二週間。とりあえず採寸は終わったし、あまり時間も無いから早速制作に取り掛からなければいけないのだけれど。


 しかし、せっかく私の手で八人ものメイドさんを生み出せるのだ。それならただ同じようなものを八着作って着せるのでは面白くない。 


 だから私は、八人それぞれの個性を活かすための″バラバラな八着″を作ることに決めた。そしてそのことには既に全員から了承を貰っている。どんなのがいいかって希望がある人からはその意見も既に取得済みだ。


 ちなみに希望をくれたのは二人。澪ちゃんと長野さんだ。


 澪ちゃんは「可愛くておっぱいが小さくても着られるやつ」、長野さんからは「露出の少ないやつ」、と。なので着せるのはそれぞれギャルソンヌとヴィクトリアンの系統で即決した。


 問題なのは、私に全て委ねると言ってくれた残りの五人。


 まあ私のは調べていくうちにピンと来るものが出てくるだろうから後回しにするとして。この五人のメイド服に関しては、簡単に決めるわけにはいかない。


 だってそうだろう。もし仮に当人に合わないものをコーディネートしてしまった場合、製作者の私に失敗の責任がのしかかるだけでなく。せっかく志願してくれたみんなに″恥″をかかせることになってしまうのだ。


 だから必死に試行錯誤し、メイド服に関する本も幾つも読み漁って。それでようやく、三人のメイド服をそれぞれクラシカルとバニーに決定するに至った。


「あと、私を含めて三人……」


 さて、残りはどうするか。


 メイド服の知識は随分とついてきた。きっと現在存在する型のおおよそには目を通すことができただろう。


 そのうえで。私はやはり一番ピンときたのはミニスカだろうか。普段はニット調のだぼっとしたものばかり好んで着ているし、たまにはこういうのもいいかもしれない。


 それと、小町ちゃんに着せる分も。彼女の幼い外見や八人のうちに一人くらいは変わり種を用意したいというところも鑑みて、和服メイドなんて案が浮かんでいる。本人は周りと違うのを恥ずかしがるかもしれないけれど、むしろその羞恥心はスパイスだ。そんな表情の小町ちゃんは正直……女の私でもグッとくるものがある。男なら尚更なはずだ。


 よし、決めた。絶対和服メイドにする。私に任せるって言ったのは小町ちゃんの方だもんね。へへ……。


「っと、ここまではこれでいいとして。あと一人。ううん、どうしたもんかな……」


 そう。ここまではいい。ここまではいいのだけれど。最後に、もっとも大きな悩みの種がいる。


 それはズバリーーーー佐渡さんだ。


「私、あの子の私服見たことないし。好みも分かんないんだよねぇ。そのうえで似合わなさそうな服が無い、なんて」


 なんでも似合いそうというのも困りものだ。まあ何も似合わないよりはいいのだけれど、とにかく選択肢が絞りづらい。


 例えば仮に、これまでの私を含めた七人で使った分の型を除外するとして。それでも選択肢はまだまだ膨大だ。


「いっそのこと、佐渡さんだけは本人に色々見せて意見を聞きながらーーーー」


「ん、それがいいと思う」


「のわぁぁぁっ!?!?」


 ガタンッ、と。思わず座っていた椅子を倒してしまったことで、被服室内に大きな音が響くとともに。加えて私の悲鳴も、それ以上の音量で響き渡る。


「そんなに驚かなくても。声かけただけなのに」


「いや、かけ方かけ方! えっ、いつからいたの!? さっきまで誰もいなかったよね!?」


「? いつからって……先生にバニーを着せるって呟いてたあたりからだけど」


「数分前にはいたんじゃん! ステルス性能エグくない!?」


「……それほどでも」


「褒めてないよ!!」


 もうそれなりに遅い時間だし、家庭科部のみんなは私より先に帰っちゃったから。ここには私一人しかいなくて、そのうえで扉も前後ろどちらも閉めていたはずなのに。


 え? つまり佐渡さんは音も立てずに扉を開けてここに入ってきて、そこから私に声をかけるまでの数分間後ろでずっと気配を殺しながら呟きを聞いてたってこと?


 これ、多分だけど私が集中のしすぎで周り見えてなかったって話じゃないよね。いや、前々から不思議ちゃんだなあとか身体能力おかしいなあくらいには思ってたけど。本当、一体何者なのこの子……。


「はあ、もういいよ。それで? なんでこんな時間に帰宅部の佐渡さんがここに?」


「決まってる。″それ″について、話があったから」


「話?」


 私のなんでにはここに来た理由以外にも色々聞きたいことを含んでいたのだけれど。まあ、別にいいか。


 それよりも、″それ″ーーーー即ち、たった今佐渡さんが指差している、私がここまででデザインした諸々のメイド服を文字と絵に表したこのノートについて話があるというのだから。そちらについてのことを聞くのが先だろう。


「任せるって言ってたけど、やっぱり無しにしたい」


「……理由、聞いてもいいかな?」


 まさかとは思うけど。私の方が上手く作れるから、みたいな話だったりする?


 だとしたらムカつく話だ。いやまあ佐渡さんの手芸スキルがどのレベルかなんて知らないし、実際に今私は彼女に合うコーディネートが分からなくて苦戦していたけれど。


 ただ、私にだってプライドがある。だから理由次第では……


「しゅー君に……」


 しかしそんな私の考えは、行き過ぎた妄想だったのだと。すぐに理解させられることとなる。


 佐渡さんの心にはそんな、私を貶めるような考えは一切無くて。


 そこにあったのはーーーー


「しゅー君に、誰よりも可愛いって。そう思ってもらえるメイドさんになりたい。だから全部人任せじゃなくて……一緒に、作りたい」


 そこにあったのは、たった一つの感情。


(なんだ……ただの可愛い女の子じゃん)



 市川君への、あまりに強過ぎる″好き″の気持ち。それだけだった。

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