「や、やっぱり私、場違いじゃないですか? こんな可愛い人まみれのところに混ぜてもらって、本当にいいんでしょうか……」
六人目はーーーー長野雫さん。おさげ髪をそのままに、八人いるメイドさんの中で唯一の眼鏡枠である彼女が身に纏うのは、「ヴィクトリアン」と呼ばれる英国式のメイド服。
特徴的なのは腰元からぶわっと全方面に広がるロングスカートと、頭につけられた白色の可愛らしいふりふりカチューシャだ。本人は周りに美人が立ち並ぶせいで不安がっているようだが、正直とてもよく似合っている。
「おっ、やっぱ長野さん似合うじゃん。お願いして正解だったわ」
「あ、雨宮君……。本当? 私、変じゃないですか?」
「変だなんてそんな。めちゃくちゃ可愛いよ」
「〜〜っ!!」
うーん、この。女慣れしてる奴はどいつもこいつもこんな感じなのだろうか……。
まあそうやって長野さんの不安を解きほぐすのは悪いことじゃないし、むしろ良いことでしかないんだが。とはいえ雨宮がそれをさらっと実行に移してるところになんというかこう……むず痒さに近い苛立ちを感じる。同じ男として負けた気分だ。
しかし唯一救いなのは、コイツの心の中に″絶対的な存在″である若月先生が常にいることか。それを知っているからこそ他の人とこういうイベントが起こったとしても「そんなわけがない」と一蹴することができて、なんとか周りの人間は平常心を保っていられる。
「ふ〜ん。雫ちゃんにはそんな反応するんだ。私より先に……ふぅ〜〜〜んっ」
「な、なんだようるせえな。文句でもあんのか?」
「べ〜つに? なんでもないですよ〜だ」
あ、いや駄目だ。今たしかに背後から、男子たちの身体中色んな血管の切れる音が聞こえた。
平常心なんてどころの話じゃない。もう見なくても分かる。きっと彼らの顔面には今……鬼が宿っていると。
「……この、女たらし」
そうして、男子連中に嫉妬という名の感情を生ませた張本人。七人目ーーーー中山澪さんの着ているメイド服は、「ギャルソンヌ」と呼ばれるスタイルを取り入れたもの。
言葉の直訳は「男子のような娘」。即ちショートカットで絶ぺーーーーん゛んっ。スレンダーな中山さんには持ってこいな型というわけだ。胸元を強調しすぎない直線的なスタイルも、膝下までのスカートも。あえて半袖にすることで見せつける健康的な褐色でスラリと長い手足も。その全てがメイド服という外的装備に上手く落とし込まれている。
思えば、これまでの五人と違い長野さんと中山さんに関してはギャップを感じさせるのではなく、二人の長所を生かすような形でのコーディネートがされているな。なるほど、ただ一つの設定をするだけでなく、着付ける素材によって設定を使い分けているのか。もう月美さんはその道のプロになった方がいいな、うん。
「? なに拗ねてんだよ。せっかく良い服着せてもらってんのに」
「うっさい、女の敵! チャラ男!」
(((((男の敵! チャラ男!)))))
と、現実逃避ばりに心の中で解説を頑張っていたが。どうやらそうこうしている間にも、事態はどんどん悪化しているらしい。
雨宮のやつ、刺されやしないだろうか。うちのクラスの男子連中はたまにガチで手を出してくるんじゃないかって思うレベルの殺意を垂れ流しにしている時があるからな。俺でそれなのだから、雨宮はもっとなはず。事実今も、なんだか謎のオーラで隣にいる俺までもが背中チクチクするし。
だが、自分に向けられている殺意に疎く何も気づいていないのか、はたまた馬鹿なだけなのか。雨宮はピコーンッ、と何かを思いついた様子で。もう言う前から分かる″余計なこと″を、しっかりと口に出していく。
「ははーん、さてはお前。自分も可愛いって言われたかったのか?」
「は、はあっ!? わ、わわ私は別に、そんな……」
「分っかりやすいなあ。佐渡さんのこと考えてる時の駿と同じくらい分かりやすいわ!」
「んなっ」
こ、コイツ。無意味に俺のことまでディスりやがって。
ほおら見てみろ。俺の予想は大的中だ。やっぱりいらないことを言いやがったな。
「……」
こんなの、まさに火に油だろ。起こっている相手に対して不用意に揶揄い、煽るとか。それ以上の逆鱗を呼び起こしてしまっても文句は言えないぞ。
「ね、ねえ。雨宮」
ほら、言ってやれ中山さん。この女たらしイケメンチャラ男にガツンと。お前になんて言ってもらわなくても他にたくさん言ってくれる人はいるんだーくらい!
「私には可愛いって……言ってくれないの?」
中山さん?
「は、はあ? なな、なんだよそれ。なに急に……」
雨宮さん?
「か、可愛いって言われて嫌な女の子はいないもん。それで、どうなの? 私のメイド姿、ちゃんと可愛いの? それとも……似合って、ない?」
「っ……ちょ、近い。近いって」
お二人さん??
え、何この空気。なんであの流れからラブコメみたくなってんの??
「「……」」
(ワ、ワァ……ワアァ……)
いたたまれない。なんともまあ、いたたまれない。
どうして俺はこんなものを至近距離で見せつけられているのか。頼むから二人きりの時にやってくれ。本当、お願いだから!
突然何かのスイッチが入ったかのように物理的距離を詰め、耳まで真っ赤にしながらもたった四文字を吐かせようとする中山さんに。つい数十秒前までヘラヘラしていたはずの雨宮の顔が、動揺の色に染まっていく。
雨宮も雨宮だ。じいっと見つめてくる中山さんと視線が交錯したと思ったら、まるで蛇に睨まれた蛙みたいになっちまって。さっきまでの勢いはどうしたぁ!?
「どう、なの?」
「そ、それは……」
突然の展開に。すぐ隣にいる俺は、思わず涙を流しそうになりながら目を閉じる。
(ケテ……タス、ケテ……)
しかし、そんな悲痛な叫びに。ーーーーヒーローは、応えてくれた。
「ん、メインヒロインの登場前に尺使いすぎ。いい加減にして」
「っ!!」
「ふふっ、私が来た。どう? しゅー君。つよつよメインヒロインのメイド姿は♡」
メイドさん行列の大トリを務めるのは、俺だけのメインヒロインにして、世界最強最かわな彼女さん。
八人目ーーーー佐渡三葉さんである。