「装飾……よし。食材、調理器具よし。いやあ、なんとか間に合ったな」
そうして迎えた、文化祭当日。
いよいよ数十分後に開幕が迫る中。俺たちはようやく準備を終え、肩をなでおろしたのだった。
「本当にギリギリだったけどな。まさか当日の朝までかかるとは思ってもみなかったわ」
「まあ結果良ければなんとやらだ。ちゃんと間に合って、そのうえで納得のいくクオリティに仕上がったんだから。それでいいじゃねえか」
「……それを言われたら、な」
達成感に包まれながら。改めて、教室内を見渡す。
いやあ、圧巻のビフォーアフターだ。毎日頑張り続けて、今日の朝だって全員朝の七時には登校してきてはこだわりにこだわりを重ねたからな。まさにこれ以上ないと胸を張って言い切れる、そんな出来に仕上がっている。
ほら、見てみろ。教室中に張り巡らされている髪飾りの数々も、チョークで綺麗に彩られた黒板アートも。教室に直接塗装できないからと、代わりに塗装した段ボールやベニヤ板でおしゃれにレイアウトした四方の壁も。その一つ一つ全てが、俺たちの涙ぐましい努力を物語っていると思わないか?
準備は死ぬほど大変だったが……いざこうして圧巻の完成品を目の当たりにするとその日々に後悔は無い。本気で取り組んで何かを完成させるというのは、やはり気持ちがいいものだ。
「それで? ″本丸″はそろそろ戻ってくるのか?」
「ふっ、たった今着付けを終えたらしいぞ。向こうもギリギリながら、なんとか完成したみたいだな」
「おお、ついにお披露目か……!」
本丸とは、言わずもがな。ーーーーメイドさんたちのことである。
進捗は順調かに思われていた衣装班だったが、実際には彼女らも俺たち装飾班と同様にかなりギリギリだったらしく。メイド服が完璧に完成したのは、本当についさっきのことなのだという。
そのうえ、俺たち男子はただでさえ制作に関わっていないからな。文化祭当日にして初のお披露目というわけだ。
そんなもの、テンションが上がらないはずもない。仕事が全て終わり残すところをメイドさんのお披露目会というご褒美イベントのみとなった俺たちの間にはもう、ソワソワオーラが漂いまくっていた。
(三葉……)
世界一可愛い彼女さんの、妄想ではない実物のメイド姿。それをついにこれから拝むことができる。そう分かった途端、俺の心はこの教室内にいる誰よりも、間違いなく″期待感″に包まれていて。待ちきれない思いで、今か今かとその時を待つ。
一体月美さんは、三葉にどんなメイド服を仕立ててくれたのだろう。大人びたものか、はたまた若々しいものか。シンプルなものか、ふりふりのいっぱいついた可愛らしいものか。ひとえにメイド服と言っても様々な種類があるらしいからな。まあでも……うちの彼女さんのことだ。きっとどれを着てもとびきりに似合うに違いない。それだけは、はっきりと確信できる。
「うわ。お前、ほんっと分かりやすいよなぁ」
「っ!? な、なにがだよ」
「いや、何ってーーーー」
「それは当然、佐渡さんの可愛いメイド姿で変な妄想してることが、じゃないかな?」
「うおっ!?」
「あはは〜、待たせたねえ。お望みの彼女さん、ちゃんと連れてきてますよ〜」
にょきっ。
俺と雨宮との会話にナチュラルすぎる割り込みをし、扉から頭だけを生やしてにまにまとした笑みを浮かべていたのは……月美さん。
って、誰が変な妄想してるって!? 俺はただ、三葉がどんなメイド服を着てくるのか楽しみにしていただけで。す、少なくとも今は、変な妄想なんてしてないぞ。……本当だからな?
「おかえり。なんできのこみたいに生えてんの?」
「いやあ、せっかくだからさ? こう、かっこいい登場したくて。けどとりあえず帰ってきたことは伝えなきゃだから、一旦頭だけね」
「な、なるほど……?」
そうか。月美さんは制作担当なのはもちろんのこと、それと同時に八人いるメイドさんの一人だもんな。
つまりあの下はもう完全にメイドさんコスが終わった状態ってわけだ。だから見られても問題ない頭だけ、と。
「かっこいい登場、ねえ」
「どんなのがいいかな。やっぱりランウェイみたいに一人一人入場させる?」
「まあかっこいいのはそれかもな。だけど残念ながら、みんなもう焦らされまくっててそんなに待てないと思うぞ?」
「へ?」
雨宮がそう言って指差した先に目をやると、その場にいた全員がこちらを見つめていて。ギラギラとした待望の眼差しが彼女の瞳に突き刺さる。
月美さんの言うことも理解はできるのだ。ここまで必死に頑張って、ようやく完成させた衣装の晴れ舞台。それをできる限りかっこよくやりたいってのは、制作者として当然の考えだろう。
しかし、俺も含めて。一人一人なんてちまちました発表方法を最後まで眺めていられるほどの″心のゆとり″は無くて……。
「ありゃりゃ。もうみんな待ちきれないって顔してるね。もお、仕方ないなあ」
とにかく、一秒でも早くお目当ての子のメイド姿を見たい。そんなオーディエンスの熱い感情に当てられてなのか。月美さんはそう呟いて、小さなため息を吐く。
そして、俺たちの想いに″制作者として″応えるかのように。
「みんなお待たせ! メイドさん、入りまぁ〜すっ!!」
大名行列ならぬ″メイドさん行列″を形成して。八人一斉に……教室内へと、突入してきたのだった。