目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第132話 胸囲の格差社会

「じゃあこれで長野さんも終わりっと。次は……って、澪ちゃん? どうしたの?」


「胸囲の格差社会に絶望してる」


「ああ、そういうこと。さっきまであんなに元気だったのにねえ」


「ん、軟弱者」


 ひ、人の気も知らないで。


 こんなの、ダメージを受けない方がおかしい。桜木先生はともかく、同年代の長野さんにまで後ろから刺されたんだもん。むしろ私じゃなかったらショックで絶命していてもおかしくなかったくらいだ。


「澪ちゃんあんな調子だし、佐渡さんの採寸先にやっちゃおっか」


「分かった」


 私が膝から崩れ落ち、今にも泣きそうになっている間に。長野さんの採寸は終わり、そのままの勢いで。三葉ちゃんの番がやってくる。


(いや、まだだ。まだ終わらんよ!!)


 私は心に爆弾を直接投下され、それはそれは深い傷を負わされた。


 でも、へこたれてなんていられない。


 だって、ようやくなんだもん。いつもはまるで忍術でも使ったみたいな速着替えを瞬きしているほんの一秒もない時間でやってのけるから、苦渋を飲むことしかできなかったけれど。今日は違う。


 たとえどれだけ脱ぐのが高速だったとしても。採寸している間は絶対、下着姿が露わになる。


 しかもこのアングル……ぐへへ。意図せずこの体勢になったわけだけど、これなら。三葉ちゃんの身体をローアングルからーーーー


「忍法•かまいたちの術」


「へっ?」


 涎が出そうになる緩んだ口元に、必死に力を入れながら。そんな下心全開で三葉ちゃんの麗しい身体に目を向けようとした、その刹那。部屋の中を、一縷の旋風が駆け抜ける。


「アンド、捕縛布」


「むぐうっ!? む〜っ!?!?」


 気づいた時にはもう、遅かった。


 文字通りの″目にも止まらぬ速さ″で私の前から姿を消した三葉ちゃんが風になったのを認識した時にはもう、視界から光が消えていて。


(これは……布!?)


 私の顔を覆っていたのは、一枚の大きな布。どうやら後ろで強く結ばれているらしく、少し暴れたくらいじゃびくともしない。


 しかも、だ。次の瞬間には、別の何かで手首と足首まで縛られていて。おかげで私は……情けなく、まるで芋虫かのようにくねくねすることしかできなくなってしまっていた。


(まさか三葉ちゃん、採寸が終わるまで私を拘束しておくつもり!? そんなぁ……っ!!)


 まずい。早く抜け出さなきゃ。このままじゃ……って。分かっているのに。


 駄目だ。拘束が完璧すぎる。顔も、手足も。どれだけ体勢を変えても布を少しズラすことすら叶わない。


 それに、なんだろうこの感じ。いい匂いがしてきて、力が……


(こ、これ。三葉ちゃんの、匂い?)


「ふ〜っ♡ はぁ〜〜っ♡♡ すぅぅぅ〜〜〜っ♡♡♡」


「う、うわ。絵面ヤバいって。なんかそういうプレイみたいになってない?」


「気にしたら負け。それより採寸、お願い」


 これ、三葉ちゃんの匂いがいっぱい染み付いてる。こんなの顔に巻かれてゼロ距離で吸わされたら……あ゛ぁ、キクう゛ぅ♡


 縛られて、身動きの一切を封じられて。目の前にあるはずのエデンを想像だけさせられながら、まるで「お前はそれでも嗅いでおけ」と言わんばかりで雑な仕打ち。


 こんなの、嫌なはずなのに。嫌って思わなきゃ、いけないはずなのに。


「な、なんか後ろでビクンビクンしてるのいてやりづらいけど、まあ。佐渡さんがそう言うなら」


「ん」


 先生や長野さんが採寸されていた時同様、カチャッ、カチャッ、と。メジャーの小さな金属音のようなものが、視界を塞がれて敏感になった耳に届く。


「佐渡さんはD、ね。澪ちゃんなみに引き締まった身体でちゃんとあるところはあるなんて。これは市川君も大変だろうなぁ」


「むふんっ。しゅー君を誘惑するための身体作りには常に気を遣ってるから。日々の鍛錬の成果!」


「おぉ〜」


 でも、そんなメジャーの音や重要な三葉ちゃんの身体の情報は、一度は耳の中へしっかりと入ってくるものの。私の脳内に留まることなく、反対の耳からするりと抜け落ちていく。


 理由は単純明快。ーーーーそれどころではなかったから。


 視覚を封じられたことによってより敏感になった聴覚よりも、更に。圧倒的と言えるほどに洗練された嗅覚が目の前の″三葉ちゃんの匂い″という莫大な情報を大量に吸い込み続けるせいで、脳のリソースが他に回らない。


 それどころかその処理にリソースの全てを集約させても、未だに取り入れる量に対して処理する量が追いついていなくて。私の脳内は某僕最強だからおじさんの無量◯処を喰らった時と同様の状態に陥っていた。


「ありがと、佐渡さん。これで採寸終わりね。さて、最後は……」


「あへっ♡ あへへぇっ♡」


「ちょっ!? な、なんか本格的にまずい感じになってない!? これ全年齢作品の登場キャラとして本当に大丈夫なやつ!?」


「……じゃあ、私はこれで。彼氏さん待たせてるから」


「嘘でしょこの状態で押し付けるの!?!?」


 それから、私が正気に戻ったのは数十分も後のこと。それまでの記憶はすっぽりと抜け落ちている。


 ちなみに。これは、本当は教えたくはない情報なのだけれど。まあせっかく測ってもらったし、一応一定数の需要があるらしいので仕方なく。



 私のサイズは……Bでした。限りなくA寄りの。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?