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第129話 クリーンヒット

「メイドさん……」


「み、三葉はどうするんだ? メイド服……着るのか?」


 本当は、あわよくばわざわざ俺が口にしなくとも、自然と三葉がメイド服を着てくれる流れになればなんて。そんなことを考えていたのだけれど。


 どうやらそうもいかないらしい。うちの彼女さんは、そんな″甘え″は許してくれないようで。


 俺の問いに、じいっ、と視線を返してくると。言った。


「彼氏さんが着てほしいなら、着てもいい」


「う゛っ」


 本当は中山さんのように着たいと思っているけれど、俺からその言葉を引き出すために黙っているのか。はたまた、本当に俺が求めてくれるのならくらいにしか思っていないのか。その心の内は分からない。


 ただ、はっきりしていることが一つ。


 それはこのクエストのクリア条件が、「三葉にメイド服を着てほしいと懇願する」だということだ。


 目の前のいたってシンプルかつ難易度の高いクエストの内容を理解させられ、変な汗が出てくるのを感じていると。周りでは男子から女子への勧誘という名の話の振りが増し、会話の数も相対的に増えていったことで。教室の中が再び、ざわざわに包まれ始める。


「長野さんもどうよ、メイドさん。せっかくだし着てみたら?」


「い、いや私はいいですよ! 他にもっと似合う子がいると思いますし……」


「そう? 少なくともあそこで騒いでる褐色陸上バカよりは絶対似合うと思うけどな。長野さん可愛いし、何よりお淑やかっていうかさ。メイドさんのイメージにピッタリだよ」


「ふえっ!? そ、そんなに……ですか……?」


 っと、そうこうしている間に。どうやらクラス一のチャラ男が委員長を攻略し始めていたようだ。


 なんなら、既に終盤らしい。一体何を言ったのかは知らないが、既に長野さんの顔は真っ赤っかで。そのうえ何やらおさげ髪を指でくるくると回し、分かりやすく乙女の顔になってしまっている。あれはもう了承するのも時間の問題だな。


 大方、ナンパの如く褒めちぎったのだろう。アイツならそういう文言はすらすらと出てきそうなもんだしな。ったく、これだからチャラ男は。


 しかしムカつく反面、このクラスで今最も仕事をしているのはアイツだ。駄目になった先生の代わりに司会進行を務めるだけでは飽き足らず、更にメイドさんの頭数一瞬で二人も用意して。


 それに比べて、俺はどうだ?


「私のメイド姿、見たい?」


「そ、それは。まあ……」


「ふぅん。″まあ″ってレベルなんだ。なら着なくてもいいかも」


「っ……!」


「着てほしいなら、ちゃんとそれに相応しい頼み方をして。彼女さんが彼氏さんのためにって思っちゃうくらい、ドキドキさせて」


 きっと雨宮には息をするのと同じくらい軽い言葉であろうそれに恥ずかしがって。口ごもっている。


 なんと情けないのか。言う相手との関係性を考えれば、雨宮が長野さんにするのとか、他の男子たちがクラスの女子たちにするのとか。そんなのより、よっぽど簡単なことだろうに。


(そう、だよな。これは協力プレイ……だもんな)


 そんなことが許されていいのか。ーーーー否だ。


 クラスへの貢献という意味では勿論のこと。なにより、俺自身が。ここで想いを伝えなかったことによって起こる″三葉がメイド服を着ない″という最悪な未来を受け入れられない。


 三葉は嫌がっているわけでもなく、俺の言葉一つで動いてくれると言っているのだ。なら、とる選択肢は一つしかないだろう。


「……分かった」


「!」


 ドキドキさせて、と。三葉はそう言った。


 なら、その通りにしてやろうじゃないか。俺に返ってくるであろう反動ダメージは無視だ。


 すうっ、と。大きく息を吸って。覚悟を決める。


 そして、目の前の美少女さんと向き合うと。心の内を……吐露したのだった。


「俺は、三葉のメイド姿が見たい。なんでも着こなす彼女さんの、誰よりも可愛いメイド姿が見たいんだ」


「〜〜っ! も、もっと!」


「頼む、メイド服を着てくれ。絶対に世界一可愛いメイドさんになれるって、俺が保証するから!」


「〜〜〜〜っ!!」


 はは、自分で言っていてたまらなく恥ずかしいな。


 でも、どうやらその甲斐はあったらしい。


 三葉の反応を見れば分かる。俺が言葉を重ねるたび、心臓にダイレクトアタック喰らったみたいに悶えて。徐々に耳が赤く染まっていったかと思うと、遂には瞳の中にハートマークが現れた。


 それは、さっきの長野さんのものとは比にならないほどの″乙女″の顔。俺の立場からこんなことを言うのはなんかこう、むず痒いが。ーーーー恋をしている表情に他ならない。


 相変わらず、なんと分かりやすい好意だ。ああクソ、俺も当てられて顔が熱くなってきた。


「こんな感じでどう、でしょうか」


「ん……ご、合格。彼女さんは見事にハートを撃ち抜かれた」


「っ! それじゃあ!?」


「か、彼氏さんの気持ちに応えるためだから。メイドさん……なる」


「っし!!」


 よほど俺の言葉がクリーンヒットしたのか。こくんっ、と頷いた三葉は、そう言って。俺にクエストクリアを告げる。



 そしてこの時、クラスの一員としてクエストをやり遂げていたのは俺だけではなくて。三葉と同じように心を決めた人材は……徐々に、徐々に。増え始めていた。

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