『おかえりなさいませ、しゅー君様』
『もえもえきゅん。ふふっ、愛する彼氏さん専用のおまじない♡』
『忍法•ご奉仕の術。彼氏さん専属メイドとしてーーーー』
妄想すればするほど、はっきりと分かる。
ぜっっっっっったいに。うちの彼女さんのメイド姿は、死ぬほど可愛いと。
だってメイドさんだぞ? ふりふりなんだぞ? んなもん、可愛い人間に可愛い服を着せるっていうごく当たり前の掛け算をしておいて、更に可愛いものが生まれないわけがないじゃないか。
だからできることなら、なんてどころじゃなく。なんとしても。このクラスの出し物をメイド喫茶にしてメイド服を着せたい。俺以外にもその姿を見られるし、なんなら接客させてしまうことになるが。もうそこはこの際我慢しよう。
(頼むぞ男子たち。今こそ心を一つにする時だッ!!)
メイドさんが嫌いな男なんているはずがない。本当はみんな声に出していないだけで、今にもメイド喫茶への熱い気持ちを叫びたい奴らばかりに決まっているのだ。
分かってる。ああ、分かってるとも。制服喫茶を提案した奴も、水着喫茶を提案した奴も。その本当の目的はメイド喫茶という名前を″女子たちに″連想させ、口に出させるためのものだったのだろう?
なにせ、うちのクラスの女子はレベルが高いからな。筆頭候補の三葉や中山さんは勿論のこと、委員長の長野さんやその他の女子だって。あとは顔だけで言えば桜木先生だってそうだ。だからきっとみんな、必ず一人は「〇〇さんのメイド姿が見たい」という想いが心の内にある。同じ男の俺が言うのだから間違いない。
さあ、その夢の実現まであともう少しだ。女子の口から候補にあげさせるという第一のミッションは達成された。このクラスの男子は三十のうちの十五という過半数を超えているわけだから、投票にさえ持ち込ませればこちらのもの。
ただ、そうだな。できることなら女子からの票も多少なりともあればありがたい。だからここで欲しいのは、彼女たちを少しでも多くメイド喫茶へと導ける″メッセンジャー″だ。
そして、そんな俺の祈りに応えるかのように。まさしくそれに適した唯一の存在とも言える″彼女″は、その場で大きく手を挙げて。立ち上がったのだった。
「はい! はいはいはいっ! 私は喫茶店に一票! メイド喫茶やりたーいっ!!」
(((((中山さぁんっ……!!!))))
その言葉に、全男子が歓喜した。心の中でガッツポーズし、涙を流した。
そう。まさしくそういうことなのだ。女子のーーーーそれも発言力のある彼女、中山さんがそれを言うことに大きな意味がある。まあ本人にその自覚はないだろうが。
「賞金狙うなら、やっぱり他のクラスには無い強みを出さなきゃ! その点メイドさんなんてぴったりじゃない? うちには可愛い子いっぱいいるんだし!!」
「と、あのバカが珍しく良いこと言ってるわけだけど。どうすか長野さん」
「うーん、そうですね……」
「珍しく!? てかバカって言った! いつもいつもぉ……っ!!」
「お、落ち着いて澪ちゃん。どうどう」
ぷくっ、と頬を膨らませて怒りを露わにさせる中山さんが近くの女子たちに宥められている中で。問いを投げかけられた長野さんは、数秒。考え込む。
メイド喫茶。おそらくこの企画自体は多分、物理的に却下されるものではない……はず。
多分、なんて言葉を使ったのは、男子の中には少なからずメイドさんという存在に対して下心があることを知っているからだ。俺も実際に、当然のように″よくない″妄想をしてしまったしな。
だからもし教師陣に″いかがわしいもの″であると認識されてしまったら、と。一抹の不安があったわけだが。
しかし、それを払拭するかのように。長野さんは言う。
「ひとまずやること自体は可能だと思います。料理は冷凍かホットプレート調理で、服は……どこかのお店からのレンタルか、コスプレ衣装的なものを買うかですかね。資料の過去に行われた出し物の一覧にもメイド喫茶の名前はありますし、少なくとも駄目って言われることはないかと」
「へえ。まあ物理的に可能ならあとは女子次第ってとこだけど。接客役としてメイド服着てもいいって奴、何人くらいいるんだ?」
「え? わ、私? メイド服かあ。えへへ、私は着てもいいよ? 実はああいう可愛いの、ちょっと憧れてて……」
「いや、お前はどんだけ似合わなくても無理矢理にでも着させるっての。言い出しっぺなんだからな」
「んなっ!?」
そうか。確かにまだその問題があったな。
メイド喫茶なんだから当然、女子にはメイド姿になってもらう必要がある。こればかりは男子が一致団結して投票に勝ったところでどうにかなる問題じゃない。そもそも女子が全員メイド姿になることを嫌がれば、喫茶店としての運営をするのは不可能なのだから。
それを理解していたからこそ、雨宮もわざわざ女子に聞いて見せたのだろう。ひとまず絶対に接客に参加してほしい中山さんはノリノリなようだから安心したが。あと何人ついてくるか……。
「メイドって、ねぇ」
「うん。澪ちゃんはともかく、私たちじゃ……」
「ちょっと自信無いかも。ああいうのって可愛い子が着てこそみたいなところあるし」
っと、まずい。思ったより女子の反応が芳しくないぞ。
幸い、メイド服に対して分かりやすく嫌悪感を出している女子はほどんどいないものの。服としての″レベルの高さ″が災いしたか。中山さんのあとに続いて手を挙げる者は、一人として現れない。
いくらなんでもメイド役を中山さん一人に一任するというのは無理な話だ。せめて女子の半数くらいには着てほしいもんだが……かと言って、それを強制しようとすると間違いなく喧嘩になる。それではメイド喫茶という案そのものが消滅しかねない。まさに本末転倒だ。
(ひとまず、なんとしてでも頭数を集めないとな……)
ここから始まるのは、我がクラスの男子たち全員参加の「協力プレイ」。いかに俺たちの手によってメイドさんになってくれる女子を増やせるかが鍵になる。
そして、そのことを理解した瞬間。他の奴ら同様、俺の身にもまた。俺のみが受注することのできる緊急クエストが、強制的に降りかかったのだった。
「……」
「ごくっ」
無言でこちらを見つめてくる世界一の美少女ーーーー佐渡三葉さんの勧誘クエスト、スタートである。