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第122話 イノスタ

「イノ、スタ……?」


 驚きのお願いに。俺たちは思わず、きょとん顔を継続していた。


 イノスタ、か。勿論それが何なのかは知っている。まあ腐っても高校生だからな。


 しかしまさかそれを人から教えてほしいとせがまれる日が来ようとは。思いもしなかった。


「えっと、教えるって言われても。何を?」


「全部! 実は私、LIME以外のそういうアプリってやったことなくて……」


「そ、そうなのか。なんか意外だな」


 いや本当、意外だ。


 機械音痴だという前提があっても尚。やはり中山さんはそういうSNSツールには絶対に詳しいのだろうと思っていたのだが。どうやらそうではなかったらしい。


 となると、機械音痴も俺の想像よりもかなり上をいくレベルのものだったりするのだろうか。だってそうでもないと、中山さんみたいな人がこれまでイノスタをインストールしていなかった理由がつかないもんな。


「私、本当にスマホ疎くて。そもそも持たせてもらったのもこの間の春休みだったからさ? こういうの、触れる機会が無くて……」


「な、なるほど。それで俺たちに?」


「うん! それでもしよければなんだけど、ID交換もしてほしいなって。市川君と……あとは三葉ちゃんも!」


 グイッ、と顔を近づけながらそう言う中山さんの耳は、ほんのりと赤い。


 もしかして、自分が機械音痴だと知られるのに少なからず恥ずかしさがあったのだろうか。はたまた、本当に恥ずかしかったのはID交換の方か?


 まあなにはともあれ、こんな風に頼まれてはな。協力してやりたいと思うのが当然の感情だ。


 仕方ない。ここは俺たちが人肌脱いで……って。できればよかったんだが。


「ごめん、中山さん」


「……え?」


 俺の言葉に、中山さんの表情が僅かに沈んで。それと同時にズキンとした胸の痛みが走る。


 できることなら断りたくなんてなかった。中山さんとこれからも仲良くし続けるために、ID交換だってしてあげたかった。


 でも、できないんだ。だって……


「俺と三葉は……イノスタ、やってないんだ」


 そう。非常に残念ながら。俺たちも中山さん同様、イノスタなんて入れたことがないのである。


 理由は単純明快。ID交換をするような相手がお互い以外にいないからである。


 ああいうのはいわゆる″幸せのお裾分け″だ。つまり、分ける相手がいなければ意味がない。とりあえずアカウントだけでも作ってみようかなんて思ったこともあったが、そんなことをしても結局虚しいだけだしな。


「恥ずかしい話、一緒にやる友達がいなくてさ。ツオッターならあるけど、それもゲームの企業アカウントとか漫画の作者とかのをフォローしてたまに覗いてるだけだし。な、三葉」


「ふも」


「な、なんだ。そういうことかぁ。てっきり私とID交換するのが嫌で断られたのかと……」


「まさか。単に教えられないってだけだよ」


 変に不安にさせてしまっただろうか。本当に申し訳ない。


 ただ、やり方を知らないのは俺たちも一緒だからな。俺たちは機械音痴ってほどではないとはいえ、いくらなんでもインストールもしたことがないようなアプリのやり方を教えるっていうのはな。安易に引き受けたところでできる気がしない。


「というか、そういう関連の話なら俺たちよりよっぽど詳しそうな奴いるだろ。ほら、すぐ隣に」


「う゛っ」


「ははーん、さてはお前……」


「ち、違うぞ!? ほら、中山は二人ともっと仲良くなりたがってたからさ! イノスタを通じてそれが叶えばと……お、おいなんだその目! 疑ってんのか!?」


 なるほどな。今の反応で確信した。


 おかしいとは思ったんだ。中山さんが雨宮ではなく俺たちにSNSのことを聞くなんて。


 雨宮は中山さんがイノスタをやりたがってることを知ってる風だった。つまり、一度相談を受けていたんだ。イノスタのやり方を教えてくれないか、って。


 でも、雨宮はそれを断った。理由は知らないが、まあどうせ面倒くさいからとかだろう。そして何とかしてこの件を押し付けられる相手を探し、俺と三葉に辿り着いたと。つまりはそういうことだ。


 上手く言いくるめたものだ。たしかに俺たちとイノスタのIDを交換するための口実としては、そのやり方から教えてもらうというのが一番筋道を立てやすい。


「小狡い」


「な。やっぱ最低だわこのチャラ男」


「そ、そこまで言わなくてもいいだろ!?」


 本当に小狡い。見事に悪知恵を働かせやがって。


 どうせコイツのことだ。イノスタのことなんてそこらへんの一般人よりよっぽど詳しいだろう。それをこんな、人に押し付けるようなやり方をして。


 別に俺たちは結局のところ教えられなかったわけだし、仮に教えられたら教えられたで特に悪い気などすることなくサポートしていたことだろうから。迷惑は全くかけられていないけれど。


 とはいえ、だ。このままこの子悪党の逃げ切りを許していいのだろうか。


 否。せっかくだ。面倒臭さを″三倍返し″にして制裁を加えてやるとするかな。


「なら、そう言われないように誠意を見せることだな」


「誠意って……何させるつもりだよ!?」


「なあに、簡単なことだよ。いい機会だし俺たちもお願いしようと思ってな」


「っ……!?」


 どうやら、俺の言いたいことを察したらしく。雨宮の顔がみるみるうちに青く染まっていく。


「お願い、雨宮!!」

「頼んだ」

「ん」


 中山さん一人が相手なら適当に言いくるめて逃げることもできただろうがな。俺と三葉まで加わってしまってはそうもいかない。


「嘘、だろぉ……」



 押し付ける相手を、間違えたな。

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