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第120話 カラオケ

 ピザ屋さんを出て、二枚のピザが入った袋を俺と三葉が、サイドメニューのポテトやナゲットが入った袋は中山さんと雨宮が、と運ぶのをそれぞれ手分けし、共に歩くこと約十分。目的地に着いた俺たちは香ばしい匂いをプンプンさせながら、目的地へと入店する。


 ああ、そういえばまだ言ってなかったな。その目的地ってのはーーーー


「うわ、待ってる人何人かいるね〜。こんなド平日の夕方なんて絶対誰もいないと思ってたのになぁ」


「だーから予約した方がいいんじゃねえのって言ったんだ。それをお前は……」


「まあまあまあ。これくらいならすぐに順番来るって。ファミレスじゃないんだからさ」


「ん、たしかカラオケには満室時追い出される制度があるって聞いたことある。だから案外、すぐ呼ばれるかも」


 そう。カラオケである。


 そして予め言っておくが。ここは″飲食持ち込み可″の店舗だ。


 だからこうして、わざわざピザをテイクアウトして運んできたのだ。カラオケにもフードメニューは色々あるが、やはりどうしても高くついてしまうからな。


 俺たち学生にとって、遊びを″安く″済ませるというのはもはや至上命題。となれば、打ち上げの候補にカラオケが上がってくるのはもはや必然だった。


 だってそうだろう? 飲食物が自由に持ち込めて、ドリンクバーがあって。そのうえ安い金額で長い時間いられる上に、基本的によっぽどでない限り騒いでいても怒られることがない空間なんて唯一無二だ。ほら、最近よく聞く……そう、コストパフォーマンスが高いってやつだな。


「そんなことより見て、しゅー君。これ」


「ん? どうした?」


「えへへ、ここはこのタイプみたい」


「タイプ? あっ……」


 なんて。覚えたてのかっこいい言葉が頭をよぎったその時。ちょいちょいっ、と三葉が俺の服の裾を引っ張ってきて。カウンターの横にある″例のブツ″に指をさす。


 今の世の中、色々なものの利便性が上がり、こういう順番待ちなんかも事前のネット予約などで無くなりがちだ。仮に待つことになっても、カラオケ店であればスマホで整理券を取る場合が多いんじゃなかろうか。


 だが、どうやらここは違ったらしい。おかげでうちの彼女さんはもう静かに心をルンルンさせてしまっている。


「四名様なのがちょっと残念だけど。こうして……っと。できた」


「お前が書くんかい」


「私の下の名前も、書いていい?」


「バカやめろ!? 俺の苗字だけで充分だっての!!」


「むぅ」


 び、びっくりした。本当突然突拍子もない行動しやがるな、ったく。


 一瞬の隙に備え付けのボールペンを手に取って三葉が俺の苗字を記入したのは、ファミレスやその他飲食店などでよく順番待ちをする時に記入するあの用紙だ。


 テスト期間にファミレス行った時は書けなかったけどな。今回はしっかりと、彼女さんの丸文字でお名前記入欄に「市川」の文字が刻まれた。


(こ、ここに三葉の名前とか。一瞬でとんでもないこと思いつくな、コイツは……)


 俺の苗字の「市川」と、彼女さんの下の名前である「三葉」を合わせる、か。


 市川三葉……い、意外と違和感は無ーーーーじゃなくて。んなもん書いて良いわけないだろ。


 ただでさえ、すぐ後ろには中山さんと雨宮がいるってのに。んなもん書いて店員さんにフルネームで呼ばれたりしてみろ。一体どれだけ揶揄われることか。


 そ、そりゃあまあ? いつかはそうなってくれればいいなとは思ってますけど? 三葉の苗字が俺と同じになって、それで……


「? どうした駿。気持ち悪い顔して」


「気持っ……し、してないだろ、そんな顔」


「ふふっ、しゅー君は私との幸せな未来を想像してた。だから浮かれて頬が緩んじゃうのは仕方ない」


「し、幸せな未来!? それって!?」


「だぁもうっ! やめろやめろ! もういいから!!」


 危ない危ない。表情、緩んでたのか。


 人の目があるところで妄想なんてするもんじゃないな。もうこれ以上はやめておこう。


 とまあ、そうして。順番待ちの紙を書き終えた俺たちは、他の人たち同様、待合所のように並べられている椅子に腰掛け、今か今かと部屋に案内される時を待つ。


 別に話していれば暇な時間は充分過ごせるし、ましてや立っているわけでもないからしんどさも皆無。こんな待ち時間、屁でもないと思っていたんだがな。


「じゅるっ。ね、ねえ。少しだけ……」


「ダメに決まってるだろ。部屋に入ってから……じゅるっ」


「お、落ち着じゅるっ。落ち着けじゅるっ」


「じょばぁぁぁぁ」


 俺たちを襲ったのは退屈でも疲労感でもなく、ただひたすらの空腹だった。


 なにせ、こんなに香ばしいピザの匂いを目の前でダイレクトに嗅がされ続けているわけだからな。こんなの嫌でも腹が空いてくる。


 しかしなんというかこう、部屋に案内される前につまみ食いなんてしてしまったら負けな気がして。やっぱり部屋で乾杯してからがいいと全員が感じているからこそ、じゅるじゅると涎を出しながらも必死に耐え忍ぶ。


 そして、ようやくーーーー


「お待たせしました。四名様でお待ちの市川様、いらっしゃいますか?」


「「「「はいっ!!!」」」」


 待つこと、およそ十五分。



 俺たちは店員さんの声にーーーー精一杯の声量で、返事をしたのだった。


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