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第118話 わずかな変化

 無事テスト返しを終えて、放課後。


「それじゃあ行きますか、打ち上げ」


「ん」


「お〜っ!!」


「……」


 俺たちは約束していた四人での打ち上げをすべく、教室を出たのだった。


 とまあ、まるでこれから遠出でもするかのような言い草だが。生憎と普通に六限まで授業を受けてからのこれだからな。近場で済ませるつもりだ。


 本当は土日とかに丸一日空けて予定を組むつもりだったんだけどな。こればかりは仕方ない。


 なにせ、土日は中山さんが部活なのだ。そしてどうやら運動部というのは、基本的に毎週月曜日がオフとなるらしい。


 おそらく理由としては、土日に遠征や試合を組み、その疲れを月曜日に癒すというのが部としてのルーティーンとなっているからだ。


 というわけで話し合った結果、テスト返しをされ喜びをそのままにできて、かつ月曜日である今日を打ち上げの日時と決定したのである。


「で、お前は何不貞腐れてんだよ」


「……別に」


 だというのに。


 まあ十中八九、原因はテスト返しの時の中山さんとの一件だろうが。四人の最後尾を歩く雨宮は……明らかに、不貞腐れていた。


 なんと分かりやすい奴だ。表情がいくらなんでも露骨すぎるぞ。


「ね、ねえ市川君。その、雨宮が怒ってるのって」


「まあ、間違いなく」


「うぅ。やっぱりそうだよね」


 そして分かりやすいのは、この人も。


 普段からパーソナルスペースの狭い中山さんだ。一見、あれくらいのことは普段からしてみせていそうだと思うかもしれないけどな。いくらなんでも男子とあそこまでのことをするほどじゃあない。


 本人曰く、あの時はあまりの嬉しさに我を失っていたんだそうな。そして雨宮が俺と三葉に弄り倒されていたのと同じように、中山さんもまた。我に帰った後にクラスの女子たちから散々同じような目に遭わされていた。


「私、舞い上がっちゃって。普段ならあんなこと、絶対しないのに……」


 その結果がこれだ。分かりやすくいじけた雨宮と、その様子を伺いながら恥ずかしそうに顔を赤らめている中山さん。


 なんともまあ、面倒臭い二人にサンドイッチされたものだな。


 しかし、シチュエーションが毎回違うだけで、この二人に挟まれるのはもはやいつものことになりつつあって。当然回数が増えれば、その対処にもやがて″慣れ″が生まれ始める。


 そして意外にも。それが早かったのは俺ではなくーーーー


「はぁ。面倒だから早く仲直りして。せっかくしゅー君と二人きりになれる時間を割いてまで付き合ってあげてるのに」


「う゛っ。み、三葉ちゃんの正論パンチ、相変わらず心にクる……」


「ほら、早く。自分が悪いって分かってるなら尚更」


 元々、人に対して物をズバズバ言えるタイプではあった。


 しかしそれは随分と昔の話。今では佐渡家の人間や俺、あとは父さん母さん相手の時くらいにしかそういった″素″の物言いはできなかったはずなのに。


 慣れの力と、きっとそれ以外にも。何より、二人を友達だと認めているからこそなんだろうか。にしても少し言い過ぎな気もするけれど。


 とはいえ、雨宮と中山さんにはその言い過ぎなくらいがちょうどいいのかもしれない。事実、三葉に詰められた中山さんはもじもじとバツが悪そうな身体をくねらせながらも、しっかりと。雨宮の前に立って、言う。


「ごめんね、雨宮。みんながいる前であんなことしちゃって」


「……」


「こ、これからはちゃんと気をつける! 嬉しくなっても変にベタベタしないようにするからっ!!」


 中山さんの顔は依然、赤い。


 まあ当然か。この人雨宮に真正面からハグして、しかもあろうことかその姿をクラスメイト全員に見られたんだもんなぁ。そんなことを思い出しながらその当事者に謝るなんて、俺ならきっと顔が赤くなるだけでは済まない。


 しかし、三葉の檄が効いたのか。中山さんは恥ずかしいながらもしっかりと雨宮の目を見て謝罪した。


 そして追撃するかのように……


「せっかくの打ち上げ、雨宮と喧嘩したままなんて……嫌だから。仲直り、したい」


「っ……」


「だめ?」


 中山さんも自覚こそ無いが、三葉と並ぶほどの美少女なのだ。


 たとえ雨宮の中に、若月先生という絶対的な恋の対象がいたとしても。だからと言って他の美少女に対して一切ドキドキしないということにはならない。その恋が未だ成就していないならば、尚更。


 同じ男の俺には分かる。今のは確実にーーーー雨宮の心に、クリーンヒットを決めたはずだ。


 その証拠に、ほら。


「……ちゃんと反省してんだな?」


「っ! う、うん! それはもう、めちゃくちゃ!!」


「はぁ。まあ俺だけガキみたいに引きずってても仕方ないしな。もういいよ、仕方ないから許してやる」


「ほ、ほんと!? えへへ、やったぁ!!」


「〜〜〜っ!? お、おまっ! もう無闇にベタベタしないって!!」


「へっ? あっ……ご、ごめん。つい無意識に」


「ったく。本当に反省してるんだろうな……」


 ふう、めでたしめでたし。彼女さんのおかげで仲直り完了だな。


「仲直りが済んだなら早く行こ。あんまり時間無い」


「そ、そうだね! レッツゴー!!」


 ……って、ちょっと待て。なんだ今の雨宮の反応。


 雨宮に許してもらえて気が緩んだ中山さんが、すぐにその手を掴んで。するとその刹那、一瞬にして雨宮の顔が真っ赤に染まっていて。


 中山さんが顔を赤くしているところは、正直何度か見たことがある。だがどの時でも隣の雨宮は仏頂面かいつも通りかで。


 あんな顔、一度も見たことがない。これはもしや、俺が思っている以上のことが、もう既に……


「じれったい。早く付き合ーーーーんむぐっ」


「やめてください彼女さん。それは彼氏さんにも効きます」


 い、いや。そんなことはないと信じよう。



 そんな、急に先を越されるなんてことが起こったら……俺的には色々と、耐えられないからな。

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