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第117話 テスト返し2

「……」


「もしかして、緊張してるのか?」


「そ、それは。もちろん」


「ふむふむ。そうかそうか」


 ここからは少し距離があって内容は聞き取れないけれど。どうやら、何か話しているようだった。


 あの人、なんやかんやで一人一人と軽く会話を挟みながらテスト返却してるんだよな。きびきび行こう、なんて言ってたくせに。


 あれはこちらの緊張をほぐすのが目的だったりするのだろうか。面倒くさがり屋がはっきりと表に出ている性格上、事務的にとっとと全員分捌きそうなものなのに。案外俺たち生徒としっかりコミュニケーションは取るんだよな、あの人。


 だからこそ、あれでいて嫌われていないんだろうな。というかむしろ男子の中では一部に猛烈なファンがいるとも聞くし。なんとも憎めないキャラクター像だ。


「佐渡。私は密かにお前のことを心配していたんだ。授業中あんなだし、実はしれっとヤバい点数取ってくるタイプだと思って」


「っ……し、失礼。そんなこと、ない」


「ああ、そうだな。悪かったよ。この調子で次の期末も頼むな」


 佐渡三葉


 国語:七十八点

 数学:五十六点

 英語:五十七点

 社会:七十二点

 理科:六十点

 総合:三百二十三点

 クラス順位:十八位


「〜〜っ!! しゅー君見て!! 全教科赤点回避!!!」


「お、マジか! やったな!!」


「えへへ、もっと褒めて……」


「よーしよしよし!!」


「♡♡♡」


 ぴょんぴょんっ、と小さく跳ねながら駆け寄ってきた彼女さんの頭を撫で回し、これでもかと褒めちぎる。


 何やらクラス中の男子たちから殺意の目を向けられている気がするが、無視だ。せっかく彼女さんが素晴らしい点数を持って返ってきたというのに褒めないなんて、彼氏さんの名が廃るからな。


 この学校での赤点基準は四十点未満。テスト期間中の勉強に取り組む姿勢とテストが終了してからのやり切ったと言わんばかりの顔を見て、それは無いだろうと確信していたけれど。


 しかしまさか、赤点回避どころかここまでしっかりとした点数を取ってくるとは。国語と社会なんて七十点越えだぞ? 本当、この彼女さんは俺の期待を超えるものをオールウェイズ用意してくれる。最高だ全く。


「これなら門限を元に戻される心配もいらないな。よくやったぞ!」


「ん、彼氏さんがいっぱい、教えてくれたから……。本当にありがと」


「〜〜っ!!」


 こうしていると、まるで高校受験の時みたいだ。


 あの時も、二人とも合格することができて大いに喜び合った。自分が合格できたことへの嬉しさもそうだけれど、ちゃんと努力していた三葉に良い結果がついてきたということが、もはや自分のことのように嬉しくて。


 本当に教えた甲斐があったと。そう、心から思わせてくれる。やっぱり俺の彼女さんは凄い子だ。


「さて、いよいよお前だな。問題児」


「……」


 だが、そんな喜びも束の間。順番は進み……いよいよ、中山さんの番がやってくる。


「そう死んだ顔するなって。まあクラス順位は当然のように最下位だけども」


「うぅ。最悪のネタバレですよ、先生」


「どうせ数十秒の違いだろ?」


 相変わらず会話は聞こえない。桜木先生、きっと声量を意識してるんだろうな。


 しかしまあ、薄らと内容は予想はできる。なにせ、中山さんがあそこまで露骨に分かりやすい表情をしてくれているからな。


(やっぱり、芳しくなかったのか?)


 俺や三葉、雨宮が赤点を取る分にはまだいい。俺たちは帰宅部だし、補修によって奪われるのは元々ただの自由時間だったものだからな。


 だが、中山さんは違う。彼女の場合、奪われるのは″部活″の時間だ。


 推薦で入学するほどの実力者で、そのうえ何より心の底から陸上そのものを愛している中山さんがそれをできなくなり、その分の時間で勉強を強要される。そのストレスは、測りきれないものになるはずだ。


 だから中山さんも、できることなら全教科赤点回避を無事に達成してほしいものだが……


「殺すなら、殺してください……」


「お、大袈裟だなオイ」


「陸上ができなくなるのは、私にとって死ぬことと同義ですから」


「だから大袈裟だって! というか私がいつ、お前が陸上できなくなるなんて言ったよ?」


「……へ?」


 今にも泣き出しそうなほどに悲壮感漂う顔で下を向いていた中山さんの顔が、先生の言葉によって。ゆっくりと上がる。


「お前は問題児だ。今回のクラス順位も当然のように最下位。だけどな、崖っぷちで踏み止まったよ」


「っ!? そ、それって!?」


「言っとくけど、マジで崖っぷちだからな!! 絶っっっっ対調子乗んなよ!?」


「〜〜〜っ!!」


 中山澪


 国語:四十三点

 数学:四十点

 英語:四十一点

 理科:四十二点

 社会:四十五点

 総合:二百十一点

 クラス順位:三十位


 改めて言うが、この学校における赤点が指す点数は四十点″未満″。即ち、四十点まではセーフなのである。


 だから本当に……本当にギリギリだけれど。


「やっっっっったぁぁぁぁぁあッッッッ!!!!」


 これで、晴れて全員。赤点回避となったのだった。


「はは、アイツ本当に全教科赤点回避しやがったのかよ。しぶとい奴め」


「んなこと言って。本当は嬉しいんじゃないのか?」


「馬鹿言え。中山が泣き叫ぶところ見れなくて残念だよ、俺は」


 全く。素直じゃないな。


 コイツ、ついさっきまでめちゃくちゃ緊張した面持ちで中山さんの反応を伺ってたくせに。安堵した途端これか。


 まあでも、雨宮はそうやって平静を装えてもだな。どうやら″あっち″はそうはいかないらしい。


「あ〜ま〜み〜や〜〜っ!!」


「うぇっ!? ちょ、はぁっ!?」


「えへへ、見てこれ! 雨宮のおかげだよ? ありがとぉ……っ!!」


「やめ、離れっーーーー近いッッ!!」


 ぎゅぅぅうっ。


 中山さんから目を離し、背を向けたその刹那。雨宮の身体を襲ったのは、三葉も顔負けの熱すぎる抱擁だった。


 よほど嬉しかったのか。そして、感謝の気持ちが溢れ出て止まらなかったのか。その様はまるでイチャイチャ全開のカップルのよう。


「駿! 佐渡さん! このバカなんとかしてくれ! 無駄に力強くて振り解けねぇ!!」


「ふっ、俺にはそんな野暮なことできないっすよ。ねえ、三葉さん?」


「ん。ちゃんと受け止めてあげるべき」


「んぬぁあっ!?」


 あらあらあら。雨宮のやつ、すっかり顔真っ赤にしちゃってまあ。


 こんなに取り乱しているところは相当レアだ。それに普段すましてる奴ほど、こういう画は面白い。


 当然、止めるはずがないよなぁ。


「クソッ、覚えてろよ! 生暖かい視線送ってきやがってぇぇぇえっ!!!」


「( ◠‿◠ )」

「( ◠‿◠ )」


 ちなみに余談だが。この一件で、元々怪しまれていた二人の関係性における噂は、更に尾ひれが付いて広がっていくこととなる。



 そして二人がそのことを知るのはーーーーもう少し、先の話だ。

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