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第116話 テスト返し1

「えー、ではこれより、全五教科分のテスト結果を返却する。各々、先ほど配った模範解答と照らし合わせて訂正があるか確認するように。言っとくけど不正したら全教科ゼロ点にするからなー」


 ついに、この日がやってきた。


 テストを実施した翌週、月曜日の朝。相変わらず気だるげな桜木先生が大荷物で教室に入ってくると、五教科分の模範解答が配られて。そのまま流れるようにテスト返しが始まろうとしていた。


「き、緊張してきた」


「へえ、佐渡さんでも緊張とかするんだな」


「私のこと、なんだと思ってるの……」


「まあまあ、そう気負わずにさ。佐渡さんと駿はこの前一緒に勉強会した時の感じだと全然大丈夫そうだったろ。あのバカじゃないんだしさ」


「バカて……。相変わらず中山さんに対しては酷い言いようだな」


 まあ口ではこう言いつつも、結構しっかりと面倒を見ていたようだけれど。まさか照れ隠し的なあれで言っていたり……はないか、流石に。


 しかし雨宮の肩を持つわけではないが、事実として。やはり俺たち四人の中で一番心配なのはやはり、中山さんだ。


 頑張っていたのは知っている。雨宮から直接教えてもらい、その持ち前の猪突猛進ぶりからぐんぐんと急成長していったことも。


 とはいえ、だ。俺たちがどうこうというより、他でもないあの人自身があんな様子だからな。


「せ、先生! 澪ちゃんが顔真っ青です! とても人前でお出ししちゃいけない顔してます!!」


「よぉーし、それじゃあきびきび行こう。五教科まとめて渡すからなー」


「うぷっ……ひ、人の心ぉ……」


 顔は文字通り真っ青になり、いつもの元気ハツラツぶりはどこへやら。体調が悪そうな彼女は、左手で口元を覆っていて。今にも胃の中身を全てひっくり返しそうなほどである。


 だが、既に人の心を捨て去っている桜木先生にはもはや気にする気持ちすら無いらしく。出席番号一番の雨宮から順番に、教卓へと呼び出しを進めた。


「うぇ、雨宮お前マジか。そういう系か」


「あの、先生? 普通担任クラスの生徒のテスト用紙見てそんな感想になりますかね。なんすかそういう系って」


「気に食わん奴に気に食わんって顔して何が悪いんだよ。ほら、とっとと持ってけ」


「うへぇ〜」


 雨宮雄介


 国語:八十七点

 数学:八十二点

 英語:八十三点

 社会:九十三点

 理科:八十九点

 総合:四百三十四点

 クラス順位:四位


 桜木先生から分かりやすく嫌な顔をされながらテスト用紙を受け取った雨宮は、そそくさと自分の席に戻って。面倒くさそうにしながら、模範解答と自分の解答用紙を照らし合わせ始める。


(コイツ、マジで……)


 分かっていた。分かっていたことだが。改めてその結果を目の当たりにし、俺の中にも桜木先生と同じ感想が浮かんだ。


「ぶん殴りたくなるくらいムカつきますね、アイツ」


「お、分かるか市川。教師の体罰が認められなくなった時代が憎いよ。悪いがお前から代わりにやっといてくれ」


「ええ、喜んで」


 きっと雨宮の勉強時間は俺や三葉より、圧倒的に少ない。


 それだというのになんだあの高水準な点数は。これだから才能マンは嫌いなんだ。しかもよりによってあんなチャラついたやつがそれを持ってるだなんて。なんかこう、やっぱりムカつく。


「まああれだ。点数だけならアイツは今回クラス四位だったけどな。私はお前みたいな奴の方が好きだぞ。普段から素行も良くて、分かりやすく努力で勝ち取った点数って感じで」


「……褒め言葉として受け取っておきます」


 市川駿


 国語:九十点

 数学:六十七点

 英語:七十二点

 社会:八十一点

 理科:六十四点

 総合:三百六十四点

 クラス順位:十一位


 なんというか、うん。俺なりに精一杯努力はしたし、それなりに悔いも無い結果なのだが。やっぱりこう、パッとしない。


 まああれだな。中の上ってやつだ。全教科平均点は超えているし、クラス順位も真ん中よりは上。決して悪い結果じゃない。ただ、この前の席の奴と比べるとめちゃくちゃ低く見えるだけで。


「お、駿もそれなりに高いなー。よかったよかった」


「″も″って言うな。お前、自分の点数の高さ分かってないのか? それのどこがそれなりなんだよ」


「まあまあ、細かいことは気になさんな。いいじゃねえか、とりあえず二人とも赤点じゃないんだし。これでまたしばらくの平穏が手に入ったんだからさ!」


「はぁ……それはまあ、そうだけどさ」


 なんだろう。お前が言うなという感想しか出てこない。


 なにが赤点じゃないんだし、だ。お前に関しては端からそんな心配無かっただろうに。


 やっぱりコイツに関してはどう考えてもキャラ詐欺が過ぎるだろう。少なくともうちの彼女さんよりもよっぽど赤点が似合うはずなのに。これじゃあ補修に苦しむ姿どころか、悔しそうな面を拝むことすら難しそうだ。結局のところ俺は一教科ですら、コイツに勝てていないわけだしな。


「流石私の彼氏さん。点数、高い」


「佐渡さん佐渡さん。俺のも高いよ?」


「しゅー君はプラスでかっこよさポイントもあるから。あなたより上」


「そんなぁっ!?」


 しかし、そんなことは一旦置いておいて、だ。


 問題はここから。いよいよ、三葉と中山さんのテストが返ってくる。


「次、佐渡来ーい」


「っ! は、はい」


 三葉の努力の遍歴を、俺は誰よりも近くで。そして誰よりも長く、見てきた。



 だから、願わくは。その努力が結実されることを、祈るばかりだ。

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