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第115話 彼女さんの武勇伝

「……」


 ベッドに寝転がり、適当に動画を見たり漫画を読んだりしながら。落ち着かない心を紛らわせる。


「アイツ、ちゃんとやれてんのかねぇ」


 時刻は二十時を過ぎて少し。今頃、三葉はおじさんとおばさん相手に奮闘している頃だろうか。


 門限を伸ばす。そのハードルがどれだけのものかは、容易に想像がつく。


 だからきっと、話し合いはそう簡単にはいっていないはずだ。できることなら門限延長を勝ち取ってきてほしいもんだが……。こればかりはもう、三葉の力量を信じるしかない。


「っ! 噂をすれば」


 なんて。そんなことを考えていると。枕元に置いていたスマホがバイブする。


 電話の主は言わずもがな。俺はもはや相手の名前を確認することすらなく、通話開始ボタンを押した。


「お疲れさん。話し合い、終わったのか?」


『ん! ついさっき終わったところ!』


 三葉の声色はーーーー明るい。


 いやまあ、あまり三葉と関わりの無いような奴らからすれば本当に微々たる変化かもしれないが。


 俺には分かる。どうやら、そういうことらしい。


「成功したみたいで何よりだよ」


『えへへ、分かるの?』


「何年お前と一緒にいると思ってんだ」


『っ! そ、その台詞、かっこいい……』


「うるせえうるせえ。照れるからやめろ」


 我ながら、小っ恥ずかしい台詞を吐いてしまったという自覚はあるのだ。頼むから追い打ちするのは本当にやめていただきたい。


「それにしても本当に上手くいくとはな。どうやったんだ?」


『ふふんっ。彼女さんの武勇伝、聞きたい?』


「是非とも」


 武勇伝、か。大袈裟だろ、なんてツッコんでやろうかとも思ったが。実際のところそれが誇張でもなんでもないのだろうと分かっていたからな。大人しくノることにした。


 そして俺はそこから数分にかけて、彼女さんの戦いの記憶ーーーーまさしく武勇伝を聞いた。


(やっぱり、大変だったんだな……)


 彼女さんの口から赤裸々に語られたのは、約一時間に渡って続いた家族会議で繰り広げられ続けた攻防戦の数々。勝者の余裕があるからだろうか。それはそれは鮮明に聞かせてくれた。


 ただ、恐らく話の終盤であろうところに差し掛かったところで。三葉は一瞬口ごもってから、言う。


『それでね。最後にママから、二つ約束してほしいことがあるって言われた。それを承諾しないと、認めないって』


「約束……?」


『ん』


 約束、か。一体なんだろう。


 ここまでの話を聞いた感じ、やはりおじさん関連の何かの可能性が高いように思えるが。


 なにせ、ここまでで三葉の門限延長に賛成してくれたのはおばさんだけだ。延長の対象を俺の家のみに絞ったところで、やはりまだおじさんには認めてはもらえていなかったようだし。


 となれば交渉は完全に成功したとは言い難い。必然的におじさんを納得させる″最後の一押し″ってやつを用意する必要が出てくる。


 だからこそのーーーー


『一つ目は、彼氏さんが既に想定してた″あれ″。これはできれば使わないで済んで欲しかったけど、仕方ない』


「……テストの点数、か?」


『大正解。ひとまずは赤点を取らないようにって』


 三葉の門限を伸ばす。そのための交渉材料として、俺が真っ先に思い浮かんだもの。それがこの、「テストの点数」だった。


 やはり言われてしまったか。どうやら三葉自身、できる限りこれは使わずになんとかしようと頑張っていたみたいだが、そうもいかなかったらしいな。


 何かを頑張ったその対価として、ご褒美をあげる。きっとおばさんはその一連の流れを作ることで、おじさんに少しでも納得してもらおうとしたのだろう。事実、三葉の中学での成績はやはりとてもじゃないが良いとは言い難いものだったからな。それが勉強を疎かにせず、それどころかしっかり成績を上昇させたとなれば。おじさんも、やはり反対はしづらくなることだろう。


 ただ、やはりそれは三葉にとって一種の負担になる。さっきも言っていた通り、カードとして使わずに済めばそれにこしたことはなかったのだけどな。


 まあでも、条件が赤点回避ならまだどうとでもなりそうだ。少なくとも今回は大丈夫だろうし、これからもしっかりと面倒は見させてもらうつもりだからな。彼氏さんとして、そして……専属の先生として。


「んで、二つ目は?」


『晩ご飯は基本的にお家で取ること、だって。だから門限自体は十時まで伸びてるけど、ご飯を食べに一度帰らなきゃいけない』


「なんだ、そんなことかよ」


『むぅ。反対したかったけど、できなかった。おばさんにも迷惑かけちゃうからって」


『はは、母さんは絶対そんなこと思わないだろうけどな。まあでも、仕方ないか』


 夜ご飯、か。考えていなかったが、確かにそうだな。毎日毎日俺の家で取るってのは、おじさんおばさんからすれば到底許可できない話だ。


 それは単に三葉の親としてってのもそうだし、あとはやはり家族団欒の時間を減らしたくないという思いも含まれているのだろう。


 特におじさんなんかは、仕事があるからどう頑張っても夜ご飯くらいしか三葉と一緒に食事できる時間は無いはずだからな。とても貴重な時間と捉えているに違いない。


 そして、裏を返せば。門限を伸ばしてもその時間は失わずに済むと分かれば、納得するハードルはかなり下がる。最後の最後でこれを持ってくるあたり、やはりおばさんはおじさんのことをよく理解しているな。


「何はともあれ、よかったんじゃないか? 色々と条件はついてるけど、これでもっともっとニンモンできるぞ」


『ん。彼氏さんとのイチャイチャも……これまで以上にいっぱいできる』


「っ!? お、お手柔らかにな」


『? できると思う?』


「……覚悟はしておきます」


 どうやら、イチャイチャへの手加減は期待するだけ無駄らしい。



 ごろごろイチャイチャなんてとんでもない武器まで装備させてしまったからな。本当……色々と、今後が心配だ。

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