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第114話 落としどころ

(駿君のお家限定で、ねぇ……)


 娘からは期待の眼差しを。夫からは助けを求めるような眼差しを。それぞれ同時に両方向から、自分の頬にビームかのように突き刺してくるのを感じながら。二葉は一人、頭を悩ませる。


 ここからは更に自分の一言一言がこの会議において大きな発言になる。そのことが分かっていたからこその長考だった。


(駄目って言おうと思えば理由くらいいくらでも付けられるんだけど。それは理不尽よね、やっぱり)


 猛と同じように、二葉もまた。そのうち三葉から今の門限に対して反発意見が出ることの察しはついていた。


 それでもこちらからは何もせず言われるまでそのままにしていたのは、猛の真の気持ちを理解していたから。そしてそれと同じような気持ちを、自分自身も抱えていたから。


 三葉といられる時間をこれ以上減らしたくない。そんな気持ちは夫婦共通のものなのだ。だからそれこそ、例えば駿の家に迷惑をかけることになるから等々適当な理由をつけ、半分無理やりのような形になったとしても今の門限を貫くというのも、頭の片隅に考えとして無かったわけじゃない。


 けど、やっぱりそれは親としてどうなのかと思う気持ちがあるのも事実で。あの三葉が妥協をしてまでも大好きな駿君と少しでも一緒にいるために出した折衷案を無碍にすることは、やはりできそうにない。


「ママ……?」


 チラリ、と横を見て。三葉と目を合わせ、すぐに逸らす。


 次の瞬間、すぐに頭の中に浮かんだのは駿の顔。三葉と駿がーーーー


「〜〜っ!?」


「ど、どうしたママ!? なんで急に顔が真っ赤に!?」


「へっ? い、いやなんでもないわよ!? ほんと、変なこととか思い出してないから!!」


 二葉はもう、目撃してしまっている。


 三葉と駿がーーーーベッドで″致している″光景を。


 と言ってもまあ、それ自体は誤解で、実際のところは同衾していただけなんだけれども。当然そんなことを知る由もない二葉は、無意識に布団の中の二人の景色をむっつり頭の妄想で勝手に着色してしまって。思わず脳をショートさせ、頭の上から湯気を立て上らせた。


(そ、そうよね。お、おおお盛んな高校生だもの。彼氏さんの部屋でそういうこと、したいわよね……っ!)


 全くの誤解。本来されても何も良い事のない、というより三葉にとっては悪い事しか起こりそうもないそれが、奇跡的に。二葉の母親心を刺激し、運を呼び込み始める。


「ふぅ。ごめんなさい、取り乱したわ。けどもう大丈夫」


「大丈夫? どういう事だ、ママ」


「私の中では結論が出たってこと」


「っ!? どっち!!」


「そう焦らないで? ちゃんと言うから」


 一度、小さく深呼吸をして。二葉はそう言うと、改めて三葉の方に向き直る。


 思えば、この結末は必然だったのかもしれない。


 どちらかが正解で、どちらかが間違いで、なんて。そういうことを言いたいんじゃないけれど。


「私は、門限を伸ばすことに賛成よ。勿論さっき言ってた条件は込みで、だけどね」


「なっ……!?」


 最後に二葉の心を賛成派に傾かせた理由は、二つ。


 一つは、三葉の訴えに正当性を感じたこと。やっぱり高校生で門限七時は早いと思うし、それにずっと一緒にいたいと思う親心は、どうしたって二人のワガママでしかなくて。


「なんでだ!? 三葉が心配じゃないのか!?」


「心配だけど、それ以上に信頼してるもの。三葉のことも……駿君のことも、ね」


 それに、三葉の普段の素行の良さを考えれば。それくらい、してあげて当然だと思ったのだ。


 そして二つ目。これはやはり、駿という存在がいること。


 三葉の彼氏として、彼ほどに二葉にとって信頼できる男子は他にいない。その度合いと言えば三葉の提示してきた条件が″駿の部屋に限って″ではなく、″外にいる時は常に駿と一緒にいること″だったとしても賛成していたかもしれないと思えるほどのレベルだ。


 だから、愛する娘と″そういうこと″をしていたとしても、彼ならばと。それを邪魔する気も、反対する気もない。というよりむしろ夜なら、外に出るよりそうして駿の部屋でイチャイチャしてくれていた方が親としても安心できる。


「ありがとママ! これでしゅー君ともっともっとイチャイチャできる!!」


「ふふっ、そうね。でもね三葉。賛成とは言ったけど、それにあたって約束してほしいことがあるの」


「……?」


 ただ、これはあくまで二葉自身の意見。決して、猛との二人の総意ではない。


 だから百パーセントそうはならなくとも、せめて渋々納得してもらえるくらいには……いや、それは押し付けか。


 結局のところ、二葉自身もまだ、完全に親としてのワガママを捨てきれていないのだ。


 門限を伸ばすことに賛成する意思は変わらない。けれど、せめて少しくらいは、と。このタイミングで約束なんて言葉を行使する自分はズルい大人だと自覚しつつも、言葉を続ける。


「それを守れないならこの話は無し。パパも。このまま真正面から反対ばかりしてても平行線だし、できればそれで納得してあげてほしいの。どう?」


「……まあ、内容次第では」


「ありがと。それじゃあ話すわね」


 どちらにせよ、どちらかの要求のみが百パーセント通るなんてことはあり得ない。そもそもそれができるのなら、こんな会議など必要無いのだから。


 けど、これが最後。ここを落としどころにするのが最も、全員にとって″納得できる″結論になると信じて。


「約束っていうのはーーーー」



 その内容を、語った。

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