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第112話 感情論

(むぅ。なんとしてもママを味方につけないと……)


(ふはははっ! 俺にはママがついてる! こりゃ勝ったな!!)


 二葉を味方につける。そんな勝利条件にこれまでの経験から既に気づいている二人は、各々そんな心中で。三葉は若干の不利を感じてあれかこれかとプランを模索し、猛はもう勝った気になって心の中で高笑いしながらグラタンを頬張る。


 だが忘れてはいけないのは、あくまでまだ家族会議は始まったばかりだということ。現状はまだ、二葉の心はどちらにも傾いてはいない。


 そして、そんな二葉から。円滑な話し合いをするため、話題が振られていく。


「さて、とりあえず三葉は門限を伸ばしたいみたいだけど。具体的に何時までにしてほしいの?」


「十時!」


「十時!? おま、三時間も伸ばしたいのか!?」


「三時間もっていうか……高校生ならこれくらい普通! 元々が短か過ぎるだけ!」


「ふぅん。十時、ねぇ……」


 十時。即ち午後の二十二時。三葉が具体的にこの時間を示したのには、理由がある。


「それって、要するにこの街の条例で設定されてる時間帯に門限を合わせたいってこと?」


「ん!!」


 三葉たちの住むこの街には、高校生、およびに十八歳未満の未成年に対して、外出を制限する条例が敷かれている。


 まあ小難しい内容は省いて簡単に説明すると、その対象にあたる者は夜の十時以降、外にいたりお店にいたりすると警察からの補導を受ける羽目になるのである。


 もうお分かりだろう。三葉が要求を夜の十時とした理由は。


 この条例が敷かれているということは即ち、少なくともこの街では高校生が出歩く時間の上限としては夜の十時までが″適正″であると。そう、お偉いさんたちが判断しているということだ。


 つまり、裏を返せばこの街の一般的基準において、高校生は夜の十時までなら外にいても問題無いということになる。門限の交渉をするうえで上限の時間として設けるには、まさにこれ以上ないだろう。


「まあ、三葉の意見はもっともかもしれないわねぇ。多分よそのお家もその時間に門限を設定しているところは多いだろうし?」


「ならーーーー」


「けど、だからって二つ返事でOKは出せないわぁ。ほらよく言うでしょ? よそはよそ、うちはうちって」


「ほっ……」


「んぅ。今のはいけそうな流れだったのに」


 とはいえ、だ。それだけで決め手になる程、二葉は甘くない。


 もしかしたら、なんて。話の流れから十時までの延長の許可が降りるのではないかと期待してしまった三葉は、そうして首を横に振られ、小さくむくれる。


 反対に、猛の方は安堵の息を吐いていた。三葉同様、その気配を感じ取って焦らされたからである。


「ただ、ダメって頭ごなしに否定できないのも事実ね〜。周りの高校生が十時まで街を出歩けるのは本当のことだし。少なからずうちの門限のせいで窮屈な思いをさせちゃってるのもまた事実だもの」


「なっ!?」


「ふふん、流石ママ。パパと違って話が分かる」


 条例の話は決め手にはならない。だが、決して無意味ではない。


 何故なら、それには一定の″論理″があるからだ。少なくとも感情論一辺倒の意見でないだけで、この会議においては充分に強力な武器になり得る。ただでさえ、戦う相手が……


(嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ! もし門限が伸びたら三葉と触れ合える時間が短くなってしまう! ただでさえ今でも仕事帰りにまだ帰ってきてない時がほとんどで寂しいってのに……っ!!)


 戦う相手ーーーー猛が、感情論全開なのだから。


 猛が門限延長を反対する理由。それは、高校生になったとはいえ未だか弱い女の子である娘を、危険な夜の街で出歩かせたくないから。……と、口では言っているが。


 実際のところ、それは表向きの理由だ。まあ当然その気持ちが嘘なわけではないし、それはそれで確かに本当のことなんだけれど。


 猛にはもう一つ。こちらが本音と言っても差し支えないほどに強く、しかしそれでいて決して娘の前では言えない感情がある。


 それを一言で表すならズバリ、″寂しい″だ。


 子供というのは歳をとるたびに親と過ごす時間が減っていくもの。そう、頭では理解していても。その子供のことが好きであればあるほどそれを寂しいと感じてしまうのは、親の性というやつだ。


 であるならば。猛がその状態に陥るのは最早既定路線なわけで。当然の如く、胸の内にその感情を抱えることとなった。


(けど、こんなこと言えるわけない。父親としての威厳もあるし、やっぱりなんとしても表向きの理由だけでゴリ押さねば……)


 そして面倒なことに。父親というやつは、そういった気持ちを素直には吐き出せない。


 これ以上一緒にいられる時間が減ったら寂しいから、なんて。未だ威厳というやつを気にしている猛には、口にできるはずがなく。


「どうしよっか、パパ?」


「……駄目だ」


「なんで!?」


「いいか、三葉は女の子なんだ。条例とやらでは許されてても、他の誰でもないパパが! 大切な娘を危険な夜の街で歩かせるなんてことしたくないんだよ!!」


「っ……」


 だからこうして、裏の気持ちを隠して声を荒げることしかできない。



 そしてこの発言が……この家族会議の行く末を大きく左右する、キーとなっていく。

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