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第111話 家族会議

 佐渡家で定期的に行われる家族会議。その議題内容は多岐に渡る。


 三葉のお小遣いの金額設定、門限審議、受験校の決定等々。これまでも、数ヶ月に一度ほどのペースで何か重要な決め事をする必要がある時にこの会議は行われてきた。


 そして今日。もはや何度目か分からないそれが、このリビングで開催されようとしていた。


「ふふっ、今日はグラタン作ったのよぉ。パパ、大好物でしょ?」


「あ、ああ。そうだな。美味そうだ」


「ん、お茶もどうぞ」


「……」


 とぽとぽとぽっ。まるで部下が上司にお酒を注ぐかのように。三葉によって、猛の手に持つコップの中身が烏龍茶で埋まっていく。


 普段であれば絶対にありえない待遇。その裏に下心の一つも無ければ、涙を流して喜ぶことができたであろうそのおもてなしに。猛は何様にも形容し難い表情で、一口。お茶を啜った。


 その理由はもはや明確。この行動がこれから始まる家族会議を有利に進めようとせんがためのものであると、気付かされてしまったからである。


「いただきます」


 しかし、それはそれ。これはこれだ。


 今目の前に晩ご飯として並べられているのは、大好物であるグラタン。しかも娘と同様に世界一愛している嫁の手作りときた。これを味合わないのは無作法というもの。


 猛は悩む気持ちを押し殺して。ひとまずお風呂でしっかりと仕事の疲れが癒やされたその身体でスプーンを手に取り、二人からの集中的な視線を浴びながら。グラタンを掬った。


「どう? ちゃんと美味しくできてる?」


「〜〜っ! んまぃ……」


「よかった♡ いっぱいあるから心ゆくまで楽しんでね」


 口に入れた途端広がったのは、焼けたチーズの香ばしい風味とマカロニの食感。そして、隠し味でありながら全く隠れることなく確かにその存在を主張する、じゃがいものホクホク。


 そのどれもが、猛を想い猛のために作ったのだという愛の証明となって。身体の更に奥の奥の、心までも。じんわりと癒していく。


「じゃあそろそろ本題。始めよ、家族会議」


「あ、はい」


 だが、そんなずっと続けばいいのにと思えるほどの癒しを味わい続けることなど、できるはずもなく。


 一切表情を変えず、すました顔で。三葉の口から無慈悲に、家族会議スタートのゴングが鳴る。


(俺の、晩ご飯タイム……)


 あわよくば。もしかしたら、と。密かに猛が胸に抱いていた「自分が晩ご飯を食べ終えるまで会議のスタートは待ってくれるのではないか」なんて希望は簡単にぶち砕かれた。次いですぐに告げられたのは、今回の家族会議における議題の内容である。


「単刀直入にお願い。パパ、私の門限伸ばして」


「門限?」


「ん! やっぱり高校生にもなって夜の七時までは短すぎる!」


 今回取り上げられる議題。それは、三葉の短い門限について。


 ーーーー猛にとって、最も嫌な内容だ。


(いつかは言い出すと思ったが。思いの外早かったな……)


 当然、三葉の門限が他の一般的な高校生よりも早いということは、猛も、そして二葉も。重々承知している。


 だから、いつかは必ずこうして不満を口に出されるだろうと予想はしていたのだ。


 しかし想定外だったのは、それが思いの外早かったこと。まさか高校に入学してたったの一ヶ月半程度で恒常的な門限の延長を申し込まれるとは、到底思っていなかったというわけだ。


「門限なら必要に応じてその都度伸ばしてやってるじゃないか。それじゃ駄目なのか?」


「伸ばしてやってるって……しゅー君と遠出デートする日もこの間までのテスト期間もパパ、門限の延長には賛成してくれなかった! ママにも説得してもらってやっとだった!!」


「そ、それでも結果的には伸ばしてやったんだから一緒だろ!?」


「毎回説得しなきゃいけないの面倒臭い!!」


「め、面倒、くさ……っ!?」


 グサッ。猛の心に、三葉によって形成された言葉の刃が突き刺さる。


 面倒臭い。愛する娘からそんなことを言われて傷つかない父親などいないだろう。もちろん、猛も例外ではなかった。


 そして、そんな傷心中の傷口を抉るかのように。勢いそのまま、三葉は猛攻を続ける。


「ね、ママも短いと思うでしょ!」


「まあねぇ〜。けど、パパもママも何も意地悪でそうしてるんじゃないのよ? それは分かってる?」


「それは。分かってる、けど……」


「そ、そそそうだぞ。俺たちは三葉のことが心配で言ってるんだ!」


 ただ、幸いにも。猛は一人ではなかった。


 たとえ娘に嫌われることになっても、絶対に守護る。その精神の下で動いているのは猛だけではない。


 実の母である、二葉もまた。掲げる信念は同じなのだ。


(ママぁ……っ!)


(ふふっ、大丈夫よパパ。あなたがちゃんと立派にパパをやろうとしてるってことは、ちゃんと分かってるもの)


 そう。この家族会議、一見すると二葉が三葉の味方になることによって二対一の構図に仕上がりそうなものだが。実際はそうではない。


 しかし、かと言って二葉が猛の味方をし、逆の二対一を作り上げるのかと言われるとーーーー答えは否だ。


「でも、やっぱり七時はやり過ぎ! 心配してくれるのは嬉しいけど、私はもう高校生! そんなに過保護になる必要無い!!」


「ぬぐっ。こ、高校生だってまだまだ子供だろう!」


「ふふっ、まあまあ。そう熱くならないで? そこらへんもちゃんと話し合いましょ。そのための、家族会議だもの」


 この家族会議は実質的に、三葉と猛が対立し、そしてそれを二葉が仲介することで成り立っている。


 即ち、二葉の役割はバランサー。どちらの味方でもあり、どちらの敵でもある存在。つまり彼女を味方につけた方が、実質的に勝利権を得る。



 これはーーーーそういう戦いなのだ。

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