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第109話 新しい扉

 テストが終了して、数日。


 勉強漬けの日々から無事にいつも通りの日常へと戻った俺たちは、これまでのように。俺の部屋にて放課後から門限までの時間を一緒に過ごしていた。


「んん〜っ! 二人目の幹部、倒したぁ……!」


「お疲れさん。っと……もうこんな時間か」


 俺の脚の上で大きくのびをする三葉を横目に、掛け時計で時刻を確認すると。針が指し示していたのは六時五十分。門限十分前である。


「一緒にちょっと休憩、する? ごろごろイチャイチャなら私はいつでも大歓迎♡」


「そうできればよかったんだけどなぁ。生憎もうぼちぼち時間だ」


「っ!? もう!?」


「ほんと、楽しい時間はあっという間だよなぁ」


 もうお気づきの人もいるだろう。


 そう、門限が元に戻ったのである。まああれは元々テスト期間中だけって約束だったからな。宣言通り、テストが終わった次の日からはまた夜の門限が七時までに逆戻りしてしまった。


「むぅ。なら、ニンモンもここまで?」


「だな。ちょうどキリいいし」


 カチャッ、カチャカチャッ。後ろから三葉の握っているコントローラーのボタンをいくつか押し、メニュー画面を開いて。セーブを選択する。


 そして、僅かな時間のロード時間を待って。やがてそれが完了すると、ゲームの電源を落としたのだった。


「やっぱり門限、短い。もっとしゅー君と一緒にいたいのに……」


 う゛っ。な、中々に嬉しいことを言ってくれるじゃないか。


 だが、そんな顔でしゅんとされたところで。俺にはどうすることもできない。こればっかりは本当、どうにもな。


 なにせ、門限ってのは各家庭ごとの問題だ。たとえ家族間の交流が深く、かつ俺が三葉の幼なじみだからと言っても。そうそう簡単に踏み込めるものじゃない。


 まあそれを決めているのがおばさんなら、あるいは。交渉の余地くらいはあるかもしれないんだけどな。相手がおじさんとなると……中々そうもいかないのが現実だ。


「ねえしゅー君。なんとかパパに門限を伸ばしてもらえるようにするアイデアとか、ない?」


「アイデア……ねぇ」


 しかし、実際にできるかどうかとしてほしいと思うかどうかは別の話で。


 遠出デートの時のような一日限りならともかく、俺たちは約一週間半もの長い間門限を二時間延長されたことによって、それに軽く慣れてしまった。そのせいでただ元に戻っただけだとわかっていても正直、削られた二時間という映画一本見終えられるほどの長い時間に未練たらたらなのである。


(どうしたもんかな……)


 三葉の普段の門限は午後七時。たしかそれは、中学の時からそうだった。


 って、あれ? 思えばその前、小学生だった時は五時までだったような。


 つまり、小学校から中学校に上がった時は門限が二時間伸びたが、高校に入った時はそうではなかったということか。


 午後七時。中学生ならともかく、高校生には三葉でなくとも早いと感じる門限かもしれないな。なら、そのことを率直に伝えて、もう高校生なのだからと訴えかければ……ああいや、駄目だな。それくらいじゃ成功するビジョンは浮かばない。


 やはり相手が強敵なだけに、な。例えばこれが娘への束縛とか、嫌がらせ的な意味合いでの時間設定ならまだ反対のしようがあるし、俺だって多少は介入できたかもしれないけれど。


 おじさんは、心の底から三葉のことを愛し、心配しているからこそ。反発されると分かっていてもそれすら覚悟して、この門限を貫いているのだろう。


 聞いた話によると、この間の遠出デートの際だって特別に門限を伸ばしてもらうのに相当手間どったらしいしな。やはりそれなりのことをしないと、恒常的な門限延長なんて聞き入れてもらえないと思う。


 それなりの……まさに、おじさんの方から仕方ないと言わせられるほどの、か。そんなアイデア、そう都合よくは……


「……あっ」


「なにか思いついたの!?」


「ああ、いや。思いついたというか。一応交渉材料があるにはあったというか」


「教えて彼氏さん!」


「お、おう。近い近い」


 ピコンッ、と。その小さな頭の上に勢いよくびっくりマークを出現させながら。三葉はそう言って、ぐいぐい距離を詰めてくる。


 本当に、近い。ただでさえ平気なフリこそしていても、まだこの間のごろごろイチャイチャの持続ダメージを喰らい続けているというのに。そこに追撃ドキドキダメージなんて勘弁してくれ。


 なんて。まあそんなの、この彼女さんには素直に言っても聞き入れてもらえないだろうが。


「ねえねえ、早くっ!」


「分かったよ。交渉材料ってのはだな……」


 ちょいちょいっ、と。耳を貸すようジェスチャーして。そっと、耳打ちをする。


 もしかしたらおじさんに通じるかもしれない交渉材料。唯一浮かんだのは、これだけだ。


「ーーーーってのは、どうだ?」


「彼氏さんってもしかして……天才?」


「ふっ、褒めても何も出ないぞ」


 そして俺にできるのは、ここまで。


 三葉の門限を伸ばして欲しい、なんて。伸ばした後でずっと一緒に過ごすであろう相手である俺が言ったら逆効果かもしれないからな。交渉をするのはやはり、三葉本人でないと。


「そうと決まれば早速今日! パパと交渉してみる!」


「おっ、頑張れよ。陰ながら応援してるぞ」


「え、えへへ。ならもう一回言って? 頑張れって、耳元で……」


「ん?」


「さ、さっきの耳打ち、ゾクゾクッて。嬉ションしそうになるくらい、気持ち良かったから♡」


「……」


 な、なんか今、三葉の中で新しい扉が開く音がしたような気がするけれど。



 まあ……うん。気のせいだな。気のせいだと思っておこう。

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