ドクンッ。今までよりも、一際大きく。心臓が躍動する。
これまで三葉にどれだけ迫られても、ここまで緊張することはなかった。というか多分、緊張の種類的なものが根本から違うのだろう。
(やっぱり凄いな、三葉は……)
好きな人に告白する。それは、きっと並大抵のことではない。だけどコイツは、平然とそれをしてみせた。しかも俺と違い、相手の気持ちが全く分かっていないのに、だ。
それと比べて、俺はどれだけ弱いのか。三葉が俺のことを大好きなことも、告白を絶対に断ったりしないことも。その両方に確かな確信があるというのに。それでも尚、胸がはち切れそうなくらいの緊張が治らない。
「なあ、三葉」
「どうしたの? 世界一かっこいい彼氏さんっ」
告白。その二文字の重さを痛感しながら。じぃっとこちらを見つめてくる三葉を前に、口ごもる。
この場で告白をし、一瞬にして関係が変わって。そしてその直後に何が起こるのか。それを容易に想像できてしまったからだ。
けど胸を張って言えるのは、その先には必ず”後悔”は無いだろうということ。それだけは、はっきりしている。
「俺は……」
俺にとっての告白と、三葉にとっての告白。それまでの期間と、行う場所。それらへの認識はきっと、全く別物なはずだ。
当然俺にも三葉にも、別々の”理想”があって。俺にとってのそれは、今じゃない。
けど、三葉にとっては今こそがそうだと言うのなら。俺はやっぱり、告白すべきなのだと思う。
ただ勘違いしないでほしい。だからと言って、これは妥協なんかじゃない。
俺が、三葉に望まれたことをしたいと。そう感じたからこそのものなのだ。
なに、タイミングが少し早く、予想外になっただけのことだ。
むしろこれでよかったのかもしれない。だって好きな人と、一秒でも早く本当の恋人関係になれるんだぞ? そう考えるとむしろ、こんな機会をくれて感謝しなきゃいけないくらいかもしれないな。
すぅっ、と。息を吸い、吐く。
吸い込んだ空気は、さっきまで俺をドギマギさせていた元凶の三葉の匂いをとても多く含んでいたけれど。逆に、そのおかげか。不思議と少しだけ気分が楽になるのを感じた。
あとは、ほんの一握りの勇気だけ。口に出せば届くその幸せを掴むために、俺は……
「俺、三葉のことがーーーー」
「ふふっ、なーんて。冗談」
「……え?」
刹那。俺の口から全てを終わらせる、その言葉が溢れ出ようとして。それと同時に、三葉の声が重なる。
そして一世一代の、なんて言葉が過剰ではないくらい、気持ちの籠った言葉だったからこそ。緊急の何かを感じ取った俺の喉は……急ブレーキをかけたのだった。
「ごめんね、彼氏さん。ちょっと揶揄いすぎたかも」
「えっと?」
揶揄い? 今、たしかにそう言ったか?
おそるおそる聞き返すと。むふんっ、と何故か笑みの混じった自慢げな表情を見せながら。三葉は、告げる。
「たしかにしゅー君の匂いに包まれて、おかしくなりそうだったけど。そう簡単に限界になんてならない。普段から我慢を続けて鍛えられてる♡」
「……」
どうやら俺は、早とちりをしてしまったらしい。
三葉に我慢をさせていたのは本当のことだ。多分、今すぐ”シたい”と思ってくれていたことも。
けど、コイツは限界になんてなっていなかった。俺が勝手に勘違いして、勝手に焦ったのだ。
「安心して。しゅー君が私のことを好きになって、本当の恋人さん同士になろうって告白してくれる日まで。ちゃんと、待ってる。この溜まりに溜まった欲望を解放するのは……その後の話だから」
「お、おう。そっか」
もしかして俺は今……とんでもない崖っぷちに立たされていたのか?
あとほんの少し、言い出しが早ければ。あとほんの少し、三葉が言葉を重ねてくるのが遅ければ。俺は、確実に告白をしてしまうところだった。
てっきりもう三葉は色々と限界で、一秒でも早く告白してほしいって。そういう合図を出してきたのだとばかり思っていたのに。
(……やっぱりチョロいんだな、俺は)
騙された。こんな、いとも簡単に。
本当、いつもいつも彼女さんの手のひらの上で転がされてばかりだ。
まあでも……ギリギリで踏みとどまれて本当に良かった。三葉にとっての告白されたいタイミングが今なのだと勘違いしたまま、流されるようになんて。お互いにとってとてもじゃないが最高の告白だなんて言い難いもんな。
三葉は、待ってくれると。そうはっきり宣言してくれたのだ。ならやっぱり、俺は俺のタイミングで。ああ、もちろん遅くなりすぎはよくないから急ぐ気持ちは持ちながらだけれど。最高の瞬間を見つけてしっかりとした告白をしよう。
そう、強く心に誓った。
「ところで、さっきなにか言おうとした?」
「へっ!? い、いや。……ドキドキさせられすぎて何言おうとしたのか思い出せないわ」
「っ! そ、そう? えへへ……」
あ、危ねぇ。今のが今日で一番ドキッとしたかも。まあそんなこと、口が裂けても言えないけれど。
なんか締まらないが、まあともかく。気持ちが漏れ出すスレスレのところで踏みとどまった俺はその後も、大好きな彼女さんとのイチャイチャタイムを布団の中でしばらく過ごして。お昼の二時を過ぎたあたりでようやくお互いのお腹の虫が鳴り止まなくなり、部屋を出ることになるのだが。
「み、三葉!? 駿君!? ほ、ほほ本当にベッドで……はわ、はぁうっ……!!」
その後、何故かおばさんが気まずそうにしながらご馳走を振舞ってくれることはまだ、この時は知る由もない。