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第107話 我慢の限界

「えへへ、そんなに顔に出てた? 私の、しゅー君を大好きな気持ち♡」


「よ、よかった。正解なんだな」


「ん、百点満点。これ以上ない答え」


 正解できてえらい、と。頭をよしよしされ、これはこれで別の恥ずかしさが出てきて。目線を逸らし続ける。


 だが、そんなことを許してくれる彼女さんじゃない。俺が見ていないことをいいことに、やがてその右手は頭から顔へと動いて。撫でるように、頬に触れた。


「なんで恥ずかしがってるの? 正解したのに」


「一切恥ずかしがらずに大好き大好き言えてるお前の方がおかしいんだよぉ……っ!」


「だって、恥ずかしいことじゃないもん。私がしゅー君を大好きなのは本当のことだから」


 ほ、本当とか嘘とか、そういうことじゃないんだけどな。


 そりゃ俺がチキンな臆病者なのは認めるが、反対にコイツはいくらなんでも肝が座り過ぎだ。


 告白の時だってそう。あんな、日常の延長線上みたいなタイミングでいきなり好きを伝えてくるなんて怖いものなしにも程があるだろう。俺なんて、こんなに好意で殴られ続けても未だに言えないでいるってのに。


「本当、私の彼氏さんははずしがり屋さん。私から目を逸らすのは別にいいけど、その間に何されても文句言わないでね」


「っ!?」


 何されても……って。一体、何するつもりなんだ?


 い、いや騙されるな。きっとこれはハッタリだ。そう言えば俺が目を逸らすのをやめるとたかを括っているんだな?


 そうさ、そうとも。いかにも三葉がやりそうなことじゃないか。いくらなんでも俺だってこれだけ一緒にいれば学習する。その手にはひっかからないぞ。


 つつっ、と頬から首元にかけ、ゆっくり指でなぞられてくすぐったい感覚に我を失いそうになりながらも。俺は自分で自分の太ももを強くつねり、上を向き続ける。


 だがどうやら、三葉はそんな俺の姿を見て楽しんでいるようで。小さな衣擦れ音とともに、笑みを漏らしながら。徐々に徐々に、その顔が喉元に近づいていく。


「普段、いっぱい我慢してるから。もう……いい?」


「な、なにがだよ……っ!」


「しゅー君なら分かるはず。彼氏さんのことが大好きな彼女さんが、いつもイチャイチャしながらその先の何を”シたい”と思ってるのか♡」


「っ……そ、それは……」


 ゾクッ。全身に鳥肌が立ち、硬直する。


 分からない……はずがない。


 だって俺は、ただのイチャイチャでもいつもギリギリで。それをすぐに受け入れておかしくならずにいられる自信が無いからこそ、告白できずにいるのだから。


 でも、薄々。というかかなり。俺に残された時間が短いことには、自覚があった。


 俺は、言うなれば三葉に待ってもらっている状態だ。元々はコイツを好きになる、ないしは好きであることをきちんと確認できてから付き合うために。そして今は、毎日のように過剰供給される”好き”に慣れるために。


 つまり三葉は、ずっと悶々とした生活を送っているはずなのだ。恋人(仮)である今の関係からその先の、本物の恋人になれるその日まで。日々のイチャイチャを代わりにして気持ちを抑え込むのにも、当然限度がある。甘えんぼで、イチャイチャ欲が強くて。何よりも俺を大好きでい続けてくれているコイツなら、余計に。


(もしかしてコイツ……本当にもう限界なのか!?)


 その前提を踏まえると。百パーセントハッタリとは、言えなくなってしまう。


 だってそうだろう。思えば元々、いつでも力ずくでなんでもできた三葉が、ここまで一線を越えずに我慢できていること自体とんでもないのだ。


 それが、たった今俺が三葉の匂いに包まれておかしくなりそうになっているように。コイツもまた、同じような状態に陥っているのだとしたら。理性が溶けてついに限界が来てしまってもおかしくない。


「み、三葉さん? 本気、なんですか……?」


「……ふ〜っ♡」


「〜〜〜っ!?」


「えへへ。しゅー君はどう思う? 本気なのか、そうじゃないのか♡」


 思考を回していた刹那。俺を襲ったのはーーーー耳元への、温かい吐息。


 まるで、脳内に何かが侵入したかのような、そんな経験したことのない快感に。俺は思わず身体を跳ねさせ、その拍子に三葉と視線が交錯した。


 本気じゃないと、思いたい。けど、そんな精神的バイアスがかかっていても尚。その瞳の奥を覗けば覗くほど、本気だとしか思えない。


(だとしたら、俺は……)


 受け入れるべき、だよな。


 元より、これは俺のワガママだ。俺が好きを自覚する前ならかともかく、今となっては。慣れるための期間が欲しいから……なんて。俺の臆病に、三葉を付き合わせているだけだ。


 なら、今俺がすべきことは。これ以上、我慢させないことなんじゃないのか?


 もしも、この場で俺の思いを伝えたら。全てが解決するのだろうか。


 三葉に流されることなく、俺が、俺の意志で。しっかりと改まった場所で……とか。そんなことを考えていたけれど。それがコイツにとって我慢する期間の延長でしかないと言うのなら。



 俺は、この気持ちをーーーー

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