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第104話 ごろごろイチャイチャ

「ごろごろ、イチャイチャ……?」


 それは、聞いたことのない単語。


 でも不思議と、その語感から何を求めて言っていることなのかはすぐに分かった。


 多分、というか。ほぼ間違いなく。三葉は……


「それって、一緒にお昼寝しよう……みたいなこと、なのか?」


「えへへ、流石は彼氏さん。大正解♡」


 やっぱりそういうこと、か。


 さっきまではただ俺がこのベッドに寝転がるかどうかってだけの話だったのにな。随分とまあ実行難易度があがったものだ。


 しかしだからこそ、ワガママということなんだろうな。


 一緒にお昼寝。つまり、ここに寝転がるのは俺一人じゃないってことだ。


 三葉と一緒に三葉の布団に包まれて、三葉のベッドの上でするお昼寝。想像するだけで、とんでもない。


 ようやく、三葉のいい匂いが充満しているこの空気にも少しずつ慣れてきていたところだったんだけどな。それを全て無に帰すような、文字通りの″三葉づくし″だなんて。本当に悪い奴だ。


「でもこれは、あくまで私のワガママにすぎないから。強要はしない。けどーーーー」


「けど?」


 ああ、駄目だ。


 俺はもう、期待してしまっている。


 だからこうして反射的に聞き返した。三葉がなんて言ってくれるのか、わざわざ聞かなくても分かっているくせに。


「もし、してくれるなら。絶対に後悔させないって約束できる」


「……信頼しかないな」


 後悔させない。三葉のその言葉は、世界の誰が言うよりも信頼できる。


 だって俺は……これまで三葉とずっと一緒にいて、色んなことをして。後悔させられる羽目にあったことなど、ただの一度も無いのだから。


 きっと、これを断る理由を考えようと思えばいくらでも思いつくだろう。けど、やっぱり駄目だな。もう手遅れだ。


 こんなに不快感が一ミリも無くて、それどころか叶えてあげたいと強く思ってしまうワガママを告げられた時点で。俺にとれる選択肢はもう、一つしかなかったのだ。そのことをたった今、理解させられてしまった。


 もっと分かりやすく、改めて言おうか。


 ーーーー俺の負けだ。


「そのワガママ、聞かせていただきますよ。俺は彼氏さんですから」


「ふふっ、きっとそう言ってくれると思ってた」


「我ながらチョロいな」


「そんなところも、かっこいい♡」


 チョロいところがかっこいい、ね。こんなに喜びづらい褒め言葉もそう無いな。


 まあでも、悪い気はしない。それはやっぱり彼女さんの嬉しそうな顔を、こうして間近で見ることができているからなんだろうな。


 単純な話だ。でも、それでいいと思える。厄介だな、好きの感情ってやつは。


「じゃあ早速。んしょ……」


 俺の言質をしっかりと取り、嬉しそうに微笑んだ三葉は。そう言って、お布団を捲る。


 もう五月とはいってもまだ肌寒い日もある。そもそも三葉は寒がりだからな。綺麗に敷かれていたお布団は、どうやら同じような厚さのものが二枚、重ねられていたようだった。


 そしてそれらの端っこを持ち、まとめて捲り上げながらゆっくりとその中に吸い込まれていく様をじっと眺めていると。そのまま身体を反転させ、再びこちらを向いてきて。期待感に支配された二人の視線が、交錯した。


「おいで、彼氏さん♡」


 分かっていた。分かっていたことなのだが。やはり俺は、とんでもないことをする許可をしてしまったらしいな。


 ベッドに制服のまま横たわって手招きしてくる彼女さんの姿は、どこか妖艶で。思わず無意識に喉が鳴った。


(やっぱりヤバいな、これ……)


 俺の心臓の鼓動を更に加速させた要因は、それだけじゃあない。


 とろんとした目で今か今かと俺が招かれるのを待っている彼女さんの隣にあるスペースは、とてもじゃないが広いとは言い難い。


 当然だ。このベッドは一人用なのだから。いくら三葉が華奢でも、そこにプラスで男を一人寝かせようと思うとな。どうしてもギリギリになってしまう。


 つまり俺がこれから幽閉されるのはーーーー密閉密着必至の夢空間というわけだ。


 ごろごろイチャイチャ、か。言い得て妙かもしれないな。これから俺が置かれる状況を言い表す言葉として、これ以上に最適なものもそうないだろう。


「お、お邪魔……します」


 ギシッ。俺が動くと共に、僅かにベッドが軋む。


 多感な時期の高校生にとってそれは、様々な妄想を加速させるギアのようなものだ。だから不意にそんな音を聞かされたら、少しくらいドキッとしてしまいそうなものなのだが。


 たった今目の前に広がる現実に対してそんな、妄想ありきでしか特別な事象に昇華されない音などが介入する余地があるはずもなく。吸い込まれるように、俺の身体は横たわっていく。


 そしてーーーー


「えへへ、いらっしゃいませ。彼女さんとの甘々なごろごろイチャイチャ、いっぱい楽しんでね」


 俺の身体は……いや、違うな。


 文字通り、身も心も。世界一可愛い彼女さんの展開したフィールドに招き入れられ、そのうえ匂いの染みついたお布団という名の固い防壁にも囲まれて。



 自ら、閉じ込められてしまったのだった。

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