目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第103話 ワガママの化身

『ふははっ、ここを通りたくば俺を倒してからだ! 自立したての新米忍者などに俺は負けんけどなぁっ!!』


「ん、私たちの敵じゃない。頑張ってしゅー君!」


「よし来た」


 ニンモンをプレイし始めてから、どれほどの時間が経っただろうか。


 体感では一時間か……いや、二時間か? もはやそれすら分からなくなるほど、俺たちはニンモンに没頭し続けていた。


 しかし忘れてはいけないのは、俺たちはつい今日、テストを終えたばかりだということ。


 つまり、このテスト期間で徐々に疲労が溜まっていった身体のケアがまだ充分にできていないのだ。はやる気持ちからすぐにゲームを始めてしまったが、そんな状態ではそう……長くは続かない。


「ふぅ……倒したぁ……」


 そのせいだろう。おそらく普段通りの体調なら四、五時間は休憩を挟まずプレイできたはずなのだが。自分の身体に、若干だが疲れの予兆が見え始めたのを感じ取っていた。


「ちょっと休憩する?」


「そうだな。流石にちょっと疲れてきたわ。俺は休憩するけど、三葉はもう少しやるか?」


「大丈夫。しゅー君が休憩するなら私も休憩。これは二人で進めたいゲームだから」


「ご迷惑おかけします」


「気にしないで。休憩する時間も、彼氏さんとなら醍醐味の一つ♡」


「左様で」


 すたっ。三葉はそう言うと、一度立ち上がって。軽く伸びをし、ベッドに腰掛ける。


 そして、座布団の上で同じように伸びをしていた俺に甘い視線を送りながら。ぽんぽんっ、と。自分の隣が空いているぞ、なんて言いたげにアピールして見せたのだった。


「んじゃまあ、お言葉に甘えましょうかね」


 いくら座布団を敷いていたと言っても、やはりずっととなるとな。どうしてもお尻は痛くなってしまう。


 だから正直……かなり有難い申し出だった。


「うおっ、俺の部屋のより随分柔らかいな。さてはお高いやつだろこれ」


「ん、お父さんは奮発したって言ってた気がする。値段までは聞いてないけど、もしかしたらそうなのかも」


 奮発した、か。おばさんも大概親バカだが、おじさんも負けてないからなぁ。三葉ラブなあの人の奮発したベッドってなると、やはりかなりの高級品なのかもしれない。


 悲しい話、はっきり言ってもう手触りから違いすぎる。腰を下ろした時の沈み具合もうちの固いマットレスとは大違いだ。こんなベッドで眠れたらさぞ気持ちいいだろうな。


「そんなに気になるなら……寝転がってみる?」


「へっ!?」


 なんて。そんなことを考えながら、腰を下ろした後もずっとマットレスをぽふぽふして気持ちのいい触り心地を味わっていると。そう言って、三葉はじっと俺の目を見つめた。


「い、いや。そこまでは流石にいいよ。座らせてもらってるだけで充分だし」


「ほんとに? しゅー君が望むなら寝転がるくらいいいのに。私にも、メリットがあるし……」


「おい待て。どういうことだ?」


 てっきり、三葉がそういうのを気にしないタイプだからこその発言だと思っていたのだが。


 メリット? 俺がこのベッドに寝転がることで、何かコイツにそんなものがあるのだろうか。


 ま、まさかとは思うがそのまま襲……いや、流石にそれはないか。ないよな? ないって信じていいよな?


 なんて。中々に失礼なことを考え、内心冷や汗ダラダラになっていると。少し間を空けて、恥ずかしそうに視線を逸らしながら。三葉は、言った。


「しゅー君がここに寝転がってくれたら、少しくらい匂いがついてくれるかなって。そしたら、その。一人で寂しい時も彼氏さんを隣に感じられるかも、だから」


「…………」


 ヤバい。今のは、ヤバい。


 何がヤバいって。とにかくヤバいのだ。これはもうそう簡単に言語化できるあれじゃない。


 ただ一つ言えることは、今の攻撃は明確に俺の心にクリーンヒットし、大ダメージを与えたということだけだ。恥ずかしそうな表情も、台詞の内容も。その全てが集結し、一つの刃となって突き刺さったのである。


 当然、そんなものに当てられては無事で済むはずもなく。会話のキャッチボールから先に俺が抜け出してしまったせいで、二人の間には数秒間の静寂が訪れたのだった。


「な、なんで急に黙るの! 聞かれたから答えたのに……」


「ご、ごめん。ちょっとびっくりして、な」


 可愛すぎるのを喰らって一瞬意識が飛びかけてました、なんて。言えるはずもない。


 どうしよう。動悸が止まらない。


 まるで心臓がタップダンスでも踊ってるみたいだ。この頭の中に響く爆音が、三葉に聞こえていなければいいのだが。


 いや……聞こえていなくとも、か。これだけ露骨に動揺してしまっては、三葉にはもうオレの心の内は筒抜けだろう。流石に奥底でそのうち大放出する日まで必死に蓋をしている二文字の感情までは、読まれていないと思うが。


 それでも、もはやその一歩手前までは察せられたも同然。このドキドキを隠し通すなんて、不可能なのだから。


「そっ、か」


 そして俺は、知っている。


 三葉は俺が隙を見せるととことん……責めてくる。そんな奴なのだと。


「ねえ、しゅー君。一つワガママ、言ってもいい?」


 俺の生んだ静寂は、その″隙″を具現化したものと同義。どうやら三葉も自分の発言で少なからずダメージというか、恥ずかしさには苛まれたようだが。それでも。そんなもので、一度生まれた欲望の成長は止まらない。


 初めは純粋なただの提案だったそれは、三葉に一つの事象を欲しがらせて。欲望の種としてあっという間に膨れ上がり、ワガママへと。変貌する。



「ごろごろイチャイチャ……しよ?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?