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第99話 お母さん

「ささ、あがってしゅー君」


「……お邪魔します」


 コンビニで買ったお菓子とジュースの入ったレジ袋を手に。るんるんな彼女さんに手を引かれて連れてこられたのはーーーー俺の住む家の、すぐ隣。


 いつも二人でたむろするのは俺の部屋ばかりだったからな。思えば、俺からこちらに来るのは何年振りの話になるのだろうか。


 そんな、おそらく入ったのは数年ぶりであろうここ、佐渡家こそが。本日の打ち上げ舞台である。


 どうして今日は珍しくこっちなのかって? そんなの三葉さんに聞いてくれ。俺も詳しくは聞かされてないんだ。


 ただ、何かしら理由はありそうだったな。それが俺にとって嬉しいものなのかどうかは置いておいて、何かサプライズ的なものがあるってのは薄らと仄めかされた。まあ詳細は後々分かるだろう。


(なんか、ちょっと緊張してきたな……)


 昔はよく三葉の部屋でも遊んでいた。だから別にここに来ること自体慣れていたし、特になんとも思わなかったのに。


 数年前と今ではもう、何もかも違う。物理的に年齢が上がったことで精神年齢も思春期に突入し、ただでさえ女子の家に来るという字面だけでも少しドキッとしてしまうと言うのに。その女子との関係も、今では随分と変わってしまった。


「ふふっ、もしかして緊張してる?」


「し、仕方ないだろ。しばらく来てなかったんだから」


 好きな女子の家に上がる。そんなの、ドキドキするなって方が無理な話だ。もう玄関に足を踏み入れただけで心臓の鼓動が速くなってしまっている。


 靴を脱いでいる間も、どこか非日常感があって落ち着かず、ついきょろきょろと玄関周りを見回してしまっていた。


 きっと今も昔も、この家の中の景色というのはそれほど変わっていないだろうに。ここに住んでいる奴との関係が変わるだけでここまでか。なんかもう、″女子が住んでいる綺麗な家の玄関″って感じが凄いな。結局どこを見ていても落ち着けそうにない。


 まずいな。玄関でこれなんて。三葉の部屋に入る時は一体どれだけーーーー


「あら? もう帰ってきたの〜?」


「っ!?」


 なんて。そんなことを考えながら玄関の段差に座り込み、靴紐を解いていたのも束の間。背後から突然声をかけられ、身体が飛び上がる。


「ん、今日はテスト一限だけって言った」


「そうだったかしら? すっかり忘れてたわぁ〜。って、あら? あらあらあら?」


 透き通るような声。どこか緩い、気の抜けた話し方。


 きっとここが佐渡家じゃなかったとしてもすぐにその正体に気づけるだろう。それだけ特徴がありすぎる人だ。


「お、お久しぶりです。おばさん」


「いらっしゃい、駿君。久しぶり♡」


 そう。この、おばさんと呼ぶことに抵抗がありすぎる美人さんこそ。俺の彼女さんをこの世に生み出した張本人にして実の母親。ーーーー佐渡二葉さんである。


(数年ぶりに会ったけど本当、相変わらずだな……)


 おっとりとしていてマイペースが肌から滲み出るかのような性格も、とてもじゃないが一児の母だなんて信じさせない、レベルの高過ぎる見た目も。そのどれもが、数年前と比べてびっくりするくらい何一つ変わっていない。


 というか見た目においてはむしろ、また一段階綺麗になったんじゃないだろうか。遺伝を感じさせるさらさらな長い紫色の髪も、聳え立つ豊満な物も。そして何より、国宝級に整っているご尊顔も。そのどれもがそこらの若者よりよっぽど若者らしい。もはや流石としか言いようがないな。


「最後に会ったのは中学校の卒業式の時だっけ? また身長伸びたんじゃない?」


「そ、そうですかね……」


「伸びてる伸びてる〜。顔も一段とイケメンになっちゃって〜。流石は娘の自慢の彼氏さんだわ〜」


「……」


 妖艶な笑みを浮かべて。おばさんはその小さく細い手を、そっと俺の頭に乗せる。


 途端。三葉のものとはまた違う甘い匂いが、鼻腔をくすぐった。


「しゅー君? なんかママにデレデレしてない?」


「は、はは。まさかぁ……」


 デレデレ、だと? しない方が無理に決まってるだろこんなの……


 三葉にとっては毎日を一緒に過ごす何ら変哲ないお母さんでも、俺にとっては違う。


 俺にとってのこの人という存在は、そうだな。三葉であって三葉でない人、だろうか。


 性格は全く違っても、やっぱりこの人は正真正銘三葉のお母さんなのだ。


 だからこそつい、重ねてしまう。俺が妄想する将来の三葉の姿と、この人を。


(もしかしたら三葉も、将来こんな風に……)


 そうして、つい。しばらくおばさんの頭なでなでに興じられていると、やがて自分の彼氏がそうなっていることに耐えられなくなったのか。横からにゅっ、と手が伸びてきて、おばさんの腕を掴む。


「ママ、彼氏さんの頭から手を離して」


「あらあら、嫉妬しちゃった? ごめんね三葉〜」


「ん、ごめんって言うなら離して! なでなで終わり!!」


「ふふふふ〜。やめさせられるもんならやめさせてごらんなさい?」


「むっ……む〜っ!!」


 ぐぐっ、ぐぐぐっ。


 三葉の細い腕に血管が浮かび上がり、それと同時に全力の力が込められていく。


 が、おばさんの腕はこれっぽっちも動かない。本当にこれっぽっちも、だ。


 あの三葉の全力だぞ? それをこうも簡単に……。


「まだまだね〜。そんなんじゃ三葉の彼氏さん、お母さんが奪っちゃうかも〜」


「ダメ! しゅー君は私の彼氏さん!! ママにはパパで充分でしょっ!!」


 ま、まさかとは思うが、三葉の超人じみたフィジカルは遺伝なのか? ただでさえコイツでも充分すぎるくらいこの世界じゃ恐ろしい存在だいうのに。それを悠々と変える人が出てくるなんて。佐渡家はバトル漫画から飛び出てきた種族かなにかなのだろうか。


 おじさんも大変だな。こんな二人に囲まれて、なんて。……いや、むしろ幸運か? こんなに可愛い娘と綺麗なお嫁さんと一つ屋根の下暮らせるなんて、一体前世でどれだけの徳を積めば許されるんだか。


 ああいや、ちょっと待て! このままおばさんのように美人さんに育っていく三葉と仮に結婚して、その……子供が女の子だったら。俺も同じような家庭環境に身を置けるということか?


 おいおい、おいおいおい。幸せすぎるだろそんなの……っ!!


「ふへ、ふへへへっ……」


「ちょっ、しゅー君もちょっとは抵抗して! 何笑ってるの!!」


「ふふっ、駿君は私になでなでされる方がいいみたいねぇ〜。いい子いい子〜♡」


「は〜な〜れ〜て〜っっ!!!」


 気づけば、俺の脳内はお花畑な妄想に埋め尽くされていて。



 必死に俺を取り返さんとする三葉の声すら……シャットアウトされていた。

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