まぐろ、サーモン、ぶり、鯛、イカ、エトセトラエトセトラ。
一体何種類の魚介を堪能したのだろうか。時には見た目では何なのか分からないレベルにレアな物もあり、スマホで調べたりなんかもしながら。
着丼からおよそ三十分。ーーーー完食である。
「ふぅ。お腹いっぱい」
「堪能し尽くしたなぁ」
「なんだかんだで、しゅー君も三分の一くらいは食べてたもんね」
「いやいや。それでもやっぱり三葉さんには敵いませんよ」
「むふぅ✌︎('ω'✌︎ )」
いやあほんと、これでもかってくらい楽しませてもらったな。
最初はちゃんと全種類食べられるのか不安だったのに。あまりの美味しさについ何度も手が伸びて、気づけば動けなくなるくらいまで腹をいっぱいにしてしまっていた。
そして俺がそこまでしても、やはり三葉の方がとんでもなかった。
俺がたくさん食べられるということは、三葉が更にたくさん食べられるということ。本来の許容量以上に食欲が湧いて止まらなかったのは俺だけではなく、隣の彼女さんも同じだったという訳だ。
「こりゃしばらく動けそうにないわ。出るのはもう少しゆっくりしてからでもいいか?」
「ん、勿論。とはいえあまり長居はしてられないけど」
三葉は俺たちの席と通路とを隔てている暖簾を少しだけめくって外の様子を確認しながら、言う。
奥に座っていた俺からは何も見えなかったが、どうやら今外では大行列が成され、とんでもない待ちが発生しているらしい。
あまり長居できない、というのは単にこの後も巡りたい所が多いからというのに加えて、恐らくこの店への配慮からの言葉でもあるのだろう。席は半個室だし、あまり店員さんから急かされるようなこともないとは思うが、店の回転率や行列で待っている人のことを考えればずっと居座るわけにもいかない。
ここにいられるのはせいぜいあと五分かそこらか。それまでにこの満腹な腹を落ち着かせて少しでも消化を進めないとな。頑張れ俺の体内。
「三葉は余裕そうだなぁ。身体の中にブラックホールでも飼ってんのか?」
「……褒めてる?」
「褒めてるよ。いっぱい食べられるのは良いことだ」
見たところ、お腹いっぱいと言いつつも、三葉にはそれほど苦しそうな様子は無くて。満腹なのは事実なのだろうが、せいぜい腹八分ってとこなのだろう。
コイツ、ちゃんとバーベキューの肉も食べてたよな? 雨宮から没収した半人前もほとんどあげたし……極楽丼の分も合わせれば、多分俺の二、三倍は食べてることになる。
だというのにこの涼しげな表情。それこそ本当に胃袋の中にブラックホールでも無ければ辻褄が合わない食いしんぼぶりだ。
しかし、褒めているというのは本当の話。たまにいっぱい食べるのは女の子らしくないとか言う奴もいるが、俺は全くの逆意見だ。
女の子がいっぱい食べることの何がいけないというのか。食べ方が汚いとかならともかく、三葉に関してはびっくりするくらい所作は綺麗だし。そのうえ誰よりも幸せそうに食べている姿はめちゃくちゃ可愛い。特異体質なのか太ることも無いしな。
まあ要するに、三葉がいっぱい食べることに関して俺はプラスの感情こそ持ちすれ、マイナスの感情なんてこれっぽっちもありはしないということだ。
とはいえ、受け取る側がちゃんとそう受け取ってくれるとは限らない。
実際に隣で俺の言葉を聞いた彼女さんは何やら頬が膨らんでいて。少し、不満そうだ。
「食いしんぼ、って思ってる」
「!? い、いやぁ。はは……」
「やっぱり思ってる!!」
「いや違……わないけど! 別に食いしんぼが悪いことだなんて言ってないだろ!? むしろ……」
「むしろ、何?」
「……」
そして残念ながら。心の中では褒めることができても、いざ改まって口にしろと言われると……少し、恥ずかしくて。
本当は「いっぱい食べてる三葉は可愛い」とか、「三葉の食べてる時の幸せそうな表情が好き」とか。そんな台詞が惜しみなく言えたら良かったんだが。
それら全てを即座に否定し、恥ずかしくなくそれでいて三葉を納得させられるちょうど良い言葉を探そうとして、口ごもる。
その”間”がよくなかった。
おかげでみるみるうちに頬を膨らませていった三葉は、お茶を飲み干して少し強めに茶碗を置きながら。言う。
「確かに私は他の女の子よりいっぱい食べてるかもしれない。でも……どの子よりもちゃんと、引き締まってる」
「へっ? お、おぉ。知ってますよ? 三葉さんは誰よりも引き締まった身体をお持ちですもんね」
「いや、いい機会だから”ちゃんと”知ってもらう。いっぱい食べててもぽっちゃりなんて絶対してないって!」
あ、あれ? なんだこの流れ。
なんか……めちゃくちゃまずい気がする。
「お、落ち着いて? よぉし、一旦深呼吸しましょう三葉さん。ほら、冷静になって!」
「私はいたって冷静。どうせここなら他の人に見られることもない」
「ちょおっ!? 待て待て待て!! 何脱いーーーーっ!?」
いつもそうだ。いつも、俺の中のセンサーは少しだけ感知が遅い。
だからこんな風に、気づいた時には手遅れになるのだ。
「ちゃんと見て、しゅー君。私のお腹!!」