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第60話 面倒臭いは可愛い

「えっと……ここか?」


「みたい。よかった、まだそんなに並んでない」


 予想通りというか、見た通りというか。人まみれな通りに入り、しばらく。マップに従って人混みを掻き分けながら進んだ先に現れたのは、少し古い装いをした木造建築と、その前で待機する一つの列。


 並んでいるのは五人。この店の人気を考えれば相当ラッキーだ。


「制服の人は私たちだけ。一番乗り」


「急いだ甲斐があったな。これなら余裕持って入れそうだ」


 店の名は「海鮮″はなみ″」。この三つ目島通りができた当初、今から遡って約七十年前からここに店を構える老舗であり、有名な海鮮丼屋である。


 海鮮を提供する店は当然他にも山のようにあるが、やはりせっかくの機会だ。食べるなら一番美味しいのを頂かないとな。


 他の奴らは……まだ誰も来る気配が無いな。まあここは少し通りの端っこの方というか、若干裏路地に近いような場所だし。わざわざ事前に調べていなければ見つけることも難しいだろう。そのうえただでさえ短い自由時間だ。長時間並ぶ可能性のあるここを鼻から切り捨てて他をいっぱい回る作戦の奴も案外少なくないのかもしれない。


 しかし、だからこそと言うべきか。ありがたいことにこうして俺たちは一番乗りすることができた。


 確かに数を回れるかどうかも大事だが、こうしてどうしても行きたい一つに賭けるのも充分に有効な戦略だったようだな。


「むぅ。私たちの後ろになら何人来てもいいのに。これじゃイチャイチャを見せつける相手がいない」


「いらないってそんな相手。誰にも見られず二人きりでいられるなら、それにこしたことないだろ?」


「……それも、そうかも」


 ぎゅっ、と俺の服の裾を掴み、そのままぴっとりと引っ付きながら。ほんのりと三葉の頬が紅潮する。


 周りを牽制するための見せつけイチャイチャ。それもコイツの中ではかなり優先度の高いものだったのだろうが、どうやら″二人きり″が簡単にそれを上回ってしまったらしい。


 ああもう、いちいち可愛いな。なんだその表情。上目遣いで甘えるみたいにしやがって。頭撫で回して甘やかすぞこの野郎。


「ん。みたい、じゃなくてちゃんと甘えてる。だから彼氏さんはしっかりとなでなでをするべき」


「……心読むなよ」


「えへへ。忍法•彼氏さんの心を読むの術♡」


 それはもう忍術でも何でもないだろ、なんて。心の中でツッコミを入れながら。考えを当てられてしまったことに変わりはないので、諦めてそっと頭を撫でる。


 相変わらずサラサラで、犬猫みたいな毛並みの髪だ。悔しいがめちゃくちゃ撫で心地が良い。


 と、感触を確かめているうちに。列が前進する。


 俺たちの前にいるのはあと四組。海鮮とはいえあくまで丼料理だからな。席の回転は案外早いのだろうか。


 ありがたい。こっちはもう彼女さんが甘えんぼモードに突入してしまったからな。クラスの奴らに見られて嫉妬で刺される前に早く席に座ってしまいたい。


 ちなみにこの店の席は二種類。一人で来る人やとにかく早く食べたいって人用の「カウンター席」と、複数人で来た人用の「テーブル席」だ。


 そして嬉しいことに、俺たちが座る予定のテーブル席の方は通路側に暖簾のようなものが用意されており、実質的な半個室になっている。要するに中に入ってさえしまえば、何をしても誰かに見られる可能性は限りなく低いというわけだな。


「んっ……もっとなでなでして」


「ほんと、頭撫でられるの好きだよなぁ」


「好き。大好きな彼氏さんの手で頭に触られると、なんか落ち着く。この人に甘えたいって気持ちが溢れて……身体が火照る♡」


「おい最後。何ちゃっかり火照ってんだよ」


 おっとまずい。これは早急に案内してもらわないと。このまま続けてたら周囲の目などお構いなしにもっと深くスイッチが入ってしまいそうだ。


 ほら見てみろこの顔。ちょっと蕩け始めてるぞ? ぎゅ〜っ、て腕に絡みついてる身体も次第に体温が上がって、文字通り火照り始めてる。この彼女さんを公衆の面前に置いておくのはかなり危険だ。


「お次のお客様。ーーーーカウンター席ですね。畏まりました。すぐにご案内できますので、中へどうぞ。次の方はテーブル席ですね。そちらもすぐにご案内いたします」


 と、少し焦り始めたその時。俺たちの前の二組が一気に入店していく。


 案内したのは和服を着た風格のある女店員さん。チラッとしか見えなかったが、かなりの美人さんでどこか風格もあるように見えた。


 やはり伝統のある老舗ともなると雇っている店員さんも一流ということだろうか。それか、もしかすると店主さんのご家族だったり? どちらにしても流石だ。


「……しゅー君。今、他の女の人に目移りした?」


「はっ!? し、してねえよ!」


「嘘。今店員さんの方見てた! 私しか見ないって前に約束してくれたのに!!」


「視界にたまたま入ったのは仕方ないだろぉ!?」


「それでもやだ! 私しか見ないで!!」


「メンヘラ彼女かお前は!!」


 ああもう。変に目立ったせいで後ろの人に笑われてるじゃないか。恥ずかしいったらない。


 私以外見ないで、って。前にも言ったが、俺には目移りするような相手なんていないっての。


(ただでさえ、今は特に……)


 本当、面倒臭い彼女さんだ。




 そんなところもーーーー可愛い。

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