「ね? お願いお願い!」
「よし。この話題は終わり。俺は麗美ちゃんせんせ探しに戻る」
「ちょぉっ!? 戻んないでよぉ!!」
っと、危ない危ない。一応コイツも女なことを忘れかけていた。
小耳に挟んだ話だが、どうやらコイツはクラスの非モテ連中に佐渡さんレベルに人気があるらしい。
男女分け隔てなく接せられる明るい性格に、ムカつくが割と整って見える容姿。加えて日焼け褐色肌というレア要素。言われてみればモテてもおかしくはない。
まあ俺には麗美ちゃんせんせという運命の人がいるし、正直これっぽっちも中山をそういう目で見たことはないのだが。男子同様の扱いをして引っ叩いているところを他の奴らに見られてでもみろ。発見者が男子でも女子でも確実にブチ◯されるに決まってる。
落ち着け。深呼吸だ深呼吸。
(……雨宮程度?)
ああ駄目だ。やっぱキレそう。
もしかしなくてもコイツ、俺のことナメてるだろ。
生憎と俺はそこまで暇じゃねえんだ。麗美ちゃんせんせとの恋路に忙しいし、第一暇だったとしても機械音痴にSNS教えるなんて面倒なこと、やりたいわけがない。
「うぅ。雨宮以外に頼めそうな男子いないんだって! やっぱりみんなに聞くのは恥ずかしいしさぁ!」
「ああうるせえうるせえ! ぜってえそんな面倒臭そうなことやらないっての! 第一お前なら頼めば男子はいくらでも……ん?」
「? どうかしたの?」
あれ、ちょっと待てよ。
コイツは今、男子にお願いしたいわけだよな。
んで、その中でも特に中山と仲がいい奴。確かにそうなれば俺は充分選択肢に入ってくるだろう。
しかし、だ。その条件を満たす都合のいい奴がもう一人いるじゃないか。
それも……よりコイツが喜びそうな奴が、な。
「なあ中山」
「なに?」
「俺よりもっと適任な奴を見つけた」
「えっ!? だ、誰!?」
イソスタの使い方を学ぶ。それは何も難しい話じゃない。
特にコイツの場合、詳しく知りたいというよりはひとまず人並みに使えるようになりたいといったところだろう。
要はそれほど詳しくなくても、コイツの講師は務まるのだ。
それなら俺の身代わりとして盾にするために重視する点はイソスタへの理解度じゃない。最低限の知識があることと男子であること、そして中山とそれなりの交友関係があること。この三つだ。
なら、もう選ぶ人材は一択だろう。
「駿だよ。俺ほどイソスタ詳しくはないかもしんないけど、まあお前よりはマシだろ。仲良くなる口実にも丁度いいんじゃないか?」
悪いな駿。この案件はお前に擦りつけることにする。
まああれだ。今言ったとおり仲良くなるための口実にも使えるし悪い話じゃないだろ。駿と中山はもともとお互い仲良くなりたいと思っていた(駿は中山と佐渡さんを友達にするためで、中山は自ら佐渡さんと仲良くなりにいくために)わけだし、俺は上手く逃げおおせることができてまさにウィンウィンウィンってやつだ。
「俺から言っといてやるよ。なんならその勢いで駿と佐渡さんの二人ともとID交換してこい」
「……ねえ、雨宮」
「どうした」
「…………雨宮ってもしかして、天才?」
「みなまで言うな。知ってる」
お気に召したようで何よりだ。
ひとまずこれで本当にこの話題は終わり。あとは駿に連絡だけしておいて、あとのことは全て任せるとしよう。
「ふふっ、これを機に三葉ちゃんといっぱいトークして仲良くなるんだぁ。そしてこれまで以上に二人の恋路を側で……ふふっ、ふふふふふっ」
「……」
そういえば、あの二人は今頃どうしているのだろう。
佐渡ちゃんの豪運か、はたまたイカサマか。どんな手段かは分からないものの、二人は今このバスの最後列に隣同士で座っている。
ちなみに俺たちがいるのは前から四列目。かなり遠くに配置されてしまったが……頑張れば見えるか?
「雨宮? なにそれ」
「いやぁ、ちょっとな。押し付けついでに激レアショットでもいただこうかと」
「??」
危なかった。せっかく準備してきてたってのに、麗美ちゃんせんせ探しに必死になっていたせいでコイツの存在を忘れてしまうところだった。
「騒ぐなよ中山。お前以外気付いてないんだからな」
「……もしかして、そういうこと?」
「ああ。なんかアイツらの恋路に興味津々みたいだし、黙ってれば見せるくらいはしてやるよ」
「っ!!」
いとも簡単に買収が成功すると、中山は自分の手で口を塞ぎ、無言で頷く。
(こんなイベント、見逃すわけにはいかねえだろ)
クラス一の、というか唯一のバカップルがバスの最後列でイチャつくというのだ。それならこちらもそれに応え、隠し撮りの一つでもしなければ無作法というもの。
「これをこうして……っと。中山、せっかくだからお前も手伝ってくれ。周りの見張り頼む」
「ん!」
方法は至って簡単。
俺が用意してきたコイツーーーー自撮り棒にスマホをセットし、頭上へと伸ばす。あとは画角を調整してスマホと連動された手元のボタンを押せばパシャリというわけだ。
幸いにも周りは大騒ぎだし、小さなシャッター音に気づく奴はいないだろう。あとは視界にスマホが入らないかどうかだが……そこは賭けだな。
さて、一体どんな画が映るかな。
見るからにビビりの駿のことだ。どうせさほど″進んで″ないだろうし。キスの一つでもしてたら万々歳ってとこか?
まあなんにせよ、面白い画が撮れるのは確実。これを餌に揶揄ってやろう。
「今なら誰も気づかないと思う! シャッターチャンスだよ!」
「よしきた」
さて、画角調整だ。
佐渡さんは猫みたいに視線に敏感だからな。とっとと撮らないと。
「限界まで伸ばせた。これならちょっとスマホ傾ければ……」
少しずつ角度を付け、映る座席が次第に後ろへと進んでいく。
七列目、八列目……と。中山の見張りの甲斐もあってか、誰にも気づかれることなく。インカメラが最後列の二人を捉えようとしたーーーーその時だった。
「うおっ!?」
「へ? ちょ、痛ァッ!!」
カツンッ、と。何かプラスチックが当たったかのような、軽い音が響いた刹那。俺のスマホが落ち、中山の脳天へと……直撃したのだった。