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第52話 チャラ男と陸上バカと

「はぁ……なんで俺がこんな目に」


 時を遡ること、十数分前。


 俺、こと雨宮雄介は、何度目か分からないため息を漏らしていた。


 今頃最後列のバカップル二人は宜しくやっているのだろうか。俺も早く麗美ちゃんせんせに会いたいもんだ。というか叶うなら隣の席に来て欲しかった。


「ねーねー雨宮、見て外! 高速道路乗ったよー!」


「……」


 しかし。現実に俺の隣に座ったのは、この陸上バカの中山である。


「なんで高速道路乗っただけでそんな喜べんだよ。景色もしばらく変わんねえしつまんないだろ」


「えー、そうかなぁ。確かに景色は均一だけど、むしろそこがよくない? アスファルトはちゃんと舗装されてるし、この道路なら無限に走れそうじゃん!」


「お前、ほんとバカな」


「なにをぅっ!?」


 べしっ、べしっ、と肩を叩かれ、同時に揺らされながら。スマホを開く。


 タップしたアプリの名は「イノスタ」。俺たち高校生がおそらくもっとも使っているであろうSNSツールである。


 そして案の定、友達追加している奴らの投稿を見てみると、色んなクラスのバス車内が激写されていた。


 どこかに麗美ちゃんせんせが映っていたらこっそり保存を……なんて思っていたのに。いくつか投稿を覗いてみてもどこにもいない。辛い。


「あ、それイソスタ? 雨宮やってたんだー!」


「ん? おぉ。まあやってない奴の方が少ないだろうしな」


「う゛っ。や、やっぱり私も始めた方がいいのかな。けどSNS系は全然分かんないし……」


「いや、そんな無理にやらなくてもいいとは思うけど」


 SNSツールなんていうのは、言わば暇つぶしサイトだ。


 まあLIMEはSNSってよりはメッセージアプリだから別として。イソスタとかツオッターとかは俺たち学生にとっては時間を潰すアプリでしかない。


 友達と写真を撮って投稿、なんて楽しみ方も勿論あるし、自分だけ入れていないと疎外感があるのは分かるけどな。無理してまで使うもんでもないだろう。


「つかどーせ入れてもお前は見ないんじゃないのか? 陸上で忙しいだろ」


「……確かに、あんまり見れないかも」


 今じゃこういうのは中学生、いや早ければ小学生でも一度は触れるもんだが。俺みたいなさしてやりたいことも無い奴がスマホを眺めて時間を浪費している間も、コイツは部活で走ってる。


 それって実は凄いことだし、少し羨ましくも思う。まあとはいえ俺にはそんなの無理だって分かってるし、だからこそ今は全力で恋愛に力を入れているんだけれども。


「い、いやでも、あくまで見れないのは部活中だけだし! あと夜のランニング中も見れないけど……お風呂の時とか、あとは寝る前とかなら!」


「隙間も隙間の時間だなぁ。そこまでしてやりたいのか?」


「やりたいっていうか、他の人の投稿が見たいんだよー! ほら、二十四時間しか表示されないやつ。えっと、名前忘れたけど。あれ見たい!」


「ああ、ヒストリーな」


 ヒストリー。それはイソスタ固有で実装されている機能である。


 自分で消去しない限り残り続ける普通の投稿と違い、このヒストリーというやつは二十四時間限定で公開され、その後は自動的に非表示になる。イソスタ的にはこれがほとんど投稿という言葉を示すものとなっているため、俺がさっき見ていたのもこれのことだ。


「やっぱりイソスタは高校生のコミュニケーションツールとして必要不可欠だと思うの! みんなにも早く入れてって急かされてるし……。そうだ、雨宮やり方教えてよ!」


「えぇ……。そんなの俺よりもそのみんなの方がよくやり方知ってるだろ。お前山ほど女友達いるんだしさ」


 俺も同棲の友達の多さにはかなり自信がある方だが、中山も引けを取らないーーーーいや、下手すれば俺以上に交友関係が広いように思える。


 そんなコイツのことだ。イソスタのことを聞ける友人なんて無限にいるはず。ならわざわざ俺を頼る必要なんて無いだろうに。


「分かってない。分かってないよ雨宮。それじゃ駄目なの!」


「何が駄目なんだよ」


 俺がそう聞き返すと、中山はまるで秘密の話をする前みたいにきょろきょろと周りを見渡して。当然騒がしいバス車内で俺たちの会話に聞き耳を立てるような奴なんていないので、ほっとした様子で肩を撫で下ろし、少し声のトーンを落として言う。


「そ、そんなの聞いたら……私がSNSやったことないうえに機械音痴なことまでバレちゃう!」


「……」


 もうとっくにバレてるだろってツッコミが喉元まで出かかって。飲み込む。


 まさかコイツ、そんなことがバレてないとでも思っているのだろうか。


 SNS未経験と機械音痴。この二つにはそれなりに相互性があるし、そもそもコイツの普段を見ていれば誰でも察せそうなものだ。実際そのどちらも今日初めて聞いた情報だが、あまりに自然すぎて簡単に受け入れてしまったくらいだしな。


 というか、だ。


「バレちゃうってお前。俺にはいいのか?」


「ふふっ、むしろ雨宮にだから、だよ」


 コイツ、まさかとは思うが。


 つまり……そういうことか?


「雨宮程度にならバレても恥ずかしくないし! みんなにバレちゃう前に色々教えて?」


 どうしよう。




ーーーーぶん殴りたい。


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