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第51話 慣れか本質か

「……」


 あれ、おかしいな。


 何故だろう。唇に、何も感触が無い。


 距離を見誤ったか? いや、そんなはずはない。


 確かに俺と三葉の距離はあと数センチだった。これだけ進んで、辿り着かないはずが……。


 違和感はそれだけじゃなかった。さっきまでは俺たちの間をしっかりと繋いでいたポッチーの感触も、同時に消えた。


 そんなはずはない。だってそれは、つまり……”そういうこと”だぞ?


 恐る恐る。自分で考えたことが信じられないながらも。ゆっくりと目を開く。


「……え?」


 するとあっという間に。目の前に起こっている現実を、叩きつけられたのだった。


「あ、あぅ」


 それは、俺の中で一番あり得ないと考えていたこと。そうはならないだろう、と。頭の中で自然に外していた行動だった。


 でも現実にそれは起こった。直接目で見た今でも信じられないが。


 唇に触れる直前。三葉がーーーーポッチーから、口を離していたのだ。


「三葉さん?」


「ち、違っ。これは、違う。ちょっとびっくりして……。だってまさか、本当に……っ」


 さっきまで余裕綽々で、俺に身を委ねるように目を閉じていたくせに。


 俺が名前を呼ぶと、何かをぶつぶつと呟いて。見たことないほど顔を真っ赤にした三葉は、完全にたじたじになってしまっていた。


 どうやら本人も自分の行動にまだ整理がついていないらしい。びっくりして、なんて言っていたし。もしかして本当に俺が最後までしようとするとは考えていなかったのだろうか。


 まあ……今までの腰抜けぶりを見ていれば、そう思ってもおかしくはない。このポッチーゲーム自体コイツにとってはまだ俺を誘惑するための手段でしかなくて、自分の勝利も絶対に揺るがないものだったはずだ。


「だ、だって! しゅー君がいつまでも口、離さないから!」


「そりゃ、離したら負けだからな」


「本当に勝つ気だったの!?」


「負ける前提で勝負受けたりしないだろ」


「っ……!」


 今のでよく分かった。やっぱりコイツ、俺が勝ちに来るなんて全く考えてなかったな。


 ああもう、耳まで真っ赤にして。この顔を見れただけでも頑張った甲斐があるというもんだ。


「む、むぅ。いつも私に揶揄われて真っ赤っかになってるくせに」


「今はお前が真っ赤っかだけどな」


「〜〜っ!! だからこれは、びっくりしただけ!!」


 どうやらあの三葉にも、人並みの”羞恥心”というやつは残っていたらしい。


 いつもは俺が辱められる側だからな。こういう表情を見れるのは新鮮だ。


「そういう思わせぶりなの、よくない。まだそういうつもり……ないくせに」


 そういうつもり、ね。


「あるって言ったらどうする?」


「へっっ!?!?」


 俺の言葉にビクッ、と身体を震わせた三葉は、声にならない悲鳴のようなものを漏らして。信じられないと言わんばかりの目で俺を見つめる。


 駄目だ。いつものデレデレマックスで甘えたり揶揄ったりしてくる三葉も死ぬほど可愛いが、こうやって顔を真っ赤にしているのもたまらなく愛おしい。俺だって恥ずかしい気持ちを抑えながら喋っているのに、これでは調子に乗ってしまいそうだ。


 これは言わば、ただの不意打ちからのほんの一瞬の形勢逆転に過ぎないというのに。


 結局のところ、おそらく三葉は準備ができていなかっただけだ。いつものように俺を誘い翻弄しようとしたら、思いのほか俺の覚悟が決まっていて。自分の想定していたリアクションとは全く違うものが返ってきたから動揺しただけ……だよな?


「か、揶揄わないで。しゅー君は私にドキドキさせられてればいい! 反撃とか……だめ」


「……」


 い、いやまさか、な。


 俺の中に、一つの推測が浮かぶ。


(まさかコイツ……攻めるは得意でも、自分が攻められるのは弱い……とか?)


 三葉はずっと、アプローチという名の”攻め”を繰り返していた。


 しかしそれとは逆に、俺から攻められる機会というのは存在していない。それは俺たちそれぞれの性格の問題もそうだが、何より恋愛的立ち位置の問題でどうしてもそうなってしまうからだ。


 だからこれが本質的なものか、はたまた単に慣れていないというだけの話かは分からないが。少なくとも三葉のこの反応を見ている限りは、やっぱりそうなのではないだろうか。


「楽しみが一つ増えたな」


「……?」


「ああいや、こっちの話」


 何はともあれ。真相はまだ取っておくとしよう。俺たちの関係がきちんとしたものに変わったら、その時は改めて。今までされた分のお返しも込めて、たっぷり赤面させればいい。


 だから今は……必死に顔の熱を引かせながらも未だ隠しきれない真っ赤っかな耳を見るだけで、満足しておくとしよう。


「な、なんでニヤニヤしてるの」


「んー? 別に。ただ可愛いなぁと思って」


「可愛っ!? う、うぅ。しゅー君のくせに。しゅー君のくせに!」


「いてっ。いててっ」


 ぽむっ、ぽむっ、と可愛い効果音が似合う威力で肩をぽかぼか叩かれながら。次第に笑みが漏れ出していく。


 二人きりで密着し続ける一時間半。三葉に迫られ続けて俺は一体どうなってしまうのだろう、なんて思っていたけれど。



 どうやら……もう、大丈夫そうだ。


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