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第50話 進む覚悟

「ほんと!?」


「ああ。そこまで言うなら」


 ピコンッ、と頭の上にびっくりマークのついた三葉は、嬉しそうに目を輝かせる。


 ああ、言ってしまった。こうなってはもう引き返せないな。そんな気は毛頭無いけれど。


「ふふっ、このゲームで彼氏さんの初めてを……」


「? 何か言ったか?」


「な、なにも。それよりほら、やるって決まったなら早くやろう」


「はいはい」


 三葉はそう言うと、箱から二つの袋を取り出して。そのうち一つを開封すると、一本のポッチーを取り出す。


「一応確認だけど、ポッチーゲームのルールはちゃんと分かってる?」


「おう。それの両端を二人で咥えて、先に口を離した方が負けだろ?」


「ん。ちゃんと分かった上で受けてくれてたなら、いい」


 俺が意気地なしなせいだろうか。どうやら余計な心配をさせてしまっていたようだ。


 しかし俺もそこまでじゃない。漫画で得た知識ではあるが、ポッチーゲームくらい知ってるさ。


「じゃあまずは一本目。しゅー君? 簡単に逃げないでね」


「こっちの台詞だ」


「っ!? へ、へぇ。その強気、ちゃんと持つといいけど」


 俺の返事に、少しだけ動揺の色を見せながらも。やはり勝つ気満々らしい三葉は、一本目のポッチーの持ち手側を口に咥えた。


「んっ♡」


 そして僅かに顔の角度を上げ、俺を誘う。


 早く反対側を咥えろ、と。きっとそう言っているのだろう。


「それじゃ、失礼して」


 こうして、静かな閉鎖空間にて。誰にも見られず密かに。俺たちの勝負が幕を開けた。


「……」

「……」


 ガヤガヤとした周りの話し声だけが耳に入り、抜けていく。


 光は遮断できても音はこれっぽっちも減らせない、そんなブランケットの中で。ポッチーの両端を口に咥えた俺たちは、じっと無言で見つめ合う。


 てっきりスタートした瞬間、三葉から動いてくるの思っていたのだが。まずは様子見といったところだろうか。動かず、どんな暗闇の中でも的確に物を見る可愛い目が、焼き付けるように俺の表情を追っている。


 そしてそれに呼応するように。ドクンッ、ドクンッ、と。次第に鼓動が速くなっていくのを感じた。


 やはり、もう俺の身体は三葉と視線を交わしただけでドキドキするように改造されてしまったらしい。


 薄暗闇でもはっきりと見える瞳、鼻筋、唇。その一つ一つが愛らしくて。こうしているだけで、何度目か分からない強すぎるほどの気持ちの自覚を強制させられた。


(俺、どんだけコイツのことが好きなんだよ……)


 自覚したのはつい最近の出来事だというのに。まるで、何年も恋焦がれていたみたいだ。


 きっとこれが、ずっと一緒にいた奴を好きになるってことなんだろうな。


「ひへ、ひゅーふんっ♡」


「……ん」


 口の中に、チョコレートの甘味が充満していく。


 唇、歯、そして舌。順番に口の中のさらに奥へと触れていった一口目が溶け始め、味が染み出してきたその時。


 俺はーーーー二口目へと、進んだ。


 ポリッ、と小さく音が鳴るとともに小さく噛み砕かれた短いクッキー生地が舌の上に落ち、何度かの咀嚼と共に喉の奥へと消えていく。


 三葉は、まだ動かない。


 もしかすると、これがコイツの作戦なのだろうか。


 自分は動くことなく、けど決して口を離すこともなく。ただじっと、俺が来てくれるのを待つ。


 思えば三葉は、激しいアプローチを繰り返すものの、こういう”一線”だけはしっかりと越えないでいた。俺たちが(仮)の恋人になる時にそう約束したからというのもあるだろうが……きっとそれは、そうすることにしっかりとした意味があるからだ。


 ではその意味とは何か。簡単な話だ。


 三葉は、きっとその最後の一線を俺に越えさせたいのだ。


 この関係を変えるために必要なのは、俺が恋愛的な意味で三葉を好きになること。三葉が一方的に好きを押し付けて無理やり一線を越えたとしても、それは何の意味も成さない。


 俺からだ。自分の感情に自信が持てずにこの中途半端な関係を選んだ俺から一線を越えることに意味がある。


 だから三葉は、待つことしかしない。どれだけ頭の中に欲望が渦巻いていても、この最後の一線だけは絶対に自分からは越えまいと。そして一度俺の方から越えてくれた暁には、その全てを解放しようと。じっと俺を見つめ続ける。


(大丈夫だ。ちゃんと分かってるから)


 どうせ俺が逃げていられる時間はそう長くない。既に俺の中の三葉への意識が変わっていることに薄らでも気づかれているわけだし、完全に好意を察さられるのも時間の問題だろう。


 なら、いっそのこと……


「っ……んっ……」


 二口目、三口目、四口目、と。徐々に、顔と顔の距離が近づいていく。


 既にポッチーの長さは五センチを切っただろうか。より鮮明に三葉の息遣いが耳に届くと、心が変な気持ちに塗りつぶされた。


 このまま、もし二人とも口を離さなければ。俺たちの関係はどうなるのだろう。


 少なくとも悪くはならないと信じたいな。だってこれは事故でもなんでもなく、俺が望んだーーーーそしてきっと三葉も望んでくれているはずの結末だから。


 けど、たとえこれで実質的に俺の気持ちが伝えられたとしても。それとは別でちゃんと、次は言葉で。この想いは伝えるつもりだ。


 校外学習なんてまさにうってつけのイベントじゃないか。自由時間に二人でおしゃれな店にでも入って……ああでも、路地裏みたいな人気の無い場所もいいかもしれないな。どちらも恋愛漫画やラブコメ作品の定番で悩みどころだ。


(あと、少し……)


 どれだけ近づいても、やはり三葉が動くことはない。


 まるで全てを受け入れると言わんばかりに。やがてそっと目を瞑ると、俺の手をぎゅっ、と力強く握って。想いの成就を待つ。


 一体それが叶う瞬間は、どれだけの幸福感なのだろう。やはり後から好きになった俺よりも、先に好きになって自らの手で掴み取った三葉の方が喜びは大きいんだろうな。


 恥ずかしさを誤魔化すように活性化していく思考で、そんなことを考えながら。口の中に溢れる甘さを飲み込み、俺も同じように目を閉じる。


 三葉に触れるまであと、数センチ。たったの一口。


(本当、まさかこの瞬間がこんなに早く来るなんて。思いもしなかったな)


 躊躇いはいらない。この先に待っているのはきっと、ハッピーエンドだと。そう信じて。



 俺は最後の一口をーーーー進んだのだった。


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