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第49話 ポッチーゲーム

 ポッチーゲーム。それは古より伝わるパーティーゲームである。


 用意するのは一本のポッチーとプレイヤー二人。そしてその二人がそれぞれポッチーの先を口で咥え、食べ進めていく。


 勝敗のつけかたは至って簡単で、先に口を離してしまった方の負けである。とどのつまり、これは度胸試しのようなものなのだ。


 だが、これを行うプレイヤーが異性や、或いは恋人同士といった関係性なら。ゲームの意味合いは全く違ったものになる。


「一袋十五本入りが二袋だから……三十回はできる」


「ぜ、全部ポッチーゲームに使うつもりなのか?」


「もちろん。あ、ポリッツの方が好きだった?」


「そういうことじゃないんだわ……」


 ポッチーゲーム三十回て。鬼かコイツは。


 第一俺はまだ、一回すら許可していないというのに。なんでやる前提で話が進んでいるのだろう。


 やらないぞ? 色んな意味で怖いし。


「言っておくけど、しゅー君に”やらない”って選択肢は無い。だって私が取らせないから」


「鬼畜かな?」


「でも安心して。やりやすいよう、場を整えてあげる」


「どうしてもうやることになってる? 俺の反論ターンは??」


「これをこうして……」


 あー駄目だ。全く聞いてない。


 なんだ? ずっと俺のターンってか? そりゃどうせ俺は逃げられないし、力関係もはっきりと下なわけだから敗北必至のデュエルではあるけども。にしてもターンすら回ってこないとは。泣くぞオイ。


「えいっ」


「おわっ!?」


 そして、そんな俺に目もくれず。見えない位置で何かをスタンバイさせた三葉は、そのまま。何かを頭上に放る。


 ふぁさっ、と布が広がる音がして。途端に俺と三葉を同時に頭上から包んだのはーーーーブランケットだった。


 見覚えがある。これは三葉が幼少期から使っているものだ。学校にも膝掛けとして度々持ってきていたっけ。


 そんな年代物だからだろうか。三葉の甘い匂いがしっかりと染み込んだそれに包まれたせいで、四方八方から鼻腔をくすぐられる。


 そのうえブランケットの生地が厚く、色も暗い紺色なせいで。さっきまで明るくバスの中を照らしていた灯りはそのほとんどを遮断されて……俺たちは、薄暗い空間へと閉じ込められたのだった。


「これなら万一にも誰かに見られることはない。ポッチーゲームし放題」


「や、やらないって」


「なんで?」


「いや、だって……」


 なんでもなにも。


 ポッチーゲームってあれだろ? 二人で顔を合わせて両端からポッチーを食べていくわけだろ?


 それはつまり、ずっと目線を合わせ続けることに他ならないわけで。そのうえポッチーを食べ進めれば距離だって近づいていく。


 そんなの……今の俺が耐えられるはずがない。しかもそれを三葉の匂いに包まれながら三十回連続だってどんな拷問だ。羞恥心でおかしくなるに決まってる。


「とにかく、やらないものはやらないんだよ。普通に食べるんじゃ駄目なのか?」


「……やだ」


「わ、ワガママだな」


「ワガママなのはしゅー君の方! せっかくこんなに可愛い彼女さんとポッチーゲームできるのに……恥ずかしがってる場合じゃない!」


「う゛っ」


 そ、そりゃ、何もかも度外視して純粋にしたいかしたくないかで問われれば……したいけども。


 本当に、この欲望に身を任せていいのか?


 いや、やはり駄目だ。


 だって三葉は絶対ーーーー口を離さない。


 ポッチーゲームというのはさっきも言った通り、度胸試しのゲームだ。だから口を離せば負け、離さなければ勝ちというとてもシンプルなルールでのみ進行される。


 基本は相手が嫌いな奴だったり、ただの友達だったりするもんだからこそどちらかに”口を離したい”という意思が生まれ、せめぎ合うのだ。


 しかし、もし俺が口を離したくない、と。そう思ってしまったら?


 口を離したくない者同士がこのゲームを行った際の末路は、容易に想像がつく。そうとしかなりようのない、シンプルな答えが用意されているのだ。


「私の身体は全部、大好きな人……しゅー君のものだから。何をしたって、誰にも怒られない。それでも本当に、しないの?」


「……」


 いや、違う。


 本当にワガママだったのは……俺の方なのか?


 三葉はいつでも俺を受け入れてくれる。その準備をして、今か今かとその時を待ち侘びている。


 そして俺はその気持ちを知っていて、そのうえ今では同じ感情を抱いた。けどいきなりは不安で、”慣れ”を言い訳に気持ちを隠している。


 これじゃあ、ワガママを言っているのはやっぱり俺の方なんじゃないのか?


 この先、三葉の気持ちに応え、俺も気持ちを伝えて。(仮)なんて曖昧なものじゃなく、本当の意味で恋人同士になろうと言うのなら。そしてそのために一刻でも早く”慣れ”ようとするのならば。


 いつまでも……逃げてばかりじゃいられない。


「分かった」


「え?」


 改めて三葉に向き直り、息を整える。


 やってやる。もう難しく考えるのはやめだ。


 恥ずかしいし、どうなるのか分からなくて少し怖いけれど。ーーーー三葉がそれを望むのなら。




「やるぞ。ポッチーゲーム」


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