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第47話 バスの中、二人きり

 それから、色々となんやかんやあって。クラス全員の出席が確認されると、校長&教頭のありがた〜いお言葉数分を挟み、ようやく。バスへ乗り込むこととなった。


 乗り込む順番は一番後ろの座席に座る人から。即ち、俺と三葉からである。


「おぉ、広っ」


 バスの中は何というかこう、小綺麗で広かった。


 外から見ただけじゃちょっとデカめのバスだなぁくらいの印象だったが、中に乗り込むと全然違う。街中で乗るバスとは全くの別物なのだと、一瞬にして気付かされた。


「しゅー君しゅー君! 早く行こ!」


「お、おう。分かってるよ」


 ずらっと連なる四列のシートをいくつも通り過ぎ、俺たちが向かったのはーーーー一番後ろの、特等席。


 バスの座席というのは電車などと違い、全てが同じ方向を向いている。そのうえしっかりとした背もたれがあるおかげで、自分の後ろの座席の様子はシートベルトをしてしまえばほとんど見えないわけで。


 ああ、何が言いたいかって? 決まってるだろそんなの。


「はい、どーぞ。しゅー君専用イチャイチャカップルシートの窓側へ、ご案内♡」


「すぅー……」


 全員がそれぞれの座席に座り、動けなくなったの瞬間から。この席は俺たちの隣の二十九番、三十番の席に座っている奴ら以外の視界から、完全に断絶される。


 まさにーーーー孤島のイチャイチャカップルシートへと成り果てるのだ。


「あ、あの。三葉さん? 一応言っておきますけど、周りの目が完全に無いわけじゃないですからね? こう、節度を保ってのご利用を心がけてほしいといいますか」


「大丈夫、ちゃんと分かってる。だから早く座って」


「め、目が怖いんですけど……?」


「座って」


「……はひ」


 こうなってしまってはもう、俺は逆らうことができない。


 三葉のこの目……完全に捕食者だ。シマウマが何を言おうがライオンには聞き入れてもらえないように。俺が何を言ったところで、一度オンになってしまったイチャイチャスイッチはコイツを満足させることでしかオフにならない。


「捕まえたっ♡ 絶対、逃がさないから」


「お、お手柔らかに……お願いします……」


 あ、あれ? おかしいな。この座席、座る前は広く見えてたのに。


 一度腰を下ろすと……隣との距離がほとんどゼロに等しい。ただ座っただけで三葉の柔らかな太ももと二の腕の感触が制服越しにどちらも伝わってきて、更に追い打ちをかけるかのように甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「ふふっ、到着までは一時間半ある。いっぱい濃厚イチャイチャしようね、しゅー君」


「は、はは。一時間半かぁ……」


「帰りも足したら三時間♡」


「三時間かぁ……っ!!」


 狭い座席で密着という状況だけを切り取れば、何も初めての経験じゃない。なんなら周りからの視線に晒されながら電車の中で密着したのは、つい最近の遠出デートでの話だ。


 ただあの時と明確に違うのは、視線という三葉を止めるストッパーになり得るものが極端に少ないこと。そしてーーーー俺の中の彼女への意識が、変わってしまっていること。


 座席決めをした時はいつもの感じでノリノリに隣を選択してしまったが、よく考えれば悪手だったのかもしれない。


 だって、こんなの……


「すんっ。すんすんすんっ。えへへ、しゅー君の匂いがする。もっと嗅ぎたいから、もっとくっつくね」


(くぬおぉぉぉぉおっっ!!)


 ヒクヒクと鼻を動かして制服に擦り付け、愛おしそうに匂いを嗅いでくるのも。腕を組んでいてただでさえ近すぎる距離感を極限まで縮め、色々と柔らかいその身体をぴっとりとひっつけてくるのも。そしてーーーー


「好き。いっぱいいっぱい、大好き♡」


「あっ……ぉ……」


 こうして、耳元でダイレクトに好きを囁いてくるのも。


 もうとにかく、何もかもが可愛すぎて。とてもじゃないが、三時間なんて俺の身体が持ちそうにない。


「よーし、全員乗ったな! そんじゃシートベルトしてくれ! しなかったらぶん殴るからな〜!」


 だが、無慈悲にも。あっという間にクラスメイト全員と桜木先生がバスに乗り込み終えると、ぷしゅうっと空気が抜けるような音と共に出入り口の扉が閉じる。


「シートベルト、つけてあげる」


「へっ!? い、いいって。自分でするから」


「私がしてあげたい。いいから、じっとしてて」


「っ……」


 そして、トドメと言わんばかりに。三葉の手によって直接。俺の腰回りは、軽い金属音と共に固定されたのだった。


「ねえしゅー君、いいこと教えてあげる」


「なん、ですかね」


「二十九番と三十番の人、見て」


「え……?」


 二十九番と三十番の人。そいつらは唯一、俺たちのことを視認できる二人。そして同時に、俺たちからも唯一見える二人でもある。


 そんな二人を小さく指差してそう言った三葉の言葉に従い、指された先を覗くと……


「あの二人、映画見るんだって。ほら、もうイヤホンして再生始めてる」


「……」


 はは。映画、ね。


 あの女子二人、仲良しで何よりだなぁ。


 そうか。映画かぁ。じゃあきっと一時間半、スマホの画面に夢中なんだろうなぁ。こっちを見る余裕なんて、無いんだろうなぁ……。




「さて、改めまして。何からしよっか、しゅーーー君っ♡♡」


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