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第46話 いざ、出発

「お財布、水筒、スマホに充電器。忍者道具も全部……よし」


「あのね、三葉さん」


「?」


「そういう確認って普通、自分の部屋でやるもんなんですよ」


 ビシッ、ビシッ、と一つ一つ指差し確認をしながら鞄の中に必要な物を詰めていくその小さな身体をベッドの上から眺めながら。小さくため息を吐く。


 今日は校外学習当日。アラームの音で目を覚ますと、さも当たり前かのように三葉がいて。そのうえ、部屋の床にリュックの中身をばら撒いていたのだ。


「まあまあ。細かいことは気にしないで。それよりしゅー君、頭凄いことになってる」


「寝起きですからねぇ……」


 もうこの起きたら三葉がいるという状況も、すっかり慣れてしまったな。


 いや別にいいんだけどさ。どちみち俺がどうこう言ったところで結局母さんが簡単に入れてしまうだろうし。


 ため息混じりにアラームを止めてベッドから立ち上がった俺は、そのまま一人階段を降り、寝癖を直してから。母さんのいるリビングを通り過ぎてキッチン周りへと向かい、三葉から水入りのコップを受け取って喉を潤す。


 え? なんかしれっと先回りして準備してた奴がいるって? 気にしない気にしない。いつものことだ。


「私の好きがいっぱい詰まったお水、美味しい?」


「いつも通り美味しいよ。偉い偉い」


「えへへ……」


 さて、喉を潤して彼女さんへのなでなでもしっかりとしたところで。そろそろ俺も準備しないとな。


 ある程度は昨日の晩に済ませておいたが、何か忘れているかもしれない。さっきの三葉を見習って俺も一つ一つ指差し確認でもするとしよう。


 現在時刻は九時五分。十時にグラウンド集合だから少し余裕を持って九時三十分には家を出るとして、あと二十五分か。


 ま、今日は昼にいっぱい食べるために三葉と二人とも朝ごはんを抜こうって話してたからな。実質必要なのはリュックの中身の確認をする時間と着替える時間だけ。二十五分もあれば充分だろう。


「校外学習……楽しみ」


「だなぁ。バーベキューまで腹が持つかどうかだけが心配だけど」


「それなら心配無い。ちゃんとバスの中で摘む用のお菓子は持ってきてある」


「なっ。おま、そんなん食べたら朝ごはん抜いた意味無くないか?」


「ふふんっ。人は完全な空腹状態より、程よい度合いでお腹が空いてるくらいの方が一番食べられる量が増える。グー◯ル先生が言ってたから間違いない」


「なんか不安だなぁ……」


 むふんっ、と勝ち誇った様子で鼻を鳴らす三葉の可愛らしい表情にどこか不安を覚えつつも。あまりツッコむことはせず、共に自室へと戻る。


 予想通り、支度にそう時間はかからなかった。


 荷物の最終確認をし、寝巻きから制服に着替えて。特に急ぐこともせずリュックを担いで自室を出たのが九時十五分。


 それからはリビングに降りて母さんを加えた三人で暖かいお茶を飲み、ゆったり過ごす事で軽く十五分時間を潰して。


「そんじゃ、行ってくるわ」


「行ってきます」


「は〜い。気をつけてね〜」


 九時三十分。予定通り、俺たちは二人で手を繋いで。学校への道を共に歩き始めたのだった。


◇◆◇◆


「えっと? 俺たちの乗るバスは……」


 それから二十分後。集合時間十分前にグラウンドへと着いた俺たちは、ぐるっと辺りを見渡す。


 止まっているバスは六台。よく見ると運転席の上にあるミラーのあたりにそれぞれ「一年◯組」と大きなプラカードのようなものが差し込まれていた。


 横並びのバスは正門側からそれぞれ一組、二組と順番に並んでいる。ということは……


「あっ、お〜い! 市川君と三葉ちゃ〜ん! こっちこっち〜!!」


 正門側から三つ目。「一年三組」のプラカードが差し込まれたバスの後ろから。小麦色の肌をした美人さんが、俺たちに向かって手を振っている。


 そんな分かりやすい特徴をした人はそういない。どうやら、ここで間違いないようだ。


「おいっす。座席に座る時に邪魔になりそうな荷物はあっちで預かってくれるってよ。渡してきたらどうだ?」


「お、こっちにも分かりやすいのが」


「ん。分かりやすい」


「あ゛あん?」


 てっきりみんな、もっとギリギリに来るものかと思っていたが。


 まあもし遅れて置いて行かれてしまったら、楽しみにしていた校外学習がパーだもんな。そりゃ早くも来るか。


 どうやら集合十分前に到着した俺たちは、クラス全体で見れば遅い方らしい。桜木先生と委員長さんが一人一人ちゃんと来ているかを見回ってチェックを付けているらしい名簿の紙を後ろから覗き込んでみると、俺と三葉の名前の横にチェックが入った時にはまだ未記入の生徒はあと数名だった。


「あーもう! 散らばんなガキども! クソッ、あと四人まだ来ねえのか!?」


「ク、クラスのグループLINEとかには当欠の連絡来てないので、多分もうすぐ来ると思いますけど……」


「はっやく来やがれぇぇぇえ!!」


 お、おぉ。なんか大変そうだな。


 というか桜木先生、ガキどもて。仮にも担任になったクラスの教え子たちをなんて呼び方してんだ。


 いやまあそういう性格の人なのはすぐ理解したし、あれで不思議と嫌悪感は無いから別に良いんだけど……ああいや、よくなかったわ。なんか偉そうに人に怒られてる。多分校長か教頭だあれ。


 やっぱり教え子に対して″ガキ″はまずかったか。桜木先生が説教くらってるせいで委員長さんもさぞかし気まずそうだ。アーメン。


「よ、よし。とりあえず俺らはとっとと荷物預けに行くか。リュック抱えたままじゃ邪魔だしな」


 とりあえず俺らは色々と巻き込まれないよう、とっととやることを済ませてみんなと一緒にいるとしよう。


 こういう時は変に目立たず、周りと一体化するのが一番。




 慎ましく生きるための、ライフハックってやつだ。

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