「しゅー君」
「……なんだよ」
憎たらしいほどに眩しい青空の下。制服姿でいつものように手を繋いで登校していると、ふと。三葉が呟く。
「なんだよ、じゃない。やっぱり昨日から変」
「変じゃない」
「変」
「変じゃないって!」
「じゃあなんで……こっち見てくれないの?」
「そ、それは……」
じぃっ、と強すぎる目力がひりひりと肌を突き刺すのを感じつつも。俺はそれに応えることなく、そっと目を逸らした。
理由は単純明快。
(どうしよう……。可愛すぎて直視できねぇ!!)
つい一昨日。遠出デートをしたあの日、俺は三葉に対する″好き″を自覚してしまった。
あの時は門限を理由に無理やり逃げて別れられたからよかったものの……結局その気持ちは、次の日になっても消えることはなくて。
昨日は散々だった。三葉のやつ、本当に約束通り朝早くから家に来て、筋肉痛でほとんどベッドの上から動けなくなった俺の隣にずっといたからな。
しかもただいるだけじゃない。いつものようにーーーーいや、いつも以上に。とにかく甘えたりくっついたりで何度も何度も俺の心を刺激して。ドキドキさせられっぱなしで理性が吹っ飛ぶ寸前だった。
そしてそれは、今も。ただ手を繋いで一緒に歩いているだけだというのに。心臓がバクバクとうるさくて仕方ない。
「むぅ。昨日から全然目が合わない。やっと合ったと思ってもすぐ逸らされるし」
「き、気のせいだって」
「じゃあちゃんとこっち見て。好きな人と目が合わないの、寂しい」
「っ……!」
これが、人を好きになるということなのだろうか。
今までは三葉の目を見て話すことくらい、なんでもなかった。
なんでもなかった、はずなのに。
「えへへ。やっと見てくれた」
「……もういいか?」
「ふふっ。私の可愛さに照れてくれてるのは素直に嬉しいけど、目を逸らしちゃダメ」
空いていた右手を、そっと俺の左頬に添えて。こっちを見続けろと言わんばかりにアピールしてから、三葉は満足げに微笑む。
(ああクソ……やっぱり可愛い)
そもそも、何もしていなくても十分すぎるほどに整った容姿をしているというのに。
なんだろうな。この、俺にだけ見せてくれる笑顔というか。表情に″好き″を溢れさせる三葉の笑顔は、愛おしくてたまらない。
小っ恥ずかしくて、今すぐにでも目を逸らしてしまいたいのに。でもそれ以上に……ずっと見ていたいと思えるような。そんな魅力が、確かにそこにはあるのだ。
「はぁ。乱暴な彼女さんだな」
「だって、こうでもしないと逃げちゃうんだもん。逃げられないの……分かってるくせに」
「うるさいな。色々あるんだよ」
「色々……」
「そう。色々」
俺の言葉に、三葉は僅かに首を傾げる。
流石の三葉でも、まさかあの日のうちに俺の中の気持ちにこんな変化が起こっているなんて思ってもいないのだろう。解答はそうすぐには浮かばないようだった。
この気持ちはいつかはバレる、というか、近々俺の方から言わなきゃいけないものだとは分かっていつつも。もう少し、時間が欲しい。
三葉と(仮)の恋人関係を解消して本当の意味で付き合うということに抵抗があるとか、実は未だに好きに確信が持てていないとか。そんなことは決して無いのだが。
もし仮に今、この場で俺がそれを提案したとして。三葉はどんな反応話をするだろうか。
まず、きっと喜んでくれるだろう。そして快く受け入れてくれるだろう。そこに疑う余地は無い。俺が心配しているのはそこではなく……その後だ。
三葉は常日頃から俺に対して好き好きアピールを続けているものの、現状は(仮)の立場を守り、ある程度行動をセーブしている状態だ。
だが、その立場を守る必要が無くなれば。間違いなく三葉は今以上のーーーーそれこそ本当の恋人同士でしかできないあれやこれやのこれまで押さえ込んできた欲望を一気に解放するだろう。
そしてそれに俺は、きっと耐えられない。
ただでさえ今、手を繋いだり目を合わせたりだけでもドキドキさせられているのだ。好きを自覚する前と比べて圧倒的に耐久力が落ちてしまった今の俺では、理性が崩壊することは確実。その場合自分がどのような行動に出るのかも全く想像がつかない。
だからせめて、以前と同じとはいかなくとも、ある程度三葉に対する好きが身体に馴染んで慣れるまで。この気持ちは伝えないでおこうと思う。
はいそこ、チキンとか言わない。別にビビって先送りにしてるわけじゃねえから。ちゃんと時期が来たら伝えるっつの。
俺だって男なんだ。そういうところはきちんとしてやる。ああ、やってやるとも。
「とにかく、色々は色々だ。別に大したことじゃないから。あんま気にしないでくれ」
どうせ、三葉相手じゃ気持ちを隠すなんてそう長くは続けられないんだ。
だからひとまず、素早く身体を慣らすが先決。なあに、こんな過剰なドキドキがそう長く続くはずもない。今は自覚したてのびっくり期だからこんなんだが、すぐにーーーー
「分かった。じゃあしゅー君が今まで以上に私を意識し始めてくれてることは、あまり気にしないでおく」
「……」
いや、確かに長続きはしないだろうって言ったけども。
……なんかもう、既にバレかけてないか?