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第35話 私だけを

「くノ一の、生き様……?」


 くノ一。それは、簡単に言えば女性版忍者の総称である。


 解釈は出てくる作品ごとに違うのでこれこそがくノ一、という明確な答えは無いが、主な男忍者の違いとしては、性別以外に役割などがある。


 忍者といえば影の隠密活動。基本的には誰にも見つからずに遂行する命がほとんどだ。


 だが俺の見た作品では、主にくノ一というのはそんな忍者とは違い、敵の懐に忍び込む任務などについていた。


 時にはお店の従業員、また時には琵琶師、などといったように。男忍者ではできないことを代わりにして、用心を影から支える忍者を更にその影から支える存在ーーーーというのが、俺のくノ一に対するイメージだ。


「そういえば三葉って、忍者の話はしてもくノ一の話はこれっぽっちもしないよな。憧れてるのも忍者の方だし」


 まさか、とは思うが。


「三葉って……くノ一はあんまり好きじゃないのか?」


 思い返せば、三葉がこれまで一度でもくノ一に対して好きだとか、憧れてるなんて言っていたことがあるだろうか。


 恐らくノーだ。好き嫌い以前に、くノ一が主軸な作品には触れてすらいなかったように思える。


「正解。あんまりどころか、全然好きじゃない。むしろちょっと嫌い」


「そ、そんなになのか」


「ん。くノ一を忍者と同等に扱ってて違和感無く見れる作品も稀にあるけど、大体はそうじゃないから。これも、ほら」


 そう言って、三葉は一枚のチラシをすっと差し出す。


 それはこのスケジュール表と共に並べられていたものの一つ。その中の、「くノ一の生き様」のキービジュアルが印刷された物だ。


(……なるほどな)


 三葉の言っていることを、瞬時に理解した。


 写っているのは三人のくノ一。「世を忍ぶ者」のキービジュアルでは鈴蘭と馬酔木を中心に据え、コテコテのかっこよさで目をひいていたのだが。こちらは違う。


 三人のくノ一が身に纏っている忍装束は二人のような黒や紺を基調としたものではなく、隠密性の欠片も無さそうなピンク色。それだけでも忍者と言われればどこか違和感だというのに……


「えっちですねぇ」


「そう。これじゃくノ一って存在がただの付加価値になってる」


 露出こそ少ないものの、映っている三人は全員がかなりのプロポーションをしており、正直男ならば一点にしか目がいかない。


「PVも一応目は通したけど、こっちは日常とかそっち系に振ってる。そういう作品性を否定はしない。でも、私が求めてるのとは違うから」


 三葉が好きな忍者作品というのは″かっこいい″ものであり、ほのぼのしたものや可愛らしいものは完全に別枠として捉えているらしい。


 ただ、俺はと言うと。


(……ちょっと観たいな、これ)


 三葉の理屈は分かる。俺だってPVこそ見ていないものの、これとさっきのが同じカテゴリだとはこれっぽっちも思っちゃいない。


 しかし、だ。俺の場合はだからと言って=スルーしようとはならないわけで。


 だって見てみろ、この三人の女優さん。


「だからこれを観る時間があったら展示を……って、しゅー君? 聞いてる?」


 それぞれパッと見た感じハツラツ系、ドジっ子系、クール系といった感じだろうか。


 三者三様個性があり、なんといってもかなり容姿が良い。


 特にこのダイナマイトなーーーー


「しゅー君っ!」


「っ!? お、おう? なんだよ急に。びっくりさせやがって」


 なんて。どこか品定めするように三人の全身を順番にじっくり眺めていると、突然。隣で三葉が声を上げる。


 その頬は……ぷっくりと膨れていた。


「今、えっちな目でチラシ見てた。浮気!」


「い、いや見てねえよ。てか浮気て。そんな大層な」


「私以外の女の子に目移りするのは立派な浮気行為! しかも相手がくノ一なら尚更!!」


「えぇ……」


 め、目移りだなんてそんな。俺はただえっちだなぁと思っただけで。


 あ、ちょっ。腕を絞める力がどんどん強くなってる。ぎゅぅぅぅぅって。気持ちは嬉しいけどちょっと強すぎ……おい、マジで。ちょっとずつ痛くなってきたんですけど。


 駄目だ。一旦落ち着かせないと。このままだと柔らかい感触を楽しむ余裕すら無くなってしまいそうだ。普通の女の子なら可愛い嫉妬で済むかもしれないが、コイツの場合はマジで腕をもぎ取られかねない。


「あの、三葉さん。痛いです。ちょっと力を緩めてもらえると……」


「しゅー君が悪いんだもん」


「分かった分かった。もう見ないから。ごめんて」


「ほんとに?」


「ほんとほんと」


「ほんとのほんと?」


「ほんとのほんとのほんとだって」


「……むぅ」


 宥めるようにそっと頭を撫でると。少し不満そうにしながらも、少しだけ拘束が緩くなり、さっきまで真っ赤になっていた左腕の色が元に戻っていく。


 もしかして、結構本気で嫉妬してくれていたのだろうか。


 全くコイツは。本当、どれだけ俺のことを好きなんだ。ちょっとチラシのえっちお姉さんに釘付けになってただけでこんな……。可愛い奴め。


「なら、約束して」


「約束?」


「そう。約束」


 ぎゅっ、と腕を組んだまま。三葉は緊張した様子で、呟くように言う。




「しゅー君には……私だけ見ていてほしい」


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