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第34話 もう一つの作品

「はぁ……はぁっ。ったく、大丈夫なんだろうなアイツ」


 トイレの前、少し開けているスペースで額の汗を拭いながら、呟く。


 三葉をトイレ前まで送り届けることには成功した。少なくともその時点では出てなかった……と思う。多分。maybe。


 ただ問題だったのは、そこからは三葉一人で個室トイレまで歩かせるしかなかったということ。いくら緊急事態とはいえ俺が女子トイレの中まで入っていくわけにはいかないしな。


 一度下ろしてやると内股小走りで女子トイレに消えていったが、あとはもう神のみぞ知るというやつだ。


「変な汗掻いちまった。飲み物でも買うか……」


 ただでさえ運動不足だってのに、そんな男が軽いとはいえ人一人をおんぶして走ったんだ。そりゃ汗だって掻く。


 そしてとにかく疲れた。一旦冷たいものでも飲んで回復したいところだ。


「ええと? 水水……って、なんだこれ。忍者水? 普通の水が売ってないってことは、これがそうなのか?」


 俺が欲しかったのはい◯はすとかクリ◯タル◯イザーとかの普通な水なんだが。


 いや、分かってる。多分これはあれだ。観光名所とかでよくある限定ラベルと同種のやつだ。


 つまり中身はただの水。そう、頭では分かっているのだが……


(忍者水なんて書かれたら、買えないっての)


 なまじ忍者の変な食習慣を知ってしまったからこそ。忍者水、なんて書き方をされたら普通の水じゃないんじゃないかとつい疑ってしまい、その隣のお茶のボタンを押す。


 恐らく三葉なら一切の躊躇なく忍者水の方を押すんだろうな。俺にはそこまでの度胸は無いけれど。


「っ……んっ……ぷはぁっ! 美味ぇ!」


 乾いた喉に冷えた麦茶を流し込み、某ギャンブラーのような叫び声をあげたくなる衝動を抑えつつ。一口でペットボトル容器の半分を飲み干して近くのベンチへと腰掛ける。


 ベンチの近くには頒布用のチラシが幾つも並べられており、ふとそちらに視線をやると、さっき俺たちが観た「世を忍ぶ者」の物もあった。


「お、上映スケジュールも置いてあるのか」


 そして幾つかのチラシに目を通してから、スケジュール表を手に取る。


 スケジュール表によれば、どうやら映画はこのミュージアムの営業時間中、三十分おきに上映され続けているらしい。


 俺たちが観たのは十五時から十六時の公演。そして今は隙間時間で、この後十六時半からは……


「何見てるの」


「うおっ!? おま、急に出てくるなよ。もう大丈夫なのか?」


「ん。全部出し切って完全復活!」


「そりゃ何より」


 ひょこっ、と唐突に隣から顔を出してきた三葉に驚きつつも、その言葉を聞いた俺はほっとして肩を撫で下ろす。


 どうやら最悪の事態は回避できたようだ。汗かきながら走った甲斐があったな。


「彼氏さんのおかげで、私はなんとか人でいられた。ありがと、しゅー君」


「お、おう。気にすんな」


 ったく、さっきまでお漏らし寸前だったくせに清々しい顔しやがって。


 まあ、そう言われて悪い気はしないけどな。本当に次からは気をつけてほしいもんだ。


「それで、何見てたの?」


「え? ああ、これか? 映画のスケジュール表だよ。なんとなく眺めてた」


 可愛く首を傾げる三葉にも見えるようにしてやりながら、改めてスケジュール表に視線を落とす。


 このミュージアムの営業時間は午後六時まで。つまり四時半からあと一本、最後に上映がされるわけだ。


 三葉がもう一度観たがるかも、なんて思ってはいたが、よく考えたらそんなはずなかったな。


 四時半からの上映を観るとなれば、終わるのは五時半。まだまだ展示が見足りないであろう三葉にとって、館内を回れる時間があと三十分というのは少な過ぎる。


「……って、あれ? なんか次の上映作品、さっきと違う名前が書いてないか?」


「? あれ、言ってなかったっけ?」


「と、言うと?」


「ここで上映してる作品は一つだけじゃない。『世を忍ぶ者』以外にもう一つやってて、それと交互で流れてる」


「……初耳っすね」


 え、じゃあ何か? さっきみたいなレベルの映画がもう一種類あるってのか?


 一体ここを作ったのはどれだけの大金持ちなんだ。個人制作映画をあのレベルの俳優、あのレベルのクオリティで二本も作り上げるって……もはや予算が想像つかないんだが。


 というか……


「ならやっぱそっちも観るのか? 俺はてっきりこれから展示もう一回見て回るんだと思ってたけど」


 三葉のことだ。もう一本あるってなら、観ないなんて選択肢を取ることはないだろう。


 さっきのクオリティを見た後だ。俺だって同じようにもう一本作成されてるっていうならぜひとも観てみたい。


 と。思っていたのだが。


「いや、そっちはいい。スルーする」


「……マジで?」


 思わず聞き返してしまった。


 映画を観るよりも展示の方を振り返りたい……とか?


 まあ確かに俺ですら見足りないと考えているのだから、三葉の場合はもっとだろうが。


 それでもまさか、ここでしか観ることのできないオリジナル映画をスルーしてまでとは。実は二作目は予告時点でそんなにだったりしたのか?


「しゅー君、よく見て。二作品目の作品名」


「作品名?」


「ん。それを見たら私がスルーする理由が分かる」


「どれどれ……」


 そう言われ、もう一度スケジュール表に目を落とす。


 確かに言われてみれば、作品名の欄は「世を忍ぶ者」ともう一つで交互の記載だ。





 その、もう一つの作品の名はーーーー

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